約束した土曜日になった。2回目だと言うのにやっぱり緊張して、前日はあんまり寝られなかった。やっぱ、慣れないことはするもんじゃないな。
またもや約束の時間の30分前についてしまった。どうにも早く着いてしまう癖は抜けない。少し祭り会場から離れた場所を集合場所にしたけど、あたりには待ち合わせをしている人や友達と話している人、カップルなんかもいる。なんか居心地が悪い。集合場所間違えたかな。
「おまたせ。」
後ろから声が聞こえた。この声は十中八九忽那さんだ。来るのが意外と早いな。忽那さんも楽しみにしていてくれたのだろうか。だったらうれしいな。
「あ、忽那さん今日ははやい、ね?」
忽那さんの姿を見るために振り返ったがそこに移る光景は想像していないものだった。
「ん?どうかした?」
夏祭りに行ったことがないから、てっきり普通の恰好で来ると思っていたけど、忽那さんはちゃんと着物をきていた。正直、似合いすぎてなんていったらいいかわからない。ピンクの着物に赤い紐の下駄。長い髪は簪で止められていて美しさが滲み出てる。まるでなにかの映画のワンシーンように忽那さんはこの祭りの情景とマッチしていた。
「いや、なんでもないよ。今日は来るの早いなって思って。」
「この前、君たくさん待っていそうだったから早く来たほうがいいかなって。」
「そっか。ありがとう。えっと忽那さんその着物すごく似合ってる。」
言葉が出なくありきたりな感想しかでてこない。ここできちんと褒められる男がカッコいんだろうな。
「祭りってどんな格好すればわからなかったから調べたの。そしたら着物を着ていくらしくて。お母さんが買っていたのを借りてきた。」
「お母さん、用意周到だね。それじゃあさっそくいこうといいたいところなんだけど、まだ花火があがるまでには時間があるんだよね。だからせっかくだし屋台とか見て回ろうと思うんだけど、どうかな。花火を楽しむなら祭りの雰囲気をつかんでおいたほうがいいと思うし。」
「わかった。」
そうして二人並んで歩きだした。結構な人がいるけれど歩けないほどではない。はぐれないようにしないと。
「ここら辺から屋台が奥のほうまでずらっと並んでいるよ。何か気になるものがあったらすぐいってね。寄るから。」
「うん。」
それから結構歩いたけど忽那さんは何にも興味を示さなかった。それはそうだ。彼女にとってここは生まれて初めて来た場所なんだから。自分からどこかいってみるか。
悩んでいると前方にりんご飴屋があった。夏祭りといえばの品である。そこまでこんでいないようだしこの場所にしよう。
「忽那さん目の前のりんご飴はどう?苦手じゃなきゃたべてみない?」
「りんご飴?えっとどんなものだっけ。」
「言葉通りだよ。りんごの周りに飴がコーティングされているんだ。」
「食べてみたい。」
「よし買いに行こう!」
「どう?味は?」
「甘くておいしい。こんなものがあるんだね。知らなかった。」
「よかった。他にもおいしいものたくさんあるから。」
「うん。ありがとう。」
「忽那さん、 祭りはどう?」
「うん。すごくにぎわってる。去年の文化祭よりも。」
「そうだね。規模が全然違うからね。忽那さん。文化祭去年なにかやったの?」
「去年のクラスではお化け屋敷をやったみたい。私は何も参加していないけど。」
「参加しなかったんだ。僕とおんなじだね。」
「君も?」
「うん。ああいう雰囲気になれなくて。準備もあんましなかったな。当日は一人でちょっと回ったけど。」
「一人で回れたんだ。私にはできなかったな。去年は勉強でいっぱいいっぱいだったし。」
彼女が去年勉強しかしなかったのも、文化祭に参加できなかったのもきっと記憶喪失のせいなんだろう。とやかく聞くのはよしておこう。でも彼女の記憶喪失について詳しく知れたら、なにか助けになれるのかな。いずれはきいてみたいきもする。
「よし、そろそろいこっか。まだまだ楽しいものはたくさんあるよ。」
「うん。いいんだけど、きみこういう場所苦手なんじゃないの?ほら文化祭にもなじめなかったんだし。」
「えっと、そうだね。花火は好きだからかな。それと忽那さんにも見せてあげたかったから。」
「え?そうなんだ。」
それから僕たちは花火の時間までまつりを存分に楽しんだ。
「う――ん。ここ!」
玉は景品の右側をかすった。
「くっ!」
「残念!おしかったねー。そこのお嬢ちゃんもやってみるかい?」
「忽那さんどうする?どっちでもいいけど。」
「やってみる。あれにあてるだけでしょ?」
「お、お嬢ちゃんやる気あるねー!さあやってみー!」
忽那さんは表情をほとんど変えず銃を握る。刹那。
「あ、はずれー!また挑戦してくれ。」
別にうまくなかった。あまりにも風格があったから、当たる気がしたが、弾は全然ちがうところに飛んで行った。
「お、おしかったね。あはは。」
「正直に下手って言えばいいんじゃない?別にきにしないし。」
「え、うん。ごめん。」
女の子って難しい。
「よいしょ。あ、破れちゃった。二匹か、初めてにしては上出来かな。ええと忽那さんはっと。」
「えい。えい。えい。」
忽那さん、破れたポイで頑張ってる。
「忽那さんそれもう破れちゃったから変えたほうが……」
「えい。えい。えい。」
「あれ、やめようとしない、忽那さん!」
「はあ、まさか忽那さんがあんなにも負けず嫌いだとは。」
「一匹くらい捕まえたかったから。」
そんなこんなで花火が始まる時刻になった。
「昔家族で来た時に見つけた隠れスポットがあるんだ。そこにいこう。」
