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레몬인
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なんたろ
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第121話:ラノベ新人賞への再挑戦〜配信の悪ノリから生まれた十万字、秋谷雪の決断〜
『――かくして、底辺の反逆は幕を開けた。』
ターンッ、と。
帯広市の静まり返った深夜のボロアパート、四畳半の空間に、エンターキーを叩き込む乾いた音が響き渡った。
俺はそのままキーボードから手を離し、五万円の中古ノートPCのモニターを、ただただ呆然と見つめていた。
画面に表示されているテキストエディタの右下。そこには、俺の血と汗と、削り取られた睡眠時間の結晶である数字が燦然と輝いていた。
『総文字数:105,432文字』
「……終わった。マジで、終わらせちまった」
俺は三万円のゲーミングチェアの背もたれに深く体重を預け、シミだらけの天井の蛍光灯を見上げた。
視界が滲む。一日中ブルーライトを浴び続けた四十歳の網膜が悲鳴を上げているせいなのか、それとも別の理由なのかは分からない。
ただ、心臓の奥底から、これまでの人生で味わったことのないような、とてつもなく重厚で熱い達成感が込み上げてきていた。
長編小説、脱稿。
ライトノベル新人賞の応募規定である「十万字」という途方もない壁を、俺は今、完全に乗り越えたのだ。
事の発端は、数ヶ月前の雑談配信での些細なやり取りだった。
『おっさん、いっそその税金地獄とクソみたいな底辺のリアルを小説にして新人賞出せよww』
『絶対面白い(他人の不幸は蜜の味)』
『スパチャ:10,000円(執筆代のお布施です。もし大賞獲ったら書籍買います!)』
いつものように俺が「法人は税金がヤバい! 経費の計算で頭がおかしくなる!」と喚き散らしていた時、リスナーの何気ないコメントから、その「悪ノリ」は始まった。
「ハッ! 誰が書くかよ! 小説なんてな、才能のある選ばれしエリート様が書くもんだ! 俺みたいな、介護施設で腰をぶっ壊して、コールセンターでクレーマーにペコペコ頭下げてただけの底辺おっさんに、十万字の物語なんて紡げるわけねえだろうが!」
俺はカメラに向かってそう毒づいた。
だが、リスナーたちは面白がり、その日の配信は「ルシフェルが小説を書くならどんなタイトルか」という大喜利大会へと発展した。
その中で、俺はポロリと、一つの「書き出しの1行」を口にしてしまったのだ。
『――明日食べるモヤシの計算をしていた四十歳の俺は、気づけば異世界の理不尽な税制と戦うことになっていた』
その瞬間、チャット欄が爆発した。
『うおおおお!! 読みたい!!』
『現代社会の闇(リアル)が異世界ファンタジーに持ち込まれたww』
『ざまぁ展開必須で頼む!!』
そのリスナーたちの熱狂と、極彩色のスーパーチャットの嵐に当てられ……俺の胸の奥底にずっと燻っていた、ある「黒い炎」が燃え上がってしまった。
俺は昔から、理不尽な世の中に文句ばかり言ってきた。
「どうせ俺なんか」「社会が悪い」「才能がない」。そうやって言い訳を並べて、何者にもなれない自分を正当化してきた。
だが、VTuberとして何百万という人の目に触れ、大金を手に入れ、そして自らの法人『インフィニティ・ワン』を立ち上げた今。
俺は、もう「何者でもない」なんて言い訳は通用しないステージに立ってしまったのだ。
「……やってやらぁ。四十歳の底辺が紡ぐ、本気の『ざまぁ』を見せてやるよ」
その日から、俺の地獄の二重生活(ダブルワーク)が始まった。
社長としての法人成り手続きや、税務調査という死線の回避。夜はVTuberとしての配信活動。
そして、配信を終えた深夜二時から明け方までの数時間を、俺はすべて『執筆』に捧げた。
書くという行為は、想像を絶するほど孤独で、痛みを伴う作業だった。
最初は勢いで書けた。自分がかつて味わった社会の理不尽さ、ブラック企業の上司への殺意、生活保護のケースワーカーに詰め寄られた時の絶望。それらを悪役キャラクターに投影し、主人公に完膚なきまでに論破(ざまぁ)させる展開は、書いていて最高にスカッとした。
現代ファンタジーと社会風刺を掛け合わせた、俺にしか書けないドロドロのリアル。
だが、三万字を超えたあたりから、ピタリと手が止まった。
