(やっぱ無理~~~~~!)
「エトワールと久しぶりに出かけ……デー」
「デー? 何?」
「何でもない……」
リーストお忍び、デー……お出かけにきたものの、やはり私にはまだこういうの早いなあと感じてしまう。
別に、これが初めてではないし、何度も城下町にきてはいろんな店を巡ったり、食べたりしていたから問題はないのだが、やはり、やはり、推し! イケメンと隣を歩くのは慣れない。何というか、自分その隣を歩いていると言う感覚がないのだ。きっと、恋人が出来てからもこういう感じなのだろう。なら、早くなれておいた方が良いのではないかと思う。まあ、リースで練習という風には全然思わないし、そんな風に思っちゃいけないと思っているが。
魔法で髪色を変えても、目の色を変えても、それっぽい平民の服を着ても育ちの良さと、顔は変えられない。どうせなら、この間のオークションの時のように顔を判別できなくする仮面をつければ。そう思ったが、つけたところでリースのイケメン具合が隠せるものなのかと思った。それに、そんなのつけて歩いていたら、逆に怪しまれる。
そんな風にブツブツ思いながら歩いていると、ぴたりと手に何かが触れた。
「きゃあああ!」
「す、すまない。驚かせたか」
「ちょちょちょ、ちょっと、何!?」
驚いたのは私なのに、私の声に驚いたリースの方がよっぽど酷い顔をしていた。
手が触れた。
人に触れられること離れていないため、過剰に身体が反応してしまう。許して欲しいと思いつつ、今のは偶然じゃないだろうとリースを見れば、リースは申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうなかおをしていた。
「何よ」
「別に、何でもない」
「さっき、手、繋ごうとしたでしょ」
「よく分かったな」
と、リースは隠すきもなくいった。
こっちのみにもなってみろと、私が睨めば、リースは可笑しそうに笑っていた。そういう自然な顔は好きだが、そうじゃない。
「友達同士! 忘れたの!? 手は繋がない」
「何故だ? 女子同士、繋いでいる奴もいるだろう」
「それとこれは、別! 兎に角、彼氏面しない!」
そういえば、リースはしゅんと耳を下げた。こっちが悪いみたいで、何だか胸がチクチクしたが仕方ないと割り切った。
「それで、デー……お出かけのプランは?」
「そうだな。決めてこなかったが、エトワールがまわりたいところをまわれば良いんじゃないか?」
「誘っておいて何」
「デートだったらプランを決めてきただろうが、これはお出かけなのだろ?」
そうリースは意地悪に言う。
私が、デートと言いかけたのを上手く拾いあげて、本当にこの男は、こういうところは抜け目ない。
私はため息をつく。
そんな私を見て、リースは笑みを深めていた。
「お出かけでも、プランぐらい決めてきてよ。私だって、いきなり誘われてきているんだし。ねえ、私病み上がりなんだけど?」
「それでも、お前が俺の誘いに乗ってくれたから、俺はいいものだとおもって……」
「確かに、言ったけど、だって!」
リースの誘いなんて断る方が難しいじゃん。と私は心の中で叫んだ。
本人を目の前に言えばどんなかおをしただろうか。それは、リースという顔が存在に対してなのか、遥輝にたいしてなのか、また突っ込まれそうだったため口にしない。
でも、生まれも育ちも、人の頼みは断れ無い国代表出身の私は、リースの誘いを断ることがどうしても出来なかった。
それに、断ったらいけない気がして……傷つけてしまう気がして。
身体は完治したが、まだ感覚的にちりっと痛むことがある。それは、気のせいなのだろうけれど、あの高魔力、高温の火球を喰らって良く生きていられたと、聖女の身体に初めて感謝した。でなければ、今頃黒焦げで骨しか残らなかったかも知れない。
「……もう、確かに私は誘いに乗ったから、オッケーしたから、済んだことは仕方ないから。ほら、あんまり時間ないじゃん。だから、早く行くところ決めてよ」
と、私はリースに投げた。
平和なふうに見えるが、ヘウンデウン教が宣戦布告してきて、幹部に頭の良い奴らがいて、今も災厄が近付きつつある。なのに、皇太子と偽物であれど、聖女が呑気にお出かけなどしてて良いわけがない。トワイライトの事も気になるし。
(それに、あの緊急クエスト……きっと後五個残ってる)
リースが暴走し、ルクスが暴走し、七つの大罪で言えば、強欲と憤怒を倒した、クリアしたことになる。私の推測があっていれば、後五回はその名に関するクエストを受けることになるだろうと。ルクスは今回そこまで手こずらなかったが、リースみたいなのがあと五回来ると思うとそれはキツい。そのたび、魔力を放出しまくって、倒れてたら一体何年かかるのか。それに、クエストでクリア条件が提示してあっても、なかっても、これは現実で、死なないという可能性はないのだ。死ぬときは死ぬ。命がかかっている。
痛みを伴いながら死ぬか、負の感情に飲まれ自我を失ってドロドロに溶けて死ぬか。
そんな選択肢かない。どっちも嫌だし、死ぬ気はないけれど、それでも死の恐怖はここに来て何度も感じた。あと五回、そして、トワイライトを助けて混沌と対峙して……本当に命が一個で足りるのだろうか。
