「クラリネット…もうしないんですか?」
ふと聞かれたその言葉に息を呑む。
ダンボール箱に丁重に収納され、ダンボールにはマジックで”クラリネット”と書かれている。
辺りを見渡せば、俺__クロノアの部屋は綺麗さっぱりなはずなのに積み上がったダンボールのせいか随分片付いていないように見える。
「…うん。もう寿命だしね。」
クラリネットを見ながら俺は彼__しにがみくんの質問に答えた。”クラリネット”と書かれたダンボールを見てそう言うと、しにがみくんは悲しげな顔をしてから「そうですか…。」とポツリと言葉を吐いた。
「まぁ、また何か新しい楽器でもやろうかな!」
彼の方に振り向いてから笑顔でそう言うと、彼は隠せていない悲しい顔をしながらも笑顔で「楽しみにしてますね!」と言った。
__少し前の話で、ある日クラリネットの音がおかしいと気付いた。音も出にくいし、音程が酷い。ちょうど引越しも考えていた頃だったのでやめるにはいい頃合いだと思ったからこそ、ダンボール箱に詰められたクラリネットを見て悲しくなる。だって、それには思い出が詰まっているから。
けれど、一度決めたことは揺るがせないし、揺るがしても取り返しのつかないことなのだから今更何を思おうがこれでお別れ。これは曲げることのできない事実なのだ。
「そういえば、10周年…来年だよね?」
俺がそう声をかけると、しにがみくんはハッとして焦った顔つきになる。
まぁ、それもそうだろう。なんてったって来年__つまり2022年に日常組結成10周年なのだが何をするかなんて何も決めていないのだ。誰も一つの案が出なくて現在は困っているところである。
ちなみに言ってしまえば、あと約半年のみ。今は2021年の10月中旬。豪華なものをやるとなれば準備期間が必要なためなるべく早めに決めなければならない。
だが、一向にその案は出なかった。
「う〜ん…今出てる案、本当に何もないんですよね…。それに、トラゾーさんとぺいんとさんも…」
「あぁ……そうだね。」
これは決して彼__日常組のメンバーの1人であるトラゾーが悪いわけではない。けれど、彼は今体調不良で活動を休止中。10周年記念で彼が動画に出演は絶対に無理だろう。
それに、トラゾーが休止をしたせいか、ぺいんともなんだか最近はあまり元気がない。
_____いや、違うな。みんなどこかしら最近は背負い込んでしまっている。
(……。)
もしこのまま日常組が崩壊するならば、趣味に時間を充てるのはやめよう。
そう考えた俺は、クラリネットを捨てようと強く心に決めた。
だって、今目の前にあるこのクラリネットは……俺の雑念、邪念を全て表しているようなゴミでしかないのだから。俺はそのダンボールを閉じてガムテープで開かないようにした。
「最初で最後のお別れだね、邪念。」
そうして後日、俺の家からは邪念が消えた。
…………………………
眩い太陽は嫌なほど眩しかった。カーテンを閉めても、 漏れ出す光に照らされ宙を舞う埃を綺麗だと思う俺は何かがおかしい。
でも、そんな綺麗なものがある場所___外には出たくなくて。
「っ、ふわぁぁ……」
大きなあくびをしながらも伸びをして、カーテンを開ける。
俺__ぺいんとはパソコンの画面に向かって編集画面を映し出す。編集はめんどくさいけど、完成した時の達成感と日常組の面白さが際立ってて、苦ではなかった。
そして何より、こいつらの声を聞くと酷く楽しくなるし、面白い。
これが俺の生きがいとでも言うようなものであった。
だからこそ思う。
(久々に、トラゾーの声も…。)
今活動休止中のトラゾーを思いながら、編集画面をクリックして、字幕を追加していく。
俺の机の上には、刻々と過ぎていく時間と共に水滴が一つ、また一つと増えていった。顔も熱くて、目頭も熱い。なぜか鼻水も止まらなくて、拭いても拭いても机の上に増えていく水滴が治ることはなかった。
「っ…うぅ……うわぁぁぁん…………!」
か細い声で、机に顔を伏せて泣いた。
この目から出る水滴をすくう人は、誰1人としていなかった。
コメント
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新作ありがとうございます!✨(๑>◡<๑) こんなに沢山の作品が書けるなんて ほんとに天才ですよ…まじで
待ってっ!新しいの最高すぎる!