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本部に脚を踏み入れると、まず受付嬢が目を丸くする。案の定彼女も、僕と同じワッペンを身に纏っている。 ……僕のことを知っているのか?なら話は早いのだが、どうもワケが違いそうだ。
何故だか、菊名と同様の混乱が伺える。
僕は受付嬢に口を開く。
「あの…、実は私、記憶を喪ってしまって、貴女は私が誰か存知ませんか?」
「い、いえ、過去に御会いした記憶は無いもので…圭ちゃんこの方は…?」
「民衆党のワッペンを貼り付けた方が、道端で踞っていたの。だから本部に来れば、何か、分かるかか、と…」
「いや寧ろ至上党の党員のような…、いえ」
立ち話も難だ、と言うことで、会議室に案内される。通路に立つ党員らしき男も、僕が通り過ぎると、回し者とか言っていた。柔らかな椅子に腰掛けると、菊名の動揺も、だいぶ落ち着きを見せていた。
そして彼女は僕に、告白じみた発言をする。
「はっきり申し上げて、森さんの顔立ちは非常に優れています。
――そうか、僕は今、イケメンなのだ――
転生直後から、若干顔立ちがいいとは思っていた。だが客が自身のポテンシャルを棄て、基本希望に則って施術をしていた僕には、何がイケメンで、何が美女か、物差しは既に壊れていた。
……ここまでの自己陶酔には寒気が止まらない。が、事実彼らは僕を、まるで偶像崇拝じみた応対をする。彼らは僕が高貴な者と錯覚している、いや、それがこの世の理なのか。
ですから民衆党に関連性のある御方とは…、い、言い難く…」
これではまたアテが無くなる。やはや、イケメン人生も一筋縄とはいかない。
しかし脳内では、大増殖した色彩豊かな花々が咲き誇る。
そして彼女は何故かまた動揺し始める。恥じらいの表情。耳は赤らめている。これらは総じて、彼女が僕に惚れている可能性を示唆する。満足気であった僕の元に、菊名は急遽ぶっ飛んだ言葉を投げ掛ける。
「き、今日は家に泊まっていって下さい。あてが無いのでしょう。もう地平線は橙に色付いています。」
よし、流れに身を委ねよう。そうだ、これは年美容整形の職に貢献した恩恵だ。大勢の人を幸せにした罪深き人間は、相応の罰を受けようではないか。まるきり童貞の考えた夢物語である。別に僕は、高校生に欲情する猿ではない。
ただ同居である、同居。女子と夜を共に明かす経験は皆無であった。僕は拒絶を放棄し、順当に菊名の家に向かう。
寝室は流石に懇願して、結果的には別の部屋を手配して貰った。菊名は気にしない様相であったが、僕の僕も根は正直者だ。この環境を追い出され、自ら万事休すに持っていく意義は無い。
そして中層マンションの一室に辿り着く。鍵は例の指輪で解除されるようだ。そして扉は当たり前に自動。本日何度目かのギャップだ。靴を脱ぎ、シャワーを借りる。何せ雨水に濡れて、そのままであった。そして服を借り、菊名に質問責めを行う。
「…菊名さんは民衆党の党員の方なのですか?」
「圭、で、いいです、あ、あと敬語もやめて下さい。多分同世代、ですし。私も貴方を叶さんとお呼びしますが、よ、よろしいですか」
まるで新婚カップルである。恋愛漫画の世界観は、まさにこのような大体を成しているのか。まあいい、女子を呼び捨てできるとは贅沢だ。この瞬間を、ありがたく頂戴しよう。
「構わないです…、ないよ」
「ありがとうございます。話がちょっと脱線しましたね。
結構脱線した気がする。そして当の本人は、敬語を止めるつもりは無いようだ。
実は母が、ここの党員なのです。今日は居ませんが、平時はここで二人暮らしをしています。何年も前から、党員の方々には可愛がられてきました。」