「……ワール……エトワール?」
「わっ、あ、ごめん。何?」
「さっきから、話しかけているが返事がなかったからな。やはり、まだ体調が回復していないんじゃ……」
「そ、そんなこと……ないこともないけど。そうじゃなくて」
そう言いつつ、リースの顔をじっと見る。リースは心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。もしかすると、病み上がりの私を連れてきたことを後悔しているのかも知れない。
そんな後悔、感じなくても良いのに。
「そうじゃなくてね、今はこんなに平和だけど、いつヘウンデウン教がせめてくるか分からないし、災厄がどれぐらいの早さで進行するかも分からない。だから、今の幸せが続けば良いのになっ
て」
それは本音だ。
怖いことばかりで、明日の心配をしている。
この世界にきてから、悪役聖女だと嘆いていた時期が懐かしく思えるし、あの頃はもしかしたら平和だったんじゃないかなあとすら思う。確かに、滅茶苦茶初めから攻略キャラの私に対する印象は悪かったし、勿論私から見攻略キャラの印象も悪かった。でも、だんだん打ち解け合っていって、魔法も学んで、初めてお祭りに行って……本当に懐かしく思えた。
最近は、怒濤の展開過ぎて、頭も身体も追いついていない。
ヒロインがいきなりラスボスになったんだから。
(トワイライト、何してるかな……)
ラスボスになった、誘拐されたとはいえ、彼女の清い心がそうすぐに真っ黒く染まるわけじゃないと私は思っている。腐ってもヒロインな訳だし、もしかしたら、善の心と負の心が戦っているのかも知れないと。でも、それは孤独な戦いだと私は思った。
早く助けにいきたいし、落ちてしまったのなら救い上げたい。姉として、もう大丈夫だよって抱きしめてあげたい。そう思っている。
私がトワイライトのことを考えていると、リースは、ああ、そうだな。と静かに頷いた。
「俺も、今の幸せがずっと続けばいいと思っている。こんな、いつ命を落すかも分からない、人が皆互いを信じられなくなっていく世界にならなければと思っている」
「リース……」
そう言ったリースの顔は悲しげだった。
私達は戦争のない時代に生れて、死とは無縁に生きていたけれど、此の世界は違う。魔法もあって、奴隷の売買をする人、暗殺者もゴロゴロといる世界。階級による支配や、貧困飢餓などもある。
そして、そんな帝国の皇太子がリースだ。
リースも中身は遥輝で、同じ世界に生れたから、こういう世界とは無縁だっただろう。なのに、いきなり転生して、戦場に行って下さいと言われてどんな気持ちだったんだろうか。遥輝だから、適応能力があるからと思っていたが、そう簡単なことではないだろう。受け入れることも、戦場で仲間が血を流してしんでいくことも。
どれだけ目にしても慣れないはずだ。
私が来る前、リースはどんな気持ちで此の世界で戦ってきたのだろうか。きっと孤独だったに違いない。
私はそう思うと、彼の手をいつの間にか握っていた。リースは驚いたような表情を見せたが、私の顔を見ず、高い青い空を見上げていた。
「今の平和が続くように、俺は戦うんだ。恐れは勿論ある。だが、俺がやらなければならないことだって沢山あるはずだ。俺にしか出来ないこと」
と、リースは自分に言い聞かせるようになった。
いずれ、この帝国を継ぐものとしての覚悟が垣間見れて、本当に凄いと思う。
私も、何か出来ることがあれば……と、自分に出来ることを考える。システムがたまに教えてくれる警告や、クエストの表示。それを見逃さず、自分の頭で何が最善か考えるしかない。システムは底まで親切ではないから。
乙女ゲームなのに、全く恋愛とはほど遠く、攻略も全く力が入っていないが、もしかしたらエトワールのストーリーはそういう恋愛面じゃなくて、他の愛や見方を考えさせられるストーリーだったんじゃないだろうかと私はふと考えた。それは私の予想でしかないが、本物のエトワールも、もしかしたらこういう世界で生きることになっていたのかも知れない。攻略キャラと恋仲ではなく、信頼関係で結ばれている……そんな、恋愛よりも深いものを教えてくれているのではないかと。
そう考えると、私の立ち回りって結構大層なものだと思った。
「まあ、平和なうちに、色々まわっておくか」
と、リースは立ち上がる。
どうやら、その顔は行き先が決まったようだった。私はリースにつられて立ち上がり、彼の顔を見上げる。眩いほどの笑顔が私に降り注いだ。
差し出された手をみて、私はさっきの話を聞いていたのかと怒りたくなったが、平和な内に。というリースの言葉を聞いて、またいつリースが戦場に送り込まれるか分かったものじゃないと、手を取った。すると、リースは嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、いくか」
「う、うん……」
そう言って、リースにリードされるまま、歩き出した私達だったが、ふと後ろから声をかけられる。
「おっ、エトワールじゃねえか」
その声は聞き慣れたもので、振返ればそこに燃えるような紅蓮が立っていた。
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