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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第百一話 忘れていた出会い
箱の中身を見つめたまま、
二人はしばらく動けなかった。
事故の日のこと。
忘れることを選んだ理由。
あの日、自分たちが何を守ろうとしていたのか。
少しずつ、つながってきた。
けれど――
まだ一つだけ、大きな空白が残っている。
二人が、いつから知り合っていたのか。
「……私たちって」
彼女が、ぽつりと口を開いた。
「いつ、初めて会ったんだろう」
彼は答えられなかった。
事故の前日。
駅のベンチ。
何度も出てきた写真。
そこには確かに二人がいる。
けれど、それが「初めて」ではない気がしていた。
箱の中に入っていた写真をもう一度めくる。
裏には、小さな文字があった。
『最初の日を、忘れないで。』
彼はその文字を見た瞬間、頭を押さえた。
「……っ」
「大丈夫?」
反射的に彼女が聞く。
いつもの言葉。
けれど彼は、すぐには「大丈夫」と言わなかった。
少しだけ呼吸を整えてから、
「……分からない」
と答えた。
その言葉に、彼女が静かに頷いた。
「そっか」
それだけだった。
無理に聞こうとはしない。
その距離が、今は心地よかった。
二人は写真を見ながら、もう一度記憶を探した。
すると――
雨の音が聞こえた。
まだ事故の日ではない。
もっと前。
制服を着た自分。
見慣れない教室。
窓際の席。
そして、教室の後ろで一人で立っている女の子。
誰かが、その子のことを笑っていた。
「また一人じゃん」
「話しかけても無視するし」
「感じ悪くない?」
その言葉を聞いても、彼女は何も言わなかった。
ただ、机の中に教科書をしまっていた。
彼は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
――そして。
放課後。
誰もいなくなった教室で、
彼女が一人で窓の外を見ていた。
彼は少し迷ったあと、その隣に立った。
「……ここ、いていい?」
彼女が驚いた顔をする。
「なんで?」
「いや……」
理由なんて、なかった。
ただ、一人でいるのが自分と少し似ている気がした。
「一人だったから」
彼女はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「変なの」
「よく言われる」
その瞬間――
彼の中で何かがつながった。
「……あ」
目の前の彼女を見る。
今と同じ顔。
でも、もっと幼くて。
もっと不安そうで。
彼女も同時に何かを思い出したようだった。
「……あの日?」
「うん」
二人は顔を見合わせる。
「初めて会ったの……駅じゃない」
彼女の声が震えた。
「学校だったんだ」
その瞬間から、記憶が次々と溢れてきた。
放課後の教室。
誰もいない廊下。
一緒に帰った道。
コンビニで買った飲み物。
雨の日に貸した傘。
そして――
二人だけで交わした、たくさんの会話。
けれど、楽しい記憶だけではなかった。
彼の家。
玄関を開けた瞬間に感じる、重たい空気。
家の中で誰かが言い争っている声。
自分が何かを言えば、もっと悪くなる。
そう思って、部屋に閉じこもっていた夜。
彼は、ずっと我慢していた。
誰にも言えなかった。
一方で彼女にも、別の記憶があった。
スマートフォンに届く嫌なメッセージ。
教室に入ったときに止まる会話。
仲良くしていたはずの人たちが、
いつの間にか自分から離れていったこと。
「なんで私だけ」
そう思っても、誰にも言えなかった。
二人はそれぞれ、違う場所で傷ついていた。
だからこそ、
二人でいる時間だけは、
少しだけ安心できた。
ある日の帰り道。
彼女が突然、言った。
「ねえ」
「ん?」
「私たち、無理してるときはさ」
少し考えてから、
「『大丈夫』って言わないことにしない?」
彼は笑った。
「それ、難しくない?」
「じゃあ練習」
「どうやって?」
「今、何か辛い?」
彼は答えられなかった。
家のことを話したくなかった。
でも――
彼女も何も言わずに待っていた。
しばらくして、彼は小さな声で言った。
「……ちょっとだけ」
彼女は笑った。
「じゃあ、私も」
「え?」
「私も、ちょっとだけ辛い」
二人はその日、
初めてお互いに「大丈夫じゃない」と言った。
それが、二人の最初の約束だった。
――一人で抱えない。
記憶がそこで一度途切れる。
彼は目を開けた。
頬に涙が流れていた。
「……忘れてた」
彼女も泣いていた。
「私も」
二人は、事故の前から知り合っていた。
事故で初めて出会ったわけじゃない。
ネットで名前だけを知っていたわけでもない。
もっとずっと前から。
学校で出会って。
お互いの弱さを知って。
それでも一緒にいた。
そして、あの日――
彼は彼女を守ろうとしていた。
彼女もまた、彼を守ろうとしていた。
「……だからだったんだ」
彼が呟く。
「何が?」
「俺が、あの日……あんなに必死だった理由」
彼女は黙って彼を見る。
彼は、涙を拭った。
「一人にしたくなかったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の目から涙がこぼれた。
「……私も」
彼女は小さく笑った。
「あなたを、一人にしたくなかった」
二人の間に、長い沈黙が落ちる。
でも今度の沈黙は、昔とは違った。
何も言えない沈黙ではない。
言葉にしなくても、分かる沈黙だった。
箱の中には、まだ一枚の紙が残っていた。
彼がそれを取り出す。
そこには、二人の字で書かれていた。
『全部思い出したら、昔の約束を一つずつ叶えよう。』
彼は紙を見つめた。
そして、彼女を見る。
「……全部、やろう」
彼女は涙を拭いて笑った。
「うん」
忘れていた約束は、まだたくさんある。
今度は二人で。
一つずつ。
ゆっくりと。
二人の過去を、二人の未来に変えていくために。
コメント
1件
わかるなぁ…「大丈夫って言わない」って約束、すごく刺さった。傷を見せ合えるって、ちょっと怖いけど一番信頼できる証拠だよね。二人が昔から繋がってたって分かって、改めて「一人にしたくなかった」って言葉が重み増してぐっときた。ゆっくり約束を叶えていく未来が見たいです🥀