三十一連勤した後にバカ上司のミスを俺のせいにされて解雇宣言をされた。
そこから先の記憶はない。
今は絶賛、走馬灯の真っ最中だ。
スポーツ男子たちの家来にされた小学生時代。
一軍たちの引き立て役にされた中学生時代。
リア充たちの踏み台にされた高校生時代。
陽キャたちのカモにされた大学生時代。
屑上司たちの奴隷にされた社畜時代。
二十年間、溜まるフラストレーションを吐き出せるのは推しゲーの【ラスボス・ロード・クロニクル】通称LLCだけだった。
それすら、社畜になってからはろくにプレイできていない。
――ああ、なんて救いのない人生。神よ、今すぐ走馬灯を消して植物に転生させてくれ。
けれど願い虚しく、走馬灯は最後の記憶である解雇宣言まできっちりと流れ、俺は目を覚ました。
「……病院のベッド、じゃないよな?」
背中と後頭部に感じる硬い感触に自問した。直後、自分の喉から出てきた声に驚き、咳ばらいをした。
喉から出てきたのはアニメ声優ばりの美声。というか、俺がやりこんだLLCでアバターのボイスに選んでいた人気声優のソレだった。
「成功です! 彼が異世界より召喚した救いの勇者です!」
勝気そうな美少女声に続き、歓声が沸き上がった。
上体を起こすと、そこはRPGのお城に出てきそうな謁見の間然とした場所だった。
デカイ両開きの門から伸びるレッドカーペットの向こう側には玉座に座るおっさん。
その左右に並ぶ石柱。
壁際を埋め尽くす鎧の騎士たち。
そして俺の近くには、長いピンク髪をツインテールにまとめた美少女が、魔術師然としたいでたちで腰に手を当て、八重歯を見せながら自信たっぷりに笑顔を浮かべていた。
彼女が自慢げに背を反らすと、大きな胸がぐぐっと強調された。
――いい眺めだなぁ。
「さっそくだけどアンタ名前は? あとステータス画面開いてよ」
初対面にもかかわらずズケズケと要求してくる態度は、普段ならムッとするところだが、おっぱいを見ていた事がバレずにむしろホッとした。
床に座っていたから、見上げる視線でも違和感がなかったのだろう。
「ス、ステータス? なんだそれ? ステータスオープンとか言えばいいのか? ラノベじゃあるまいしそんなものが――」
俺の言葉を遮るように、視界いっぱいにゲームウィンドウが開いた。
しかも、それは俺がやり込んだLLCのもので、ぎょっとする。
だけど、もっと驚いたのは画面左側。
アバターの姿だった。
「な、に?」
そこに映っていたのは、二十年間俺が愛用している、そして分身と言っても良い我がアバターだった。
ユーザーネームはレイト。
細身で手足は長く、獰猛そうなギザ歯に吊り上がった目じりと眉。
鋭い黒髪は長い前髪が右側に偏っていて、顔に影を落としている。
首から下の服装は俺が辿り着いた最強装備の黒コート。
視線を落とせば、俺はLLCのコスプレをしていて、まさかと思い顔に手をやると、髪型も顔立ちも俺のものではない。
鏡はないが、アバターをそのまま実写化したような顔だろうとすぐに想像できた。
――俺が、レイトになっている?
