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「あれ、以外と混んでる?」
「女装コンテスト……需要あったんすね。俺は、全然盛り上がる理由がわかんないっすけど……って、すんません。別に、先輩達の企画を貶してるわけじゃなくて」
「分かってるよ。大丈夫。俺もそう思ってるから」
女装コンテストなんて、需要があるのか、と言われたら、ない……とは言い切れないけど、まあ、羽目を外した大学生のちょっとしたお遊びとか、そんな風に考えれば、良いんじゃないかと俺は思っている。このコンテストに、意味を求め始めたら終わりだと思ってる。だって、意味なんて無いから。
けれど、そんな狂ったコンテストに参加する人は以上に多いらしく、受付をしていた同じゼミ生から「繁盛してるぜ」とグッドサインを貰った。参加費は無料。はじめこそ、人が集まるか心配していたのに、全くその心配は無いくらい、寧ろ席が足りなくなるんじゃないかと言うくらいらしい。何でそんなに盛り上がっているのか分からないが。
ちょうど三席空いていて、俺達は座ることが出来た。ステージからは少し離れていて、顔が見えるかどうかってくらいだったけど、前列の人で隠れる、何てこと無くてちょうど良かった。一応、舞台を組み立てる手伝いはしたけど、本当にちゃんとしたランウェイが出来ていて、驚いた。ここを歩くのか、本当に、モデル……ファッションショーみたいだな、と力の入れぐあいに驚くしかなかった。
チラシも、かなり手が込まれているなあとは思っていたんだけど、ここまで、人が集まると誰が想像しただろうか。色々とやってみるものなんだなあ、と、全然大学生活を満喫していなかったんじゃないかとすら思った。
「紡先輩でれば良かったのに」
「いやあ、俺は似合わないよ」
隣でボソッとちぎり君が俺に冗談半分で話し掛けてきた。俺は、ちぎり君の言葉に対して、また苦笑いしか出来なかったけど、本心だ。俺は似合わないだろう、と。
ゆず君だったら、「似合う、似合いますよ!」なんていってはやし立ててきそうだけど。それに、尻がでかいとか、人妻顔とかさんざんいわれてきたせいで、自分でも実際そうなんじゃないかとか、思い始めている。皮肉な話だけど。
でも、実際、ゆず君のせいで、胸の先が最近ちりちりと熱いし、尻も何となくまた大きくなってきている気がする。あや君が言う、開発……というものなのだろうか。いやいや、BLなんて、と否定している俺も心の中に居るわけだけど。
「先輩、女装に興味あるんですか……」
「い、いやそんな顔で見ないで! ないから!」
俺は、否定する。
俺を挟み込むように、あずゆみ君とちぎり君は座っている。何でも、あずゆみ君がちぎり君の隣はいやだっていったからこうなったんだけど、ちぎり君はそれを知ってか知らずが、にこりと笑って、俺の隣に座った。何だか、そこを退け、といわれている気がして、怖かったけど、俺の思い込みだって思うようにしている。
そうして、両側から、後輩の話を聞いていれば、会場がパッと暗くなり、ランウェイが白く輝き始めた。照明もばっちりだな、と変な団結力とクオリティに、驚きを隠せない。
アナウンスが入り、計三十八人の参加者が、今からランウェイを歩くそうだ。
音楽が鳴り始めると同時に、会場全体がわっとわき始め、拍手と共に、出場者があらわれる。赤いヒールに、ごつい足、髪も今時のギャルっぽくして、服はぴちぴちな男が出てきた。ヒールが折れてしまうんじゃないかってくらい筋肉質な足は、男の象徴のような気がして、ネタ女装、みたいな感じだった。けれど、本人は、恥ずかしがらず、堂々と歩くので、男らしくて、つい魅入ってしまう。女性らしいかと言われたら、本当に男が女の格好をしただけ、という風に見えるが。
そんな風に、ネタ枠から、この日の為にメイクまでしっかりやりましたっていう力のこもりすぎた人もいた。レベルが高い女装を見ると、一気に会場が沸く。
ネタ枠は、ネタ枠らしくキツいファンサービスをしたり、面白いことをやったりして、盛り上げていた。
でも、そんな中で、一際目立つ人がいた。夜空のような美しいなドレスを着て、まるで本物の女みたいにランウェイを歩く人。亜麻色の長い髪は、つやつやとしていて、照明の光を帯びて輝く……
「えっ!」
「ど、どうしたんすか、先輩」
あまりの衝撃に、俺は立ち上がってしまった。パイプ椅子が倒れる勢いだったので、隣に座っていたあずゆみ君が、うおっ、というように驚いて、俺の方を向く。
見間違いだったら良かった。
でも、ランウェイから、俺を探すように……いや、誰かを探すようにして泳いだ目が、俺とばっちりあってしまった。宵色の美しい瞳。それが、俺の夕焼けを映した。
(ゆ、ゆず君?)
サラッと、肩に掛かった髪を払いながら、愁いを帯びた表情を振りまくゆず君は、会場全ての視線を奪った。さすが、現役俳優。
圧倒的オーラ。でも、それがゆず君って気づく人はいなくて、「本当に男性?」、「私よりも綺麗、足、とか、表情とか最高。惚れちゃう」なんて女性の心すらも奪っていた。
俺は、違う意味で目を奪われていたが。
ゆず君が、ラストを飾って、最高に盛り上がった女装コンテストは、今から投票にうつると、会場にスタッフ達が箱を持って歩き始める。事前に渡された評価シートに丸をつけてその箱にたたんで突っ込む。
あずゆみ君も、ちぎり君も丸をつけて箱に入れていたが、俺は、そんなことより……と、立ち上がる。
「何処に行くんですか、紡先輩」
「ちょっと……知り合いがいたから、いってくるね」
と、俺は引き止めたちぎり君にいって会場を後にした。
裏方……関係者なら入れるだろうと、そう思って、俺は体育館を出て、体育館の裏口へと向かって走り出した。