テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「未央さんあれになっちゃだめです」
「仕事では、すごくハキハキしてかっこいいんだよ。自分の意見をきちんと順序立てて話せるし、否定的な意見でもちゃんと耳を傾けて、まとめようとしてくれる。それが一本の|大木《たいぼく》みたいでうらやましい。ああいう人になりたいの」
亮介は、大木? と聞き返した。
「そう、大木。どしんと腰を据えて、みんなを見守ってるの。少々の風が吹いても折れないし、むしろその風すらも楽しんでいる。ときには傘になって守ってくれた。橋本先生は素晴らしい上司だよ」
未央は亮介に笑顔を向ける。兄、いや姉をほめちぎられて亮介は恥ずかしそうにしていた。
「そうだとは知らなかったです。僕にとってはただのうざったい兄でしかないので」
ちらりと亮介は未央を見たが、照れからか、ぱっと庭先に向き直した。
「郡司くん、ゴキブリを頭に乗せたっていうのが……」
「はい、そうです。兄です」
「まさか黄色い声って……」
「兄の影響です。家では兄が女性であることを家族みんな受け入れていました。兄ももちろん女性として過ごしていましたので、びっくりする時はきゃーとか、いやーとか言ってました。
小さい頃からそれをみていたので、そういうものだ勘違いして、直すに直せなくなり、いまに至ります」
なるほど。なぞがひとつひとつ解けてきた。
「も、もしかしてキャラ変も?」
「きっかけは兄ですね。自分の幼い頃、兄はまだ外では男性として過ごしていました。それが家に帰ると女性になるので、どうしてなのか、幼い僕には理解できなかったんです。
兄に直接聞いたところ、本を読むと変身するといわれて。
冗談のつもりだったらしいんですけど、自分はそれを鵜呑みにし、さらには楽しみ始めたので、失敗だったとあとで言われました。
父は面白くていいじゃないかと肯定的だったので、そのままにされたみたいです」
郡司くんの家はきっと笑いが絶えない家庭だったのだろう。お兄さんを、お姉さんとして受け入れ、キャラ変の自分を肯定しているのも、家庭の環境ありきだなと未央は思った。「なんか、楽しそう。いいね、家族って」
「かなり変わってますけどね」
「私もいつか、家族ができるのかな」
言い終わってハッとした。亮介は穏やかに笑って未央を見つめている。
「未央さん、さっきのデートの話」
「新田先生との?」
「僕が行ったらどう思います?」
「郡司くんが行きたいなら私は止めないし……」
あわててそう言ったが、本心はもちろん違う。亮介はすっと未央に近づいて首筋に唇を這わせはじめた。
「ちょっ……郡司くん?」
「そんなこと聞いてません。未央さんはどう思うんですか?」
亮介が首筋や耳、頬にキスする音が、きらきらと星になって、静かな部屋の中を飛び回る。
郡司くん、私──
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!