驚きの余り、つい、立ち上がってしまった。
「ねぇ、ちょっと聞いているんだけど!?」
「のわっ!?」
ステータス画面を貫通して美少女顔が現れ、思わずのけぞった。
ピンク髪の彼女の顔立ちは、どの人種にも似ていない、いわゆる2・5次元顔だった。
オトナっぽい美貌と幼い愛らしさを共存させた容貌に、胸がキュンとした。
――マジで可愛いな。
格好もあいまって、トップコスプレイヤーか何かかと思いながらも、ステータス画面の存在から、俺はうっすらとある予感を得ていた。
「えーっと、俺の名前はレイト。メインジョブはソーサラーだ」
「ふ~ん、確かに剣は持っていないみたいね」
アーモンド型の大きな瞳が、ちろりと俺の腰を一瞥した。
「つまり、アンタは古今無双の最強大魔導師ってわけね?」
「ん、おう!」
期待の眼差しに、つい得意げに頷いた。
実際、二十年間やり込んだだけあり俺のアバターのレベルは凄まじい。たぶん、LLCプレイヤーの中でもトップクラスだろう。
俺の返答に周囲の兵士たちは感嘆の声を漏らし、王様っぽいおっさんは満足げに口元を緩めた。
「それより状況を説明してくれるか? 俺、気が付いたらここにいたんだけど?」
「あーごめん、こっちばかり質問して。ここは西大陸のガーデニア王国の王城よ」
――ガーデニア王国って、LLCに出てくる国だよな? ていうことは、これってやっぱり……。
「アタシはアイリス。宮廷召喚術師で、異世界召喚を成功させた天才美少女よ」
ふふん、と鼻息を漏らしながら、得意満面に大きな胸を張るアイリス。けどすぐに、
「ま、まぁ超貴重な召喚石が無いと異世界召喚なんて無茶振りだけどねぇ……」
と、予防線みたいなものを張りながら視線を逸らした。
自慢したい気持ちと過度な期待はされたくないという、相反する気持ちのせめぎあいが見て取れる。
「で、アンタにはこの国を救う勇者になってもらうために来てもらったってわけ。理解できた?」
気を取り直したようにくるんと視線を戻すと、アイリスは俺を見上げてきた。
胸は大きいけど、背はちょっと小柄だ。可愛い。
そして理解した。
つまり、これはあれだ。
ラノベでよくあるあれだ。
――……異世界転移。
しかも、ゲーム世界転移。
俺の好きな【オーバ●ロ●ド】とか【異世界魔王●召喚少女●奴隷魔術】とか【ログ・ホライ●●】みたいな。
正直、外見にコンプレックスのある俺としてはアバターの体は願ってもないし、下手なチートを貰うよりも使い慣れたゲームステータスのほうが百倍いい。
というか、アバターなんて理想の自分で分身。
しかも現実なんてゴミ同然、長年ゲーム世界に浸かってきた俺としては、むしろこっちが本体と言っても良い。
――……これからはダサくて冴えない●●●●三十歳じゃなくて、グレートソーサラー、レイトとして生きていい、のか?
突然の出来事に戸惑い、都合の良い夢ではないかと疑ってしまう。
一方で、会社も社会も忘れ、一生LLCで遊んでいていいとお墨付きをもらったような開放感がじわじわと湧いてきて、なんだかこそばゆい。
――それに、だ。
昨今のラノベでは異世界転移してもチートを貰えず主人公が苦労をするギャグ作品やハード作品が多い。
けれど、ステータスを見る限り俺は自慢の最強セーブデータをそのまま引き継いでいる。
アイテムボックスの中には、各種アイテムが国庫並に積まれている。
戦闘系だろうが内政系だろうが、これで無双できないわけがない。
もう、生活や将来を心配しなくていい。他人からいじめられて苦しまなくていいのか。そんな期待に胸がうずいた。
「……召喚してくれてありがとうな。おかげで助かったよ」
初対面の女子にこちらから声をかける。
普段ならこんな大胆なことはできない。
だけど、アバターの姿とステータスで気が大きくなっているのだろう。
俺はLLCでNPCを相手にしている時のように臆することなく行動できた。
「お、お礼なんていいわよ。こっちだってこっちの都合でアンタを召喚したんだし」
――やっぱりそう来たか。
アイリスの言葉が警戒心を生み、思考が冷えた。
異世界転移をしておいてなんだけど、都合よく逆転人生が起こるとは思えない。
中学、高校、大学、会社。
新しい場所へ行くたび、ここでは変わるかもと期待しては裏切られてきたのだから。
「そういえばさっき救うとか言っていたよな? 魔王でもいるのか?」
「ああ、それは――」
「魔王はいませんわよ」
アイリスの言葉を遮るようにやや慌てた声が飛び込んできた。
見れば、王様の隣には煌びやかなドレスを着た金髪碧眼の縦ロールお嬢様が立っていた。
これまたコテコテの、だけど何度見ても飽きないラノベの王道美少女だ。けど。
――こいつ誰だ? LLCにこんな子いなかったぞ?
「ワタクシはリリー・ガーデニア。このガーデニア王国の姫ですわ」
――は? ガーデニア王国の姫って、リリアじゃなかったか?
