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「ゆず君、迷子になっちゃったのかな……」
人が多すぎるせいで、電波も悪い。電話をかけても、繋がらないし、俺は、人混みを縫いながら、ゆず君を探していた。
学園祭二日目。
一日目はあの後、ちぎり君とまわって、合流したあずゆみ君と買い食いだったり、ステージだったりを見て回ったが、一人でまわるよりも、断然面白かった。二人がいてくれて良かったと思うと同時に、ゆず君とまわったら、もっと楽しいんだろうなって、そう思いながら今日を迎えたのに。
「……はあ、なんでいないの」
今日は、仕事が急に入ったと、そういう情報は無かった。ゆず君も「じゃあ行きますね~」なんて、軽い口叩いて、朝ちゃんと待ち合わせしたのに。
「先輩、大丈夫ですか、息切らして」
「あらら、フラれちゃいましたか。先輩」
「……あ、ああ。おはよう、あずゆみ君、ちぎり君」
「縁起悪いこと言うな」と、あずゆみ君に脇腹をド突かれるちぎり君。鈍い音がしたが、ちぎり君は、何故か嬉しそうな表情を浮べてあずゆみ君を見ていた。よく分からない。
二人は、今日も一緒なんだ、と思いながら声をかけてくれたことへの嬉しさと、ゆず君じゃなかったがっかりかんもあって、俺は愛想笑いを浮べることしか出来なかった。
ちぎり君は、脇腹を押さえながら、俺の方に近付いてくると、うーんと、唸るように、俺の顔を覗き込んだ。
「待ち合わせ時間過ぎてます?」
「あ……うん、ゆず君。いなくて。連絡もつかないから」
「そーなんですね。可哀相に」
可哀相に、何て言われて、グサリと胸に何かが刺さる。可哀相、なんて言われたくないけれど、実際、フラれた男みたいに見えるかも知れないと、ちぎり君の言葉を否定できずにいた。
だから、俺はグッと下唇を噛みちぎる勢いで噛むことしか出来なくて、目線を逸らす。
あずゆみ君は、「だから、そういうこと言うなって」と、ちぎり君を咎めていたが、ちぎり君は反省の色も何も見せない。まあ、こういう性格だから、仕方がないって思っているけれど、こう傷ついているときに、ストレートにものをいわれるのは、傷口に塩を塗り込むようだった。
(あれは、見間違い。あれは、見間違い)
昨日の優しいちぎり君を信じようと、決めたばかりだ。だから、ちぎり君の言葉一つ一つに反応していてはダメだと、邪念を振り払う。
「そ、そういえば、先輩。先輩たちのゼミがやる女装コンテストって、どうなんですか」
「どうって、いやあ……面白いかな、あれ」
ステージの取り合いに参加して、日時と指定した時間をしっかり取ったので、俺の仕事は既に終わっていた。後は、やりたい人が、MCだったり、実際に参加したりするだけで、俺は、フリーだった。出てみれば良いじゃん、何て言われたが、女装趣味はない。それに、ゆず君の方が似合うだろうなって思ったから、遠慮しておいた。まあ、ゆず君のりきだったけど、実際でるかどうか分からないし。当日参加もOKだから、今、一緒にまわっていたら「でませんか」なんていわれたかも知れないけど。
(いないしなあ……)
女装コンテスト云々は、どうでも良くて、ゆず君のことで頭がいっぱいだった。浮かれている、あんな写真撮られたのに、危機感がないと言われれば、それまでなんだけど、それでも、恋人と学園祭まわるっていう、密かな憧れがあったから、今隣にゆず君がいないことに肩を落とさずにはいられなかった。
あの掲示板には、一度貼られた写真は二度と貼られない。まあ、一度目で貼られて、休学、中退する人がいたわけだからあれだけど。犯人の狙いが分からない、あの人の堕ちた写真。どういった意味があって、意図があってあそこに張ってあるのだろうか。
(……もう過ぎ去ったことだし、俺はもう二度と貼られないだろうけど)
反応を楽しんでいるのか、それとも、別の何かが。考えても、あんなことする人の気持ちは分からなかった。分かりたくもないけれど、嫌がらせ、という感じではないみたいだし。写真を撮られた人の悪い噂は聞かなかったから。
「瑞姫とか似合いそうじゃね? 女装」
「えー梓弓くんがやってよ」
「俺の女装なんて、興味ないだろ誰も……」
「僕には需要あるかな」
「……こういうの、彼奴の締め切りがなかったら、連れ来たんだが。忙しい奴だしな」
「…………そう」
後輩二人は、参加するか否か、という話を始めるし、俺は、どうしたものかなあ、と思った。
楽しそうに話している二人をみていると、ふとちぎり君と目が合ったので、俺の心臓はバカみたいに跳ねた。
「な、何?」
「女装コンテスト、見に行ってみませんか? 参加するかどうかは、また、別として」
「い、いや、参加しないけど……まあ、見に行くくらいなら」
「じゃあ、決まりですね」
「ちょ、ちょっと、ちぎり君?」
断ることは出来なかった。でも、ゆず君が何処かで迷子になっていたらどうしようっていうのもあって、少しだけ、迷ってしまった。けれど、ちぎり君に強引に手を引かれて、行かざる終えない雰囲気になってしまった。強引なのか、無意識なのか。
ちぎり君は、凄く楽しそうに笑っていて、まあ、後輩が楽しんでいるなら良いか、と楽観的に考えることにし、俺達は、女装コンテストが行われる体育館に向かって歩き出した。