スーツのままテーブルに身を任せて眠っていた。
チューハイの空き缶が置いてある。お風呂に入る気持ちも無かった。
誕生日当日の夜は寂しくてお酒とつまみを食べながらソファがあるのにラグマットにぺたんと座っていつの間にか泣きながらテーブルを枕に寝落ちしていた。お祝いされたはずのレストランのメニューなんて覚えてない。いろんなことがありすぎて
体と心が落ち着かなかった。会社では倒産するって話だし、拓海は別れたはずなのに別れたくないと言われるしさらに女の影もある。颯太は、まさかの既婚者であることのカミングアウト。薄々、勘づいていたが、現実を知ると不安になった。実際、結婚してる人に手を出したのだ。
相手の奥さんに恨まれて殺されたりしないだろうか慰謝料請求されたりも可能性はゼロではない。
颯太はリスクがあるからやめておけと言っておきながら何回も会っていたし、半同棲もしていた。
颯太の行動と言動が伴ってない。颯太の子どもである紬は美羽を見て大層喜んでいた。
どうしてあんなに知らない女性を見て喜ぶのだろうと疑問でしか無かった。
一喜一憂をしては眠気が残ってる体をベッドまで移動させた。
スマホを見ると今更かと思いながら颯太からメッセージが届いていた。
スタンプ文字で『誕生日おめでとう』とにこにこしているパンダのキャラクターと一緒に表示された。
美羽は、もっと早くに見たかったなと思いながら期待半分、不安半分で眠りについた。
◇◇◇
よく晴れて、雲ひとつない空の下、小さな女の子と小さな男の子が公園の砂場でおままごとをしていた。
「そうちゃん! そこは洗面所、ここはお風呂ですよ」
「え。あ、そうだっけ。ごめんなさい。そしたら、最初からやり直しだね。玄関から入って……ただいま〜」
「おかえり。そうちゃん。手洗ってきてね。今からご飯出すから」
女の子は、砂場セットのお皿におだんごを作ってはどんどん乗せていく。
「はーい。えっと、滑り台が洗面所だったかな。バシャバシャー。」
滑り台の横を蛇口に例えて手を洗う素振りをした。
「そうちゃん! 手洗った? 準備できたよー」
女の子は、次々とお皿におかずを乗せてはおもちゃのスプーンとフォークを並べた。
「できたよー。ご飯食べて良いの?」
「どうぞ、召し上がれ」
「はーい。いただきまーす」
手を合わせて、そうちゃんは、丁寧に挨拶しては、スプーンとフォークで食べる素振りをした。
すると、ベンチで座っていたそうちゃんのママが手を振って呼んでいる。
「颯太! そろそろ暗くなってきたから帰るよ〜。ごめんね、みーちゃんママ。話聞いてくれてありがとう。またよろしくね」
「ううん。こっちこそ。良いの良いの。逆にこちらが年下なのに、お姉さんぶって対応してごめんね。あとで、言っておくから」
「良いんだよ。そこが、みーちゃんの良いところでしょ。しっかりしてて、将来が楽しみね」
「3歳なのに、生意気なのよ。全く、誰に似たんだか。お姉ちゃんもいるのに妹の方がお姉さんぶってて
困ってるの。だって、颯太くんは5歳でしょ?」
「そうだよ。今月の誕生日来たらかな。3月生まれだから気弱でさ、ひとりっ子だし。しっかりしたみーちゃんが
いてくれると助かるんだけどね」
颯太の母は、心配そうにして、足元に来た颯太の頭を撫でる。
「お母さん、何話してたの?」
「んー、内緒。みーちゃんママとの秘密の会話」
「えー、ずるい。僕にも教えてよ」
「良いから、帰るよぉ。んじゃ、またね」
「みーちゃん、バイバイ!」
「そうちゃん、次はお店屋さんごっこしようね! じゃあねー!」
「うん、わかった!じゃーあねー!」
別れを惜しむようにお互いにいつまでも手を振っては、振り返って何度も後ろ姿を確認して帰った。
「みーちゃん、そうちゃんと仲良しね」
「うん。そうだね。わたし、そうちゃん大丈夫かなって心配だから着いててあげないとって思うんだ」
「そうなの? でもそうちゃん、みーちゃんより2つも年上だよ? お兄ちゃんだよ?」
「んー、でも、年は関係ないなぁって思っちゃうんだよね。だってさ、お姉ちゃんは3つ離れてるけどしっかり自分のこと出来てるでしょ?」
みーちゃんママは、顎に指を置いて考えた。
「まあ、確かに。そっか、そうちゃんはみーちゃんにとって特別なんだね」
「そう! 特別! 一緒にいて楽しいから」
みーちゃんママは嬉しそうに笑った。目まぐるしく過ごす日常の中で幼少期の記憶というものは、ショックな出来事ほど、鮮明に覚えてるものだ。一緒に遊んでいた颯太が両親の都合で遠くに引っ越しをしなくてはならなくなった。ずっと、一緒にいるものだと思っていた。引っ越しトラックの後ろをいつまでも泣きながら走って追いかける映像が今でも蘇る。
「そうちゃーーん!!」
みーちゃんは、住宅街の長く続く道を力が続く限り走り続けては、途中で転んで膝を擦りむいた。
涙が何度もこぼれ落ちては頬を濡らした。そんな辛い思い出が大人になった美羽の夢に出てきていた。
目を覚ますと、天井に向かって腕を伸ばしては涙を流していた。
「そう……ちゃん」
幼馴染の2歳年上の男の子も颯太という名前だった。
同じ名前の人と縁があって出会うなんてあの頃のそうちゃんは今頃何をしてるのかなと冷静になって考える。
まさか、生まれも育ちも違うだろうし、同一人物なわけないよなぁと洗面所で歯磨きしながら思いふける。
(そういや、右頬にあるホクロの位置そうちゃんと一緒だった気がするけど、いやいやまさか、そんなことってあるわけないよな……)
美羽は、首を振って考え直す。苗字はなんだったっけと頭の中で昔の記憶を思い出そうとしたが、
なかなか出てこない。昨日までネガティブな考えだったが、幼馴染の颯太の思い出が出てきてからは
もうどうでもよくなっていて、同一人物でありますようにとどこか頭の片隅で祈っていた。
思い出を振り返ることで頭がいっぱいだった。
ご機嫌になった美羽は、お気に入りの服を着ては買い物に行くことにした。
今はもう、割り切って自己投資に専念しようと心に決めた。
ドアを開けると冷たい風が頬を打った。
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