髪型と服装、2次元から2・5次元に変換される関係で顔立ちに違いがあっても仕方ないとは思う。
けど、名前が違うのはおかしい。よく見れば、隣にいる王様も知らない奴だ。
「勇者様、この世界に魔王はいますが、この大陸にはいませんわ」
俺の意識を自分に向けさせるように、リリーは語気を強めて言った。
「それはどういうことだ? いや、ことですか?」
相手は年下のお嬢ちゃんだけど姫様だ。状況を把握できるまでは敬語を使っておく。
「はい。この西大陸は人間と動物の暮らす世界。人類の怨敵、魔族とその首魁たる魔王は魔獣たちと共に東の暗黒大陸にいますの。数十年に一度、渡海してこちらの大陸へ侵攻してきますが、前回の侵攻は別の勇者様が退けたばかりですわ」
――暗黒大陸? LLCにそんな大陸はないし、西大陸にも魔族と魔獣はいたはずだ。
「……なら、俺は何のために召喚されたんですか?」
「えぇ、恥ずかしいお話ですが、魔王がいなくとも人と人が争うのが世の常。一時の平和を堪能すれば、帝国や軍国は領土拡大の野心をたくましくしますし、小国同士も互いを牽制します。国防力強化のため、勇者召喚はどこの国も計画していますわ」
「つまり、私は何かあった時の為の保険ですか……しばらくヒマそうですね……」
てっきり四天王とか六団長とか十二神将とかを相手に大立ち回りするものかと思っていたため、肩透かし半分、安心半分だ。
――なら、しばらくはこのリアルLLC世界を散策して遊べるか?
だが、リリーの隣で玉座に座る王様は重そうな腰を上げ、厳格そうな口調で言った。
「いや、さっそくだが、貴殿の腕前を見せてほしい」
「俺の?」
「うむ。こちらとしても貴殿の戦力を把握しておきたい」
――拉致同然に呼び出しておいてもう私物扱いかよ。まずは謝れよな。
勝手に呼び出した挙句に当然のように値踏みしようという態度に、社畜時代の上司を思い出してしまう。
身分制度の封建社会なら当然なのだろうが、だからこその不安もある。
きっと王様は俺を戦力の駒として私物化するだろうし、俺が正論を言えば逆賊として扱うだろう。
ラスボスプレイは慣れたものだが、リアルに命を狙われる日々はごめんだ。
――異世界に来ても……結局同じか……。
どうせ異世界転移するなら、王族に召喚されるのではなく、どこかの森からスタートのほうがよかったと心の中で溜息を吐いた。
「腕前って、何をすればよろしいでしょうか?」
機嫌を損ねないよう、取引先の重役を相手にするように、俺は腰を低くした。
「貴殿には王都に巣くう膿を退治してもらいたい」
「反逆者ですか?」
「いや、謀反人ではなく、ネグロ街のマフィア達を根絶やしにしてほしいのだ」
「ネグロ街って、貧民街の?」
そこなら知っている。LLCのガーデニア王国王都で何度もプレイしたマップだ。
俺の問いかけに、王様は苦々しい顔になる。
「察しが良いな。だが、それは外側だけで中央部はマフィアの巣窟であらゆる非合法行為が日常化している暗黒街だ」
――また違う設定が出てきたな。
どうやら、ここは俺の知るLLCの世界とは違うらしい。
それもまた、異世界転移ものではよくある話だが、何か理由があるのだろうか。
「そこまでわかっているなら軍隊でも差し向ければいいんじゃないですか?」
「いや、ことはそう簡単ではない。無法地帯であるネグロ街は無秩序無計画な開発と増改築が繰り返され、街全体が入り組みラビリンスのようになっている。以前に700人からなる騎士団を向かわせたが、奇襲や狙撃を中心としたゲリラ戦に翻弄され、生きて帰ったのは半分もいなかった」
王様は、いよいよ苦虫を噛み潰したようにいまいましい顔になる。
「そも、ネグロ街は暗殺者や闇の魔術師、祖国を追われた軍人など、侮れない戦力がそろっている。依然として全容はつかめないが、その戦力は小国にも匹敵すると言われている」
――なるほど。むしろ戦争がなければヒマしている正規軍と違って、向こうは日常的に荒事に親しんでいるし、ネグロ街は奴らのホーム。地の利を取られちゃ勝てる戦も勝てない、か。
周囲の兵士たちの表情も、ばつが悪そうに、あるいは悔しそうに歪んだ。
認めたくないが自分たちではネグロ街を正せない。そんなところだろう。
「わかりました。暗黒街のワルたちを一掃すればいいんですよね?」
「うむ、では行けレイトよ。ネグロ街の悪を滅した暁には貴殿に勇者の称号を与えてやろう」
――行けって、今から? 召喚早々働かせるのかよ?