そうか、母親が。そりゃあ、まだキスの一つもしたことないような年代のこの子が、一政党に所属できるハズがない。キスは無論僕もないが。
彼女は途切れた話を繋ぐ。
「潮時が来たら、医師に転身しようと思っています。私は3年前、15の時に医師免許を取得しました。最近はAIが全部取り仕切ってくれますが。」
やはり18歳、その位の年頃であったか。だが医師の下りは真っ赤な嘘だな。年下とでも思って馬鹿にしている。僕は首を傾げる。
すると菊名は壁を指差し、額縁に飾られた表彰状のようなものが目に入る。どれどれ、……医師免許証。
嘘だ、だって僕が6年も医学部で、数多ある術式の全てを学ばされ、決死の思いで獲得した免許だ。彼女はどうしてそれが……、何故だ。
切実な疑問を問いかける。
「ど、どうやって合格したの?」
発して思ったが、呆れるほど失礼な一言だ。これは幻滅不可避である。伊達に前世は、美容関係の対話で固められた人生でなかった。
「…へ?え、あ、医療に興味があって、幼少の頃から家で暇な時間に、一人勉強していました。15歳で医師国家試験が受けられますから、それで見事……」
そうだ、そういえば100年が経過していた。きっと才能さえあれば、子供だって妥当に評価される時代なのだ。だがこれも、社会一般的にブスと称される民は、制限されるのだろうか。
だが確実に言えることは、15で医師免許を手にした彼女は、紛うことなき才女だ。
僕はこの日本でどうなのか。少なくとも僕は、顔面要素だけで、現状彼女からは一定の好感触を得ているのだろう。国民としての権利、権威はあるのだろうか。僕だって体内時間で昨日まで、医者で食っていた分際だ。この時代でも安易に、医師免許は取得できるだろうし、定職にも就けるだろう。
…ただ僕はここで重大な問題に気が付く。僕には戸籍が無いのだ。言うなれば、僕は現世での存在が否定されている、若しくは存在が浮遊する。溜め息は誰か曰く、幸せが逃げるそうだから止めた。
中々寝付けない。そりゃそうだ、今日は展開が急変し過ぎている。体内時間で今日死んだ男が、100年後に転生、最後は女子高校生の家に居候。
だがふと我に帰ると、結局菊名は内面を知らない同年代の男を、平気な顔して家に呼び寄せたのだ。命は是非とも大切にしていただきたいが、恐らくは、僕が顔が良い男に転生していなければ、他の手段を検討されるか、これがド級のブスなら見捨てられていた可能性……いや、あの娘はそんな真似はしない。が、そんな未来も考えることはできる。
…おい、なんだよ僕、急にルッキズムの権化みたいになって。
やはり彼女の対応には、何とも複雑な心情を抱いている。
美とは幸福である。美容整形外科医の頃は、そんな美を追求して逆に不幸を手にした、人間の生き様をありありと見てきた。患者が美から後退りする、奇形と化す。それでも欲望のポチは、充足感に包まれていた。僕はというもの、よくあの悪夢を耐え忍んでいたものである。我ながら畏敬の念を抱かざるを得ない。
だが何故政府は美と醜を、事実上分割して統治するのか。醜の屍が美を生み出す、最たる要因である。そしてブスは顔面の醜悪さに嘆き、美人もそのテリトリーで、内面を執拗に研磨する。最早これでは閉鎖的空間の中で、誰もが苦悩を強いられる。
勿論その合間の人々もわんさか居るだろうし、彼らが現状打破に努めている。現に菊名だって、母の輔弼的役割を果たそうとしている。
……それならつまり、彼女ら中間層は、日本人で唯一、団結を再構築する可能性を秘めているのか。彼ら彼女らなら”ワンチャン”があるかも分からない。
――彼らはこの国の変貌のキーである。そうに違いない。――
そう理解すると、柵が解けたようで、深い眠りについた。明日からの毎日は、まだ知らない。知る由もない。