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エージェント67
#いじめ
#仕事
フェス開催まで、あと三日
『レクラ』の厨房は、異様な緊張感に包まれていた。
……いや、緊張しているのは、蓮だけだ。
「カナタ!このフォアグラの脂のノリはどうだ? さっきのより少し厚い気がする。火入れの時間が変わるだろ!」
「シェフ、落ち着いてください。そのために、僕が温度管理を完璧に調整した『特製オイル』を用意しました」
僕は、銀色のボトルを差し出す。
中身は、一見すれば最高級のグレープシードオイルだ。
だがその実態は、特定の温度を超えると
僕が仕込んだ「特製塩」の成分と結合し、急激に粘度を増して黒変する触媒だ。
「……そうか。お前が言うなら間違いないな」
蓮は震える手でボトルを受け取った。
なんとも哀れな男だ。
かつての蓮なら、盗んだレシピであっても、自分の感覚で微調整するくらいの野心はあった。
だが、今の彼は「カナタ」という外部脳なしでは
火加減ひとつ決めることができないマリオネットになり下がっている。
「シェフ、当日の生放送でのスピーチは用意されましたか?」
「ああ、完璧だ。……『このレシピは、私が若き日に苦悩の末に辿り着いた、魂の結晶です。失った友への鎮魂歌でもあります』…これで、観客の涙も独り占めだ」
失った友? 鎮魂歌?
僕を社会的に殺し、物理的に焼き潰した張本人が、どの口でそれを言うのか。
吐き気がするのを通り越して、もはや清々しささえ感じた。
「素晴らしいです。きっと、世界中の人があなたの『誠実さ』に感動するでしょうね」
僕は鏡の前でコックコートを整える蓮の背後で、深く、深く頭を下げた。
表情を隠すためだ。
今の僕の顔は、あまりの歓喜で、化け物のように歪んでいるだろうから。
その日の夜、僕は最後の仕上げを施すために、深夜の厨房へ忍び込んだ。
蓮が当日使う予定の、あの「レシピノート」が台の上に置いてある。
僕の文字で書かれ、僕の情熱が詰まっていたノート。
今は、蓮の指紋と、傲慢な書き込みで汚されている。
僕はそのノートの最終ページに、透明なインクであるメッセージを書き込んだ。
普通の状態では見えないが、フェス会場の強力な紫外線ライトの下では
血のように赤く浮かび上がる特殊な塗料だ。
「毒を喰らわば、皿まで……だよね、蓮」
お前は、僕が用意した「最高の成功」という名の毒を、一滴残らず飲み干した。
あとは、その毒が回るのを待つだけだ。
お前が「魂の結晶」だと胸を張って語るその瞬間に
お前の手元にある料理は、お前の罪そのもののように黒く、醜く腐り果てる。
「カナタ、まだ残っていたのか?」
背後から声がした、蓮だ。
彼は、どこか不安げな表情で僕を見つめていた。
「……なあ、カナタ。フェスが終わったら、お前を副料理長に昇進させる。俺の右腕として、一生そばにいてくれ」
「一生……ですか」
僕は、手袋をはめた右手をゆっくりと持ち上げ、彼の目の前で握りしめた。
「ええ。約束しますよ、蓮シェフ。僕は、あなたの『最後』を見届けるまで、どこへも行きません」
蓮は安心したように笑い、僕の肩を叩いて去っていった。
お前が望んだ「右腕」は、今、お前の首筋にナイフを当てている。
さあ、明後日だ。
全世界が見守る中で、最高に豪華な処刑を始めよう。