拉致同然に召喚して歓迎会のひとつもなくいきなり戦わせる神経を疑いながら、俺は心の中で悪態をついた。
――ていうか、与えてやろうってどれだけ上から目線なんだよ。いや王様目線なんだろうけど。
きっと、この人には悪い意味で悪気がないのだろう。社員を奴隷家畜にしか思っていないブラック企業の社長よろしく、召喚した地球人は自分の手駒になって当然だと思っているに違いない。
――でもまぁ、今の俺はカンストプレイヤーのレイトだし。魔王相手ならともかくマフィアぐらいなら楽勝だろう。
会社ではうだつのあがらない俺も、LLCでは無敵のトッププレイヤーだった。
その実力を試すにはいい機会だ。
それに、俺の力を見せつければ、王様も手の平を返すかもしれない。
「わかりました。では姫様、これを」
言って、俺はアイテムボックスから取り出したペンダント型通信アイテムをリリーに差し出した。
彼女が不思議そうに受け取ると、俺は指を差した。
「宝石部分を強く押すと俺と話せます。何かあったらこれで報告しますね」
試しにとばかりにリリーが宝石部分を押すと、彼女の前にダイアログが表示された。
そこで通話開始を指で押すと、俺の前にもダイアログが表示された。
『リリーさんから着信が来ています』
「あー、あー、姫様、私の声が聞こえますか?」
【通話】を押してリリーから離れ、背を向けながらダイアログに話しかけた。
すると、背後から俺の声が聞こえてきて、リリーは可愛い悲鳴を上げた。
ゲームでは画面でしか見れなかった表示を肉眼で見れてなんだか嬉しい。
「じゃ、私はネグロ街に行きますね」
「いやアンタ場所知らないでしょ。アタシが一緒に行くわ」
ネグロ街ならゲームで知り尽くしてはいるが、ここは俺の知るLLCとは違うらしいので、アイリスの厚意に甘えることにする。だが、
「お待ちになって」
アイリスが俺の前に進み出てくると、またリリーがちょっと慌てた感じで駆け寄って来た。
俺の渡したペンダントを強く握りしめながら、彼女は俺の顔と距離を詰めてきた。
「レイト様、勝手な召喚にもかかわらず早々に悪へ立ち向かう姿勢、感服致しましたわ。ワタクシにとっては貴方の腕前なんて関係ありません。心から尊敬致しますわ」
「そう、ですか?」
――いやお前の親父に行けって命令されているんだけど?
「ええ。だから無事に帰って来たら、今夜は私の部屋に来てください。異世界の話をたっぷりと聞かせていただきたいですわ」
英雄に憧れる乙女の瞳で俺を見上げてくるリリー。
――これは、異世界召喚早々にフラグが立っちまったか? なんてわかっているよ。原因はそのアイテムだろ?
