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「雅史さん、どんな話をしたの?ここで。ちゃんと説明したの?ご両親に」
「俺はその、杏奈が浮気したみたいだから俺もついって……ことで……」
「は?雅史、杏奈さんが浮気したのがショックで帰ってきたんじゃなかったの?つい、ってあなたも浮気したってこと?ちょっと、どういこと?二人とも他の人と、その……浮気?けがらわしいっ!」
お袋は、バン!とテーブルを叩いて横を向いた。
「ちょっとお義母さん、それは誤解なんです。私は友達とランチをした写真が誰かにうまく切り取られて、雅史さんに送られてきたみたいで。誰が送ってきたかはわかってますけど」
杏奈はスマホを出してあの写真を見せている。
友達のSNSでの写真だろう。
「そうね、これは複数のお友達とのランチみたいね」
「この写真の奥の方にいる女性、おぼえておいてくださいね」
_____あっ、京香が送ってきた写真かっ!
「コレを見てください」
「……」
お袋の顔色が変わった。
「こんなセリフ付きで送られてきたんです。雅史さんの友人の奥様の友達で、ほら、さっきの写真の女性と同じなんです」
「雅史!コレはどういうこと?」
「だからそれは飲み会でふざけてさ、酔っ払って、その……」
なんとか説明しようとする俺の話を遮って、杏奈が前に出た。
「この写真が送られてきた夜、雅史さんはとても夜遅く帰ってきたんです、誰とどこにいたか説明もしてくれません」
「だからあの日は酔っ払って、駅のベンチで寝てしまったって……」
「ウソ!この女性といたって認めたくせに!」
_____ここは、とぼけてやり過ごすんだ
「そんな写真だけで浮気したって言われてもな!」
「雅史、待って。この女とは一度きり?」
「あー、そうだよ、あっ!」
_____しまった、認めてしまった
お袋の問いにうっかり白状してしまった。
「遊びなんだから、気にするなよ。だいたい杏奈が相手をしてくれないからだ」
杏奈に非があると、話の論点をズラす。
「あら、それは杏奈さんにも責任があるわね。それに一度きりの遊びなら、目をつぶってあげなさいな。まったくモテない夫よりもいいでしょ?」
そうだ、そうだ!と心の中で声を上げる。
「一度だけじゃありません、これまでにも何人かの女性と……。いえ、問題はそこじゃないんです」
やっぱり紗枝とのことも気づいていたということか、なのにそれは問題にしていなかった、何故?
「じゃぁ何が問題なの?」
俺の代わりにお袋が訊ねる。
「浮気相手と電話かLINEをしてて、圭太から目を離した、そして圭太は滑り台から落ちて怪我をしたんです、近くにいた人が救急車を呼んでくれたのに、この人は圭太が落ちたことにも気づいてなかったんですよ!父親なんですよ、こ、この人は!」
あの時のことを思い出したのか、杏奈が鬼の形相になっていく、声も大きい。
「ホントなの?雅史、圭太ちゃんに怪我をさせたって」
今まで俺の味方だったお袋が、立場を変えたような気がして慌てて言い訳をする。
「怪我って言っても頭にタンコブできたくらいで、たいしたことなかったけどな」
「あ、そう。そうね、確かに今は怪我もなさそうね。じゃあ、それも許してあげて、杏奈さん。うっかりって誰にでもあることでしょ?相手をしないあなたにも責任はあるんだし、圭太ちゃんの怪我もたいしたことなかったんだから、もう仲直りしたら?ね?」
「お義母さん、それ、本気で言ってますか?」
あっさりと俺側についたお袋に、杏奈が苛立っているのが声のトーンでわかる。
いつもはここまで声を荒げない杏奈だけど、お袋も負けていない。
「そうよ、もういいでしょ?ほら、雅史も反省していることだし。もう浮気なんて馬鹿なことしないわよね?杏奈さんも自分の非を認めて、雅史に謝罪したら?」
「だっ、だから、そうじゃなくてっ!」
杏奈の声が震えている。
_____泣いてる?
「いい加減にしないかっ!」
その時、誰よりも大きな声で怒鳴ったのは親父だった。
「親父?」
ずっと我関せずとテレビを観ていた親父が、すぐそこに立ちはだかっていた。
「黙って聞いていれば、道枝も雅史も、杏奈さんの言いたいことをちっともわかろうとしていない!道枝、考えてみろ、お前が杏奈さんの立場で雅史が圭太で、俺が浮気相手と遊んでいたせいで雅史が怪我をしたら?お前は俺を許せるのか?あ?どうだ、言ってみろ!」
おとなしい親父のイメージしかない俺とお袋は、どう返事をしていいか分からず黙ってしまった。
「どうだ?道枝、それでもお前は俺を許すというのか?雅史が大怪我してたかもしれないんだぞ?」
「それは……」
「雅史、お前もだ。妻と息子を幸せにできない男が、何が浮気だ!お前にかかわったその女もかわいそうに」
「いや、京香はそんな女じゃ……」
「あ?まだ馬鹿なことを言うのか!杏奈さん、こんな男とは別れなさい。慰謝料も養育費もとって、スッキリしなさい、圭太のためにもね」
「待てよ、親父!なんで勝手にそんなこと言うんだよ」
「今日の杏奈さんを見ていればわかるだろうが!圭太の誕生日もお前の誕生日も、きちんと用意してきたのはコレが最後かもしれないという意味だろうが。それくらいも読み取ってやれないのか、この馬鹿息子が!」
何も言えなかった。
「お父さん、なにもそこまで言わなくても、ね?」
お袋があいだに入ってとりなそうとするけれど、それよりも気になることがあった。
_____親父は聞こえていたのか
「そうだよ、そもそも親父、聞こえていたのに、聞こえないふりをしていたのかよ」
「はん!聞いていなかったんだよ、お前たちの会話が耳に入ると気持ちがザワザワして、精神衛生上よろしくない。いつも誰かの愚痴とつまらん噂話ばかりだろうが」
「そ、そんなことないわよ、ね、雅史」
「あ?あぁ」
「いいから、どうなんだ?道枝、杏奈さんの立場になって考えたことがあるのか?雅史が生まれて間もない頃は、朝起きるのもつらいと家事もできなかっただろうが」
「……」
「雅史、お前も家事育児すべてを杏奈さんに任せてたんだろ?なのに相手をしてくれないだの、たまに流行りのイクメンぶって圭太を遊ばせたら怪我をさせただと?それも女の相手をしてて?客観的に見てみろ、お前は恥ずかしくないのか?」
そんなつもりはなかった、離婚は考えていないと言いたかったのに、親父の剣幕に押されて言葉を失う。
「あの、お義父さん、ありがとうございます、私が言いたいことを言ってもらって」
「杏奈さん、すまないね、こんな馬鹿な親子で。杏奈さんはこれまで頑張ってきたんだから、これからは自分と圭太のことを考えなさい」
「はい」
「ちょっと、それは無理だろ?杏奈は専業主婦だから経済力がない、圭太をかかえては生きていけないだろう?」
「そうよ、杏奈さん、ここはまるくおさめて仲直りした方があなたたちのためよ、ね?」
「黙れ!お前たちは杏奈さんにまず言うことがあるだろ?悪いことをしたと思ったらまず謝罪だと、圭太でも知ってるぞ。大の大人が謝るということができないのか!」
「……」
「……」
この時、“すまなかった”“ごめんなさい”と言えていたなら、離婚にはならなかったのだろうか。