「ここだよ。人がほとんどいなくて、結構近くで花火が見られるんだ。普通に見ようとするとちょっと人が多すぎるからね。」
「もうすぐ始まる?」
「うん。あと五分後くらいかな。」
「忽那さん。1つ聞いていい?」
「うん。どうしたの?」
「これからもさ。こうして、いろんなものを一緒に見に行かない?こんな風に言ったことのない場所、やったことのないこと、それを余すことなく全部やりつくして、高校生として青春を謳歌できたらなって。」
気持ち悪いことを言ってることはわかる。でもこうしないとこの夏に君が飽和して消えてしまうような気がして、僕の目に映る君が蛍のように一瞬の輝きに思えて、だから止めたくなった。いつからだろうか、いや、最初教室で君の姿を見た時からなんだろう。教室の隅で眩しく写った君の姿が目に焼き付いて離れない。だから、僕は君と、
「ごめんなさい。私、もっと勉強しないといけないから、これ以上は君とどこかに行くとかはできない、かも。話すだけならなんとか。」
断られた。それはそうだ。彼女は今まで記憶を失ったとしても夢をみつけてそのために頑張ってる。私利私欲で生きている僕とは大違いだ。彼女の夢を潰してまで僕は君と一緒にいたいなんて思わない。だがその夢は本当に「君」のものなのだろうか。これまでの彼女の行動や発言から一つ見えてきたものがある。これはただの推測に過ぎない。でも本当だったら。その夢はきっと、「忽那花火」の夢であって「君」の夢ではない気がする。まるで「忽那花火」を模倣しているような。だからといって僕に人の努力を否定できるような力も根拠ももっていない。いつもの僕ならここで普通にあきらめている。彼女は無理といったんだからそれを受け入れるしかない。でも今日の僕は、いや君と出会ってからの僕はどこかおかしかった。このまま君と離れ離れになんかなりたくない。こんな時間が一秒でも長く続いてほしい。そんな自分勝手な思いが先行してつい言ってしまった。
「君の目指している夢は、本当に君のもの?」
「え?」
花火の咲く3分前。二人だけの静かな空間で神妙な空気になる。いってしまった。でも今更後悔しても遅い。言うしかないんだ。
「僕の勝手な妄想だけどさ、その夢は今の君の夢じゃないんじゃないかな。」
「え…………えっと、どうしてそう思うの?」
「よだかの星の話をしていたよね。僕たちが初めて会話したとき。その時、忽那さん言ったでしょ?昔から一番好きな話だって。記憶喪失の度合いはわからないけど、本当に高校生からの記憶しかないならきっとまともに話すことすらできないんじゃないかって。あと昔っていってたし。そこから小さい頃の記憶は断片的かもしれないけどあるんじゃないかって。そのころの夢をずっとおいかけているんだよね?」
「いや、やめて。そうじゃない。よだかの星は、この記憶は、私が私であるための唯一なんだから。だからこの夢は私の、私が「忽那花火」でいるための最後の記憶だから!」
「それは君の意思じゃない。君はきみなんだよ!」
「私は忽那花火だから、そうでなくちゃいけないから、私はずっと忽那花火になろうとしてきたなの!よだかの星が大好きでいつかこの目で見てみたいと思った、忽那花火でなくちゃいけないの!!」
彼女は過去の記憶に唯一残っていた思い出からなんとか自分を見失わないように努力してきた。たとえそれが自分のしたいことじゃなくても。周りのみんなは君を忽那花火として接してきた。それにこたえなきゃ。私がわたしであるために。そっか、君は本当に優しい人なんだね。でもね忽那さん子供のころに願った夢は現実的なもんじゃなくて、成長していくにつれていろんな夢をみつけていくもんなんだよ。だからきっと記憶喪失にならなかった君でも全く別の夢をもっていたんじゃないかな。
「忽那さん。君がしたいことを好きにやればいいと思うよ。高校生なんだし、友達と遊んで、カラオケにいってスタバにでも寄って、文化祭なんかでは、ステージにでちゃったりして、ときには恋愛なんかしたりして、そんな楽しい青春を謳歌してもいいんじゃないかな。君は君なんだからさ。誰かのためにかなえる夢は君の人生ではないと思うよ。」
「そんなことしたら、忽那花火はどこにいくの、私以外彼女になれる人なんかいないのに!」
「メキシコかどこかの考え方でね。人は誰からも忘れ去られたときが本当の死なんだって。きっと君のお母さんやお父さんは忽那花火のことをちゃんと覚えているとおもうよ。だから安心して、彼女は消えてなんかいない。それにきっとお母さんだって君が楽しくすごあひている姿を見るほうが嬉しいんじゃないかな?親ってのはそういうものでしょ?」
「でも、でも!」
「君は自由にいきていいんだ!」
「うわあああああ!」
君が泣き崩れる。あの日約束した友達ってやつにはもうなれたかな。これで君が救われたなら僕もうれしい。僕のこの言葉は、確かに君を助けたいという気持ちがなかったわけじゃない。でも全部じゃない。君と過ごしたこの夏が終わってほしくなかったから。もっと君と楽しい思い出を作りたかったから。そんな自己中心的な思いが先行した結果だ。でもこれでいいんじゃないかな。僕だって幸せを求めていたいから。これからも君といる日を続けたいから。
花火が打ち上がる。夏が僕らを染め上げる光なってまたねを告げる。僕たちはそのまま花火を見続けた。
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