さっきから、アイリスが俺と近づくたびに話に割って入って来るので違和感はあった。
救いの勇者様かもしれない俺と、召喚者のアイリスが親密になるのを防ぎたいのだろう。
そして、プレイヤーしか持っていない、NPCにとっては規格外のアイテムをぽんと渡してしまった俺のチートぶりに、俺を抱き込めば権力を握れると画策したに違いない。
金髪碧眼縦ロールの2・5次元美少女は魅力的だが、俺は冷めきった表情で頷いた。
けれどそれがクールな英雄様にでも見えたのか、周囲の兵士たちは感嘆の声を漏らした。
「じゃあ行こうかアイリス」
「て、場所もわからないのにアンタが先頭でどうするのよ!?」
俺が門へ足を運ぶと、アイリスは語気を強めた。
◆
城の外に出ると、太陽は高く真昼らしかった。
王都は一言で言うと中世ヨーロッパ風。
地球ではなく異世界なのだから当然だが、ヨーロッパのどこの国にも似ているようで似ていない。
だけど、白亜の石壁の街並は美しく、見ていて飽きなかった。
――大雑把な地理や教会みたいに重要な建物はゲームと同じだけど、知らない建物が増えてその分、広くなっているな。
ゲームなら街の端から端までは五分もかからない。でも、現実にそんな街があったら小さすぎる。
遊びやすいようにデザインされた、ゲームならではのデフォルメが無くなったように思う。
観光気分でアイリスの背中を追っていると、彼女が足を止めた。
「そろそろネグロ街の近くよ。このサンドル区辺りからはだんだん治安が悪くなってくるから、地価も安いのよね。貧民街に住むほどじゃないけど、あまりお金に余裕のない人や貧乏学生が多いわ。スリも多いから気を付けなさいよ」
「そりゃどうも」
――俺のアイテムは全部アイテムボックスの中だ。盗めるものなら盗んでみろ。
「誰かそのガキを捕まえろ!」
野太いおっさんの声に顔を上げると、目の前の通りを十歳ぐらいの少年が駆け抜けた。数秒遅れて通り過ぎたのはヒゲづらのおっさんで、手には斧を持っている。
少年の手には革袋が握られていた。
きっと、おっさんの財布だろう。
スリは犯罪だが、おっさんの斧を思い出すと少年が逃げ切ることを祈ってしまう。
「まっ、ここじゃあんなのは日常茶飯事よ。アタシも何度かやられたし」
「そりゃ災難だったな」
「まぁアタシの財布は盗まれても召喚術ですぐに召喚できるんだけどね」
へっ、とニヒルな笑みを浮かべるアイリス。
LLCの召喚術で召喚できるのは、精霊的なあれこれに限らない。
下級召喚術は遠くの岩を召喚して落とすなど、超能力のアポートみたいなものが多い。
当然、ゲームでは落とし物や盗品を召喚する場面なんてなかったけれど……。
などと考えていると、また悲鳴が聞こえてきた。
ただし、今度は若い女性のものだった。
通りに顔を出すと、長い髪の女性がゴツい男たちに腕を捕まれ、強引に引っ張られていた。
「や、やめてください!」
「うるせぇ、こっちはいい仕事を紹介してやるって言っているんだ。黙ってついて来い!」
「ぐふふ、お前なら稼げるぜぇ」
これまたコッテコテの悪党ムーブに失笑を漏らしそうになってしまう。ゲームだと自然なシーンも、リアルに目にすると違和感しかない。
「あいつら、ネグロ街の奴らよ。ここはアタシが――」
「ピエトラ」
アイリスが一歩踏み出す直前、俺は右手を前にかざして呪文を唱えた。
すると俺の手の平に光の魔法陣が奔り、そこからハンドボール大の岩が放たれた。
高速で放たれた岩は男の腹を直撃。
男は女性から手を離し、血を吐いてぶっ倒れた。
「なっ!? テメェよくも俺の仲間を! お……」
俺は頭上に直径二メートルはある火球を生み出し、もう一人の男を威嚇した。
「まだやるか?」
「わぁああああああああああああ!」
語彙力貧弱な叫び声を上げながら、仲間を見捨てて男は逃げ出した。
俺は火球を消すと、下ろした自身の手を見つめた。
――これは、想像以上に便利だな。
魔法を使う時は、いちいちステータス画面から選択する必要はない。
この世界に召喚されてから徐々に芽生えていく不思議な感覚。
まるで三本目の手を動かすように、魔法を使えた。
それどころか、どれぐらいの威力でどのタイミングで発動させるかも意のままに、まるで使い慣れた道具を使うように扱えた。
中級火炎魔法を頭上でキープしてから消せたのがその証拠だ。
「悪いなアイリス、お前の見せ場、盗っちまった」
リリーといい、俺といい、なんだか彼女の言葉を遮ってばかりで申し訳ない。
基本、俺は人の話を遮るのは好きじゃない。
