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Side黒
楽屋の時計を見ると、近づく集合時間。
また来ないんじゃないかと不安が募る。
「ねえ、樹、大丈夫だよね」
隣のジェシーに訊くけど、眉をひそめて「うーん…」とうなる。普段あれだけ明るいジェシーでもこうだ。きっとかなり心配している。
ラインを開いて『大丈夫?』と送ってみると、意外とすぐに既読がついて『もう着く』と返信があった。
とりあえずほっと息をついた。
少しして、樹が姿を見せた。
俺らが安心して笑顔で迎えると、樹も少しだけ口角を上げる。
今日は雑誌の撮影だから、声が出なくてもできる。インタビューは文章で送るらしい。
『スタッフさんには話してあるからな』とラインで伝えると、
『ありがとう』と返ってくる。こういうツールがあって助かったな、とつくづく思う。
スタジオに行く時間になり