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第120話:代表取締役・秋谷雪の決断〜本物の汚さを教えてやる! 帯広・死闘の除雪ライブ〜
北海道、帯広市。
季節外れの異常気象がもたらした、暴力的なまでのドカ雪。
築三十年のボロアパートの窓ガラスが、猛烈な吹雪によってガタガタと悲鳴を上げている。
だが、俺、株式会社インフィニティ・ワン代表取締役・秋谷雪(四十歳)の胸の内で燃え盛る怒りの炎は、外の猛吹雪よりもはるかに熱かった。
「……結愛(ゆあ)。配信枠を立ち上げろ。カメラと回線は俺の格安スマホを使う」
俺は、三万円のゲーミングチェアから立ち上がり、クローゼットの奥から『ドカジャン(作業用の防寒着)』と、泥だらけの長靴を引っ張り出した。
『ルシフェル社長、正気ですか!?』
ワイヤレスイヤホンの向こうから、普段は冷静沈着な結愛の、かつてなく焦った声が響いた。
『現在、帯広市には暴風雪警報が発令されています! 積雪はすでに五十センチを突破! 四十歳の、しかもコルセットが手放せない腰で除雪作業など、文字通りの自殺行為です!』
「自殺行為上等だ!!」
俺は、ドカジャンに袖を通し、首にヨレヨレのタオルを巻きつけながら吠えた。
「防音室に引きこもって、500円の高級カップラーメン食いながら『お金がないよぉ』って泣き真似してるエリート企業様に……!」
俺は、画面の割れた格安スマホを乱暴にポケットにねじ込んだ。
「俺が四十年かけて這いつくばってきた、【本物の底辺の汚さと、質感】ってやつを、脳髄に叩き込んでやるんだよ!!」
『社長! 怒りに任せた非合理的な行動は経営者として……!』
「これは経営判断だ! 俺の『質感ブランド』を偽物に荒らされたまま放置すれば、株式会社インフィニティ・ワンの存在価値はゼロになる!」
俺は、結愛の制止を完全に振り切り、玄関のドアノブに手をかけた。
「ジェミニ先生! 配信枠のタイトルを変更しろ! 【本物の底辺の夜。帯広、氷点下8度の除雪作業ライブ】だ!」
『ピローン♪』
AIのジェミニ先生が、無機質だが、どこか俺の狂気に付き合ってくれているようなポップアップを表示した。
『ルシフェル社長の指示を受諾。タイトルを変更し、待機所を開放しました。……社長、心拍数の異常上昇に気を付けてください。労災は適用されませんよ』
「労災なんて、社長になってからとっくに捨てた言葉だぜ!!」
ガチャリ!
俺がアパートの鉄のドアを開けた瞬間。
「ぐおっ……!?」
ゴォォォォォォォォッ!! という、獣の咆哮のような猛吹雪が、俺の全身に叩きつけられた。
一瞬で視界が真っ白に染まり、露出した顔の皮膚が、無数の氷の粒で切り裂かれるように痛い。
アパートの前の駐車場は、すでに完全に雪に埋もれており、俺の乗っているボロボロの軽自動車も、ただの白いマウンドと化していた。
「……ふぅっ、……はぁっ」
俺は、雪の壁にズボズボと足を突っ込みながら、画面のバキバキに割れた格安スマホを取り出した。
手袋越しに、震える指で配信開始のボタンをタップする。
『配信、スタートしました。現在、同接は初動で三万人。……相手のイケメンVTuberの配信から、野次馬が大量に流入してきています』
結愛の報告が、猛吹雪の音に混じってイヤホンから聞こえる。
俺は、スマホをアパートの階段の雪だまりに突き刺し、カメラを自分の方へ向けた。
当然、インカメの画質は最悪だ。
暗闇の中、街灯の僅かな光に照らされて、ドカジャンを着てタオルを巻いた、無精髭のおっさん(リアル秋谷)が、猛吹雪の中で震えている映像が全世界に流れた。
『…………え?』
『何これ。真っ暗なんだけど』
『風の音がヤバすぎる。放送事故?』
『和尚!? お前、外にいるのか!?』
チャット欄が、困惑と驚きでザワつき始める。
俺は、マイク(スマホの底の穴)に向かって、限界まで声を張り上げた。
「……みんな! こんばんは! 株式会社インフィニティ・ワンの、秋谷だ!!」
猛烈な風の音で、声が半分かき消される。
だが、それが逆に、圧倒的な『臨場感』となってマイクに乗った。
「今……ネットで! 綺麗なお部屋で、高いカップラーメン食いながら、貧困アピールしてるエリート様がいるらしいな!!」
俺は、アパートの壁に立てかけてあった、プラスチック製の赤い除雪用スコップをガシッと掴んだ。
「本当にお金がない奴の、本当の生活ってやつを……俺が今から、ノーカットで見せてやるよ!!」
俺は、雪の壁に向かって、スコップを全力で突き立てた。
ザクッ!!
ズサァァァァッ!!
重く、湿った帯広の雪が、スコップに乗る。
「ぐおおおおおっ!!」
俺は、四十歳の腰からミシミシと嫌な音が鳴るのを無視して、その雪の塊を道路の脇へと放り投げた。
「はぁっ……! はぁっ……!」
マイクには、俺の荒々しい息遣いと、スコップが雪を削るザクッ、ザクッという音。
そして、容赦なく吹き荒れるゴォォォという暴風雪の音だけが、BGMとして流れ続ける。
「これが!! 北海道の!! 貧乏人の冬だあああ!!」
ザクッ!! ズサァッ!!