けれど、アイリスは気にした風もなく、むしろ唖然とした表情で瞳の奥に羨望の光を宿していた。
「すっご、今の上級呪文のボルケーノストライクよね? 流石は勇者ね」
「いや、今のは中級呪文のバーニングストライクだぞ?」
「うぇっ!? マジで!?」
「マジマジ」
面白いポーズで固まるアイリスに俺が忍び笑いを漏らすと、腕をつかまれていた若い女性が話しかけてきた。
「あの、勇者様ってもしかして陛下が召喚するっていう」
事態を見守るしかなかった周りの通行人も、口々に騒ぎ始めた。
「え? 本当か?」
「勇者様?」
「確かに今の魔法、凄かったよな?」
「じゃあ本物?」
騒ぎを聞きつけた人たちがどんどん集まり、色めき立って俺を取り囲んでくる。
好意的な視線に囲まれるのは初めてで戸惑ってしまう。
こういう時は、どうすればいいのか。
助け船を求めてアイリスに目をやると、彼女は覚悟を決めたように声を張り上げた。
「そ、そうよ! 彼はレイト! 異世界から召喚した勇者よ! 今日はネグロ街に巣くうマフィア共を掃除しに来てくれたわ!」
すると、周囲から歓声が沸き上がった。
その喜びようは尋常ではなく、ちょっと引いてしまうくらいだった。
そんな俺の様子を汲み取ったのだろう、アイリスが耳打ちをしてくれる。
「さっきあんたが追っ払った奴が逃げた方向にネグロ街があるわ」
「じゃあやっぱりさっきのは」
「ええ、ネグロ街のゴロツキよ。連中はネグロ街の中だけじゃ飽き足らず、たびたび外に出て来ては横暴を働いてネグロ街に逃げ込むの。あの中なら憲兵も手を出せないから」
「被害者は泣き寝入り、か……」
アイリスは静かに頷いた。
理不尽な被害に遭ってなお泣き寝入りが日常化。
それは二十年間、人生を搾取される側だった俺の日常そのもので、深く感じ入るものがあった。
――能力目当てでちやほやされても嬉しくないけど、嫌われたり社畜扱いよりはいいか。それに、魔法バトルで悪党退治は嫌いじゃない。
軽く奥歯を噛んでから、俺は気合いを入れ直した。
「よし、全部俺に任せろ。悪い奴らはみんな俺がやっつけてやる。もうお前らをあいつらの好きにはさせねぇよ」
今のは調子に乗っているわけでもイキっているわけでもない。
自分自身に対する宣言だ。
これで逃げ場はない。
ここで失敗すれば超ダサイ。
日本じゃ最低にダサイ人生だったんだ。
せっかくのチート異世界転移。
俺はこの異世界で生まれ変わるんだ。
そういう覚悟の言葉を、通りの人たちは笑顔ともろ手で歓迎してくれた。
まだ一人のしただけなのに、すでに俺を英雄のように扱い、拍手をして褒めたたえてくる人までいた。
「これは期待に応えないわけにはいかないわね。じゃあレイト、ネグロ街はこっちよ」
「いや、それよりもあそこに行こう」
「え?」
俺が指さした方向に目線を投げて、アイリスは首を傾げた。
◆
俺が向かったのはネグロ街ではなく、王都の火の見櫓だった。
火の見櫓とは火事をいち早く発見するための塔で、王都のソレは四階建ての建物ぐらいの高さがあった。
「こんなところに登って何をするのよ?」
「ああ。ネグロ街はあそこなんだろ?」
俺が指を差したのは、さっきの男が逃げて行った方角。
そこには見るからに他の区域とは違う、クーロン城かと見間違うように雑多で猥雑な区域があった。LLCで何度も見た、けどちょっと違う、ネグロ街の風景だ。
「よくわかったわね、とは言っても見ればわかるか……」
「だとすると、この位置からだとネグロ街が一望できるだろ?」
「え? ええ、そうね……でもそれがどうし――」
またアイリスは途中で言葉を切った。ただし、今度は誰も彼女の言葉を遮ってはいない。彼女が勝手に口をつぐんだのだ。
俺らの遥か上空、雲の高さには赤々と紅蓮に光り輝く大魔法陣が膨張し続け、空を覆わんばかりだった。
「ちょぉっ……ちょぉっっとアン、タ……」
――さぁ、ここからはLLCで培った、ラスボスプレイの再開だ! 全力で行くぞ!
社畜時代を忘れ、ゲームにのめり込んでいた頃の気持ちを思い出しながら、俺は叫んだ。
「広域戦略級魔法……フレイム・スコール!」
次の瞬間、魔法陣全体から数千発の巨大な火炎弾が殺到し、ネグロ街中心部を焼き払った。
たちまち辺りは火の海に呑まれて、紅蓮の業火が真昼の青空を赤く染めた。
「えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!?」
コメント
1件
いいですね!自然な感じに異世界行くのが出来ない俺にとっては素晴らしいと思います!