プロット(物語の設計図)の矛盾。キャラクターの行動のブレ。何より、「こんなの、誰も面白いと思ってくれないんじゃないか?」という、クリエイター特有の底なしの恐怖。
「ダメだ……消そう。こんなゴミみたいな文章、世に出せるわけがない」
何度、バックスペースキーを長押しして、数千文字の努力を無に帰したか分からない。
その度に、俺は限界みそラーメンをすすりながら、胃薬を大量の水で流し込み、己の才能の無さに絶望した。
それでも。
『和尚、小説の進捗どう?』
『無理すんなよ、おっさん』
配信のたびに、リスナーたちが不器用な言葉で背中を押してくれた。
さらに、結愛とジェミニ先生が、容赦ないダメ出しと論理的な誤字指摘で俺のメンタルを削りながらも、最後まで伴走してくれた。
そして何より、俺自身が「この物語を最後まで書き切りたい」と、魂の底から渇望してしまったのだ。
毎日、文字数管理ツールと睨めっこしながら、一日三千文字のノルマを己に課した。
肩こりは慢性化し、四十歳の背中はバキバキに悲鳴を上げたが、それでもキーボードを叩く手は止めなかった。
そして、迎えた今日。
俺はついに、十万字という途方もない山脈の頂上へと辿り着いたのだ。
「……ふぅ。感傷に浸ってる場合じゃねえ。提出だ」
俺は目頭を乱暴にこすり、ブラウザを開いた。
カク◯ムのトップページから、ユーザーログインを果たす。
ワークスペースに、完成したばかりのテキストファイルを章ごとに流し込んでいく。
タイトル、あらすじ、キャッチコピー。すべて、何度も何度も推敲を重ねた俺の最高傑作だ。
そして、設定画面の最後。
『ペンネーム』の入力欄の前で、俺の手はピタリと止まった。
(……どうする?)
最初は、VTuber『ルシフェル』という名義で応募しようかとも考えた。
その知名度を使えば、話題性だけで一次選考を通過できるかもしれないという、甘い誘惑があったからだ。
だが、十万字を書き終えた今、俺の考えは変わっていた。
この作品は、ガワ(アバター)を被ったVTuberが書いたものじゃない。
俺をからかい、煽り、時に真剣に心配してくれたリスナーたち。俺に『社長』としての覚悟を教えてくれた社会の荒波。
帯広の四畳半で、泥に塗れながら生きてきた、一人の男の人生そのものの記録だ。
ならば、名乗るべき名前は一つしかない。
俺はキーボードに手を置き、迷いなくその文字列を打ち込んだ。
『秋谷雪』
「……よし」
これでいい。俺は、VTuberとしての見せかけの数字ではなく、株式会社インフィニティ・ワン代表取締役としての、ありのままの人生を背負ってこの戦いに挑む。
それが、この底辺から這い上がってきた男の、本気の勝負にふさわしい。
俺はマウスを握りしめ、画面の右下にある、鮮やかな青色のボタンにカーソルを合わせた。
『コンテストに応募して公開する』
「……行けえええええええっ!!」
カチッ。
マウスの左クリック音が、夜明け前の部屋に静かに響いた。
画面が切り替わり、『公開が完了しました』という文字が表示される。
その瞬間、俺の魂の欠片が、電波に乗って世界中へと放たれていった。
「……ははっ」
俺は力なく笑い、ゲーミングチェアから立ち上がって窓辺へと向かった。
遮光カーテンを勢いよく開け放つ。
十勝平野の地平線の彼方から、眩しいほどの朝日が昇り始めていた。
新しい朝だ。
ただの四十歳のニートだった俺は、VTuberになり、社長になり、そして今――『作家』になった。
まだ何の結果も出ていない。誰にも読まれないかもしれないし、一次選考で無残に落とされるかもしれない。
だが、俺の心は、かつてないほどに晴れやかだった。
「さあ、見せてみろよ世界。俺の十万字に、いくらの値がつくかをな……!」
朝日に向かって不敵に笑う四十歳の新米社長の顔には、もう、底辺の卑屈な影は微塵も残っていなかった。
コメント
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はる。だわ。いやもう、アツすぎるだろこれ……! ルシフェルが十万字書き切った瞬間、マジで鳥肌立ったわ。特に三万字で止まって消そうとした葛藤とか、リスナー・結愛・ジェミニ先生に支えられたところがリアルすぎて泣ける。そしてペンネーム『秋谷雪』で勝負する決断、ガチで震えた。ガワじゃなくて自分の人生そのものを背負って出すって、めっちゃカッコいいよ! 結果が出るのが楽しみすぎる🔥