――お、フレイム・スコールの攻撃範囲も自分の意思である程度調整できるな。
俺が魔法の練習を兼ねながらネグロ街を焼いている横で、アイリスはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。
「はっ」
そして我を取り戻した。
「てぇっ! アンタは何してやがんのよゴルァッ! 外側は貧民街なのよ! ホームレスとか浮浪者の人たちも暮らしているのよ!」
むなぐらでもつかまんばかりの勢いでググイグイグイと迫って来るアイリス。
おっぱいの先端がちょっと当たっていることにラッキーを感じる。
「どうどうどう、安心しろアイリス。俺がそのことを計算に入れていないと思ったか?」
「アタシはウマか!」
――まぁウマ系ソシャゲには出てきそうな顔だとは思っている。
思考をLLCで遊んでいる時のゲーマーモードにして、俺は説明した。
「いいかアイリス、考えてもみろ。暗黒街はネグロ街の中心部で、外側は貧民街だろ?」
「そうよっ」
「だから中心部に放火をしても被害を受けるのは基本マフィアとその傘下だ!」
「親指立てて熱弁しているんじゃないわよ! どんどん外側に燃え広がっているじゃない!」
「何を言っているんだよ? 火が燃え広がっても財産のない貧民は外に逃げる。逃げないのは守る財産のあるマフィアだけ、つまり死ぬのはマフィアだけだ!」
「アンタ本当に勇者なの!?」
だが実際、ネグロ街からはみすぼらしい格好の人たちが次々走り出てくる。
さっき、俺らが女性を助けたサンドル区へ逃げ込んできている。
逆に、ゴロツキ風の姿は少ない。
きっと、多くのワルは上司の命令で消火活動をさせられているのだろう。
「よし、これで一般人を巻き込む心配はない!」
「ちょっと待ちなさいよレイト!」
俺が火の見櫓から飛び降りると、頭上からアイリスの怒声が聞こえてきた。
◆
「デトネイション! デトネイション!」
燃え盛るネグロ街へ飛び込んだ俺は、LLCでラスボスプレイをしている時よろしく、ところかまわずやたらめったらに爆轟呪文を連射した。
そして、最初はいちいち呪文を口にしていたけど、だんだんコツがつかめてくると念じるだけで使えるようになってくる。
俺の両手から毎秒一発ずつ金色の光球が放たれ、無秩序に増改築を繰り返した建物群の壁に当たるごとに爆炎をあげた。
クーロン城めいた建物が一棟、また一棟と崩れ落ち、その周辺のゴロツキたちは悲鳴を上げながら逃げまどい、炎に呑まれていく。
「ぎゃああああ!」
「助けてくれぇ!」
「なんなんだてめぇ! オレらが何をしたって言うんだ!?」
全力で被害者ヅラをする連中に、俺は慈悲の欠片もなく告げてやる。
「お前らの被害者も同じことを思っただろうなぁ!」
死刑宣告をしながら、ワンランク上の爆轟呪文を発動させると、複合マンションのように巨大な建物が真後ろにぶっ飛んだ。
無数の瓦礫が嵐のように背後の建物をなぎ倒し、二次被害を拡大させていく。
――弱いな。
鑑定魔法を使ってみると、ゴロツキたちは全員十レベル以下。
地の利があったとしても、プロの軍人である騎士団に勝てるような水準じゃない。
「みんな逃げろぉおおお!」
「悪魔が来たぞぉ!」
――悪党がそれを言うかよ。しかし困ったな。
順調に雑魚掃除と違法建築物の解体は進んでいるも、肝心のボスの居場所がわからない。
マップ画面を開けば敵の反応はわかるけど、ボスの居場所まではわからない。
ボスに逃げられたら、きっと組織を立て直してしまうだろう。
頭を悩ませながら爆轟魔法を連射し続け、某無双ゲームを思い出していると、不意にナイフが飛んでくるのを感じた。
