昨日と変わりなく、拓海の部屋で過ごすのかと少し安心した紬はベッドに座って、足をぶらんぶらんと動かした。
修学旅行の前日のようで楽しくなってきた。
いつまでいれるか分からないけど、いっそならずっとこのままでも良いのになぁと考えた。
そんな時、インターフォンが鳴った。
「はい」
拓海はインターフォン画面に映る颯太を見た。
さっきの美羽へのラインに念の為、自宅住所を送っておいた。時間差がそんなにない。
迎えに来たのかと玄関に出る。
「ごめん、拓海くん。どうしても、美羽が受け入れられないからって紬を迎えに来た。出してくれるかな」
「あ……はい。ちょっと待ってくださいね」
紬は、かくれんぼするようにクローゼットから出てこない。
「紬、お父さん。迎えに来たぞ」
「……やだ」
姿を隠しながら返事をする。
「このままじゃ、お互い良く無いからまずは帰ろう」
「だって、反対してるんだよ?」
「そうかもしれないけどさ。まずは、両親説得してきて」
「拓海さんできなくて、私になんて尚更できないよ」
「大丈夫だよ。長く一緒に暮らしてきた家族なんだから俺よりどうしたいかくらいわかるだろ?」
「……どうしたいか。そりゃぁ、幸せになりたいと思う」
拓海は、クローゼットに隠れる紬に声をかけ続ける。
紬は、暗闇の中、考える。
「俺も、幸せになりたいから。な?」
「……できるかな。私に」
「できる。仕事のミッションやるより簡単だ」
「えー、どんだけ私仕事できない人なの?」
「できない人だったのか?」
「いえ、違います!」
「よし」
紬がやっとクローゼットの中から出てきた。
拓海はポンポンと頭を撫でる。
「待ってるから。期待してるよ?」
「うん、わかった」
颯太は、玄関の外で腕を組んで待っていた。
「お待たせしました」
「紬! 良かった。母さん心配してたぞ」
「……」
「なんだか、お母さんときちんと話するって言ってましたよ」
代弁して答えた。
「そっか。それじゃぁ、帰ろう。迷惑かけたな、拓海くん」
「いえ、じゃぁ、よろしくお願いします」
お辞儀をして、見送った。
紬は不満そうにしながら、颯太の横に立ち家路に向かう。
***
チャプンと水の音がなる。
紬と美羽は、数十年ぶりに自宅のお風呂に入った。
お風呂の中で2人になり、向き合ったら、ちゃんと話せるかもと美羽が考えた。
「紬、大きくなったよね。初めて会った時はこんなに小さかったのに……」
昔を思い出す美羽。
頑張って親目線で話そうと努力した。
「うん。いつもお父さんと2人きりだった時は、1人でお風呂済ませるようにしてたから、美羽さんが来てから寂しさ埋められた。あの時は嬉しかった」
過去を振り返り、寂しい気持ちを補っていたことを思い出す。
「……そうなんだ。良かった。喜んでもらえてたんだ」
「その時から同時に美羽さんに嫉妬した。拓海さんにゲーセンでぬいぐるみ取ってもらった時、すごく嬉しくて美羽さんより私のためなんだって小さいながらに感じてた。再会してなかったら、付き合うなんて考えないよ」
両手で湯船のお湯をすくう。入浴剤で白く色ついたお湯がさらさらしていた。
「紬、その時から、拓海のこと気になっていたの?」
「かっこいいお兄さんって思ってたよ。当時は、自分は子供だし、相手にはされないだろうとは思ってたけどね」
「……そっか」
だんだんと気持ちが冷静になってきたようだ。
「まだ反対する? 私、婚期が遅れても大丈夫?」
首を横に振る。
「紬、ごめんね。私の嫉妬なの。若い人が良いのかなって感じてたけどそうじゃないみたい。元彼だし、焦ったっていうのもある。自分で別れを告げた訳なんだけどさ。拓海も見てると何だか本気っぽいし、私みたいな扱いされないことを祈るわ」
「それって、付き合ってもいいってこと?」
「でも、同棲は……」
「えーーー。同棲はだめなの?」
「そろそろ、あがろう。指先がシワシワなっちゃった」
美羽は長湯しすぎて肌はシワシワに顔が真っ赤になった。紬は平気そうだった。
「スッキリした。良かった」
「大嫌いって初めて言われたからかなり傷ついたよ」
美羽は体をタオルで拭きながらいう。
「ごめんなさい。大嫌いは愛情の裏返しです。大好きな人にしか言いません」
美羽はその言葉を聞いて救われた。
「ねぇねぇ、随分今日はお風呂にぎやかだね。なんかあったの?」
スナック菓子を食べながらテレビを見ていた琉久は言う。
「さーてね、何があったんだろうね」
「父さんは、知らないの?」
「知らないよ」
「へぇ、まあ別になんだっていいけど」
紬は、お風呂のほかに美羽と隣同士で寝ることにした。
拓海の癖のこととか、注意した方がいいことを勉強するようにふむふむと聞くためだ。
案外仲良くやっていけそうな気がした。
女子の会話で夜は長くなりそうだ。