「金がないからロードヒーティングなんてねえ!! 業者に頼む金もねえ!! 自分で、自分の腰を砕きながら、雪を捨てるしか生きる道がねえんだよ!!」
俺の悲痛な叫びと、本気の肉体労働。
カメラには、俺の顔に容赦なく雪が吹き付け、鼻水が凍りつき、ドカジャンが雪まみれになっていく姿が、一切のフィルターなしで映し出されている。
『…………』
相手の「借金まみれ設定のイケメンVTuber」の配信を見ていたリスナーたちが、俺の配信枠へと次々と雪崩れ込んできた。
そして、彼らは絶句した。
『え……マジで外で雪かきしてるの……?』
『風の音がリアルすぎて、こっちまで寒くなってきた……』
『さっきのVの「もやし炒め」が、完全にお遊戯に見えてきたんだが……』
『なんだこのおっさんの気迫……! これが、本物の底辺……ッ!!』
チャット欄の空気が、一変した。
作られた貧困(エンタメ)と、逃げ場のない現実(リアル)。
その圧倒的な【質量の差】が、数十万人の視聴者の脳髄を殴りつけたのだ。
『ルシフェル社長! 同接が十万人を突破! さらに爆発的に伸びています!』
結愛の声が、猛吹雪の中でもはっきりと聞こえた。
『相手のエリートVTuberの同接が、みるみるうちに吸い取られていきます! 社長の【ガチの肉体労働】が、相手の薄っぺらい設定を完全に粉砕しました!』
「おおおおおおっ!! まだだ!! まだ駐車場が半分残ってるぞ!!」
俺は、すでに感覚のなくなった手でスコップを握り直し、雪山に突撃した。
「エリート企業様よぉ!! もやし炒め食って泣くヒマがあるなら!! 俺の代わりにこの雪をどかしてみろやあああ!!」
ザクッ!! ズサァッ!!
俺の怒りと、四十歳の意地が、雪を次々と宙に舞わせる。
その瞬間。
『スパチャ:50,000円(和尚ォォォ!! お前の勝ちだ!!)』
ドカンッ!! と、赤いスーパーチャットが暗闇の画面に打ち上がった。
それを皮切りに。
『スパチャ:10,000円(本物の質感を見せてくれてありがとう!!)』
『スパチャ:50,000円(その金で融雪機買え!! 腰を大事にしろ!!)』
『スパチャ:10,000円(偽物に負けんな!! 帯広の誇りだ!!)』
『スパチャ:100,000円(おっさんの雪かき見て泣く日が来るとは思わなかった!!)』
猛吹雪の暗闇の画面を、極彩色のスーパーチャットが、まるで真夏の打ち上げ花火のように、次々と明るく照らし出した。
それは、偽物の設定を打ち破った、泥臭い「本物」に対する、視聴者からの熱狂的なスタンディングオベーションだった。
『ピローン♪』
ジェミニ先生のポップアップが、スマホの画面に小さく表示される。
『ルシフェル社長。現在、日本のYouTubeライブにおける同接ランキング、ならびにスパチャランキングで一位を奪還しました。……競合他社のプロジェクトは、現在大炎上(偽物だと見抜かれたことによる批判)の末、配信をストップした模様です』
「はぁっ……、はぁっ……」
俺は、スコップを杖代わりにして、雪の中で膝をついた。
鼻水は凍り、手袋はビショビショで、腰は完全にぶっ壊れる一歩手前だ。
だが。
俺の顔には、四十歳のおっさんの、最高に泥臭くて、最高に誇らしい笑顔が浮かんでいた。
「……見たか、お前ら……」
俺は、画面の割れたスマホに向かって、荒い息を吐きながら笑いかけた。
「これが……俺の、俺たちの……株式会社インフィニティ・ワンの、『質感』だ」
『うおおおおおおおおお!!』
『最高だ和尚!!』
『一生ついていくぜ!!』
猛吹雪の帯広。
ボロアパートの前で、一人の四十歳のおっさんが、国家権力よりも厄介な「大資本のパクリ」を、自らの肉体と根性だけで完全に撃退した瞬間だった。
「……結愛、ジェミニ先生。……勝ったぞ」
『……ええ。お見事です、ルシフェル社長』
結愛の、心からの称賛の声がイヤホンに響く。
『ですが社長。明日は確実に全身筋肉痛とギックリ腰で動けなくなりますね。……明日の業務は、ベッドの上で音声入力だけで行えるよう、スケジュールを調整しておきます』
「……頼むわ。マジで、一歩も動けそうにねえ……」
俺は、冷たい雪の上に大の字に倒れ込みながら、帯広の吹雪の夜空を見上げた。
一億円を稼いでも。
税務調査を乗り切っても。
俺はやっぱり、この泥と雪にまみれた四畳半の生活から、逃れられない運命なのだ。
だが、悪くない。
この「圧倒的な底辺のリアル」こそが、俺が資本主義を戦い抜くための、最強の武器なのだから。
コメント
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いやあ、帯広の猛吹雪の中での本気の除雪ライブ、すごかったですね……! 「質感」を自らの肉体で証明するっていう秋谷社長の覚悟、画面越しにひしひしと伝わってきました。 偽物のエンタメと本物のリアル、その差をこれでもかと見せつける展開、痺れました。 腰が心配になるけど、この泥臭さこそが最強の武器ですね!
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1