口では説明できないけど、後ろから人の足音が近づいてくる以上にはっきりと、進入角度、速度、対象物まで想像できた。
「よっと」
首をひねる最小限の動きでナイフを避ける。
一筋の瞬撃が頬をなで、地面を抉った。
「今のをかわすか。お前、政府の回し者か? 前来た騎士団長様よかよっぽどできるらしいな……」
燃え盛る民家の屋上から黒尽くめの男が跳び上がった。
直後、民家が燃え落ちた。
そして、俺の前に男が着地したのを皮切りに、周囲の通路や物陰から背格好がバラバラの男たちがぞろぞろと出てきた。
いずれも十レベル以上で、目つきが一般人のソレとは違う。きっと、修羅場をくぐってきた者、特有の剣呑さに違いない。
「俺はレイト、この国を救うために召喚された勇者だ。今日はお前らの掃除に来た。死ぬか地下牢暮らしか選ばせてやるよ」
ラスボスプレイをしている頃を思い出し、レイトになりきり意気揚々と俺が選択の余地を与えてやると、連中はゲラゲラと笑った。
「勇者? お前みたいなモヤシ野郎がか? バカを言うな。そして勘違いするなよ。選ぶのはオレらじゃない。お前だよ」
「ここで死ぬか、ボスの前で死ぬか。ふたつにひとつだ」
「ということは、つまりお前らボスの部下なのか?」
その通りだと連中が肯定すると、俺は口角を上げた。
「俺ってツイてるぅ」
殺さないよう、爆轟魔法の代わりに、烈風魔法の準備をした。
◆
「では決行は今夜」
「あぁ、これで父上が死ねば次期国王の座はボク様のものだ」
「しかし王子自らこちらを訪ねてこられると、狙いがバレませんか?」
「平気さ。今、父上たちは勇者召喚の儀式に夢中だ」
「勇者? それが本当なら計画に差し支えませんかね?」
「ふふふ、逆だよ。父上は勇者を召喚したら腕試しにどこかへ派遣すると言っていたからな。どこぞの戦場へ勇者が行っている間にクーデターを起こす。帰って来た勇者はうまく丸め込んでボク様のものだ。どうせ異世界人にこっちの御家事情なんてわかりっこないさ」
「流石は王子、冴えていますな」
「だろう? しかし外が騒がしいな」
「どうせまた我らの懸賞金目当ての冒険者か賞金稼ぎ連中が来たのでしょう」
「よくあることですぜ」
「おい、大丈夫なんだろうな?」
「安心してくだせぇ。前に700人の騎士団が侵攻してきましたが、返り討ちにしてやりましたぜ」
「父上の兵もだらしないなぁ。それとも君らが強いのかな? そうでないとボク様の計画もご破算だからいいけど」
「ですな。それよりも王子、約束は守ってもらいますぞ?」
「当たり前だ。勝てば官軍。ボク様が玉座についたら反対派の貴族を取り潰して、領地は君たちにくれてやる。そうなれば君らは貴族だ。領地で堂々とビジネスをすればいい」
男たちの感嘆の声が聞こえるドアを蹴破り、俺は挨拶をした。
「ハローエブリワン、みんな大好きお前らのレイトが来てやったぜ」
掃き溜めにツルとばかりに建てられたお屋敷の応接室に、連中はいた。
革製のソファに腰を下ろしたガタイのいい眼帯の男に向こう傷の男、それから黒いローブ姿の男だった。
三人とも、ネグロ街の住人にしては身なりが良い。
ただし、四人目の男だけは風情が違う。
さっきまで着ていたであろう地味なコートが近くの椅子にかけられているが、本人は白、青、金を基調とした貴族風の格好で、この場にまったく馴染んでいない。
――ははーん、さてはマフィアと密談中の上級貴族のお坊ちゃま、と言ったところか。
「おい、こいつはまさか!」
「くっ、なんでこんなところまで! 警備の連中は何をやってやがる!」
「こうなったら、頼むぜ旦那!」
眼帯の男が叫ぶと、奥のドアが音もなく開いた。
そこから姿を現したのは、無数の傷跡で埋め尽くされた白い甲冑の剣士だ。
「我の出番、か」
厳かな口調で腰からショートソードを抜き、猫のようにやわらかい足取りで俺の前に割り込んでくる。
「政府に尻尾を振る犬め。己こそが真の巨悪であることを冥途で悔やむがよい」
鑑定魔法いわく、レベルは二十五。この世界に来てからは一番だ。
「いいことを教えてやるよモヤシ野郎。そいつはあの有名な――」
真空斬撃魔法を使うと、白騎士の構えたショートソードの剣身が切断。床に落ちた。
「——へ?」
眼帯の男が絶句してから一拍遅れて、白騎士の胸鎧が裂けて血を噴き、床に倒れ込んだ。
苦悶の声を上げる白騎士に、俺はまばたきをした。
「なんだ、二十五レベルで防御力重視のフルプレート甲冑ならもっと耐えるかと思ったんだけど。思ったよりも力加減が難しいな」
血を流し痙攣する白騎士を見ても、罪悪感はない。それこそ、ゲームの敵キャラを倒したようにしか感じなかった。
これも、アバターの影響なのかもしれない。
魔法を手足の延長として使っているように、この体には二十年間、悪党やモンスター相手に戦ってきた経験値が蓄積されている。
肉体が変われば、精神も影響を受けるということだろう。
さっきの魔法の威力が強すぎたのか、余波だけでローブの男と向こう傷の男も血を流して倒れていた。
「て、てめぇ!」
「うるさい」
眼帯の男が腰の剣を握ると、俺は烈風魔法で壁に叩きつけてやる。
それから、最後に残った貴族風の坊ちゃんに歩み寄る。
「ひぃっ! ちち、近づくな! ボク様をどこの誰と心得る! 暗黒街を束ね玉座を奪い、明日にもこの国の頂点に君臨して周辺諸国を平らげ、このガーデニア王国を帝国へと押し上げガーデニア帝国初代皇帝にして偉大なる征服王として歴史に名を残し神格化されてゆくゆくは――」
「知らねぇよ」
「へぎゅんっ!」
右拳を坊ちゃんの顔面に叩き込む。
たぶん、生け捕りのほうがいいだろうと、俺は魔法を使わず素手にした。
坊ちゃん、とは言っても十代後半ぐらいであろう男は壁にかけられた鹿のはく製に後頭部をぶつけて気絶。床に倒れて動かなくなった。
「さてと、これで終わりか。あとは水魔法で消火活動をしてからリリー姫に連絡だ」
「レイト!」
廊下の奥から聞こえた美少女ボイスを振り返れば、案の定、二本の桃色ツインテールを振り乱しながらアイリスが駆け込んできた。
「遅かったなアイリス。ボスはみぃんなやっつけちまったぜ」
部屋の惨状を目にしたアイリスは、まぶたを大きく見開いて息を飲んだ。
「うぁぁ……なんかここまで来ると悪党ながら哀れね……まぁ自業自得だけど」
――最初から思っていたけど、アイリスって自分で自分の言ったことにフォローや反対意見いれるよな。
「それとな、こいつら今夜クーデターを起こすつもりだったらしいぞ」
「クーデターって、マフィアが国盗りしようっての!?」
アイリスはますます驚いて素っ頓狂な声をあげた。わかりやすいオーバーリアクションが可愛い。
「いや、旗頭っつうか首謀者はこの貴族の坊ちゃんだ」
俺が足元を指で差すと、アイリスの視線は床に転がる派手な男に落ちた。
そして、眉根をぎゅむっと寄せて難しい顔をした。
「この人、どこかで見たことがある気が……」
「格好からしてどこぞの大貴族だろ? まったく、大貴族のクーデターを未然に防いで大手柄だな。これで俺の待遇も期待できるってもんだ。じゃ、そいつが気が付いたら事情聴取よろしくな」
俺は有頂天になりながら、消火活動をすべく部屋の外に出た。
「まったく、とんだ規格外ね。さてと、じゃあ大切な証人だし、こいつはソファに寝かせ……ん、あれ?」
ツンツン。
「……し、死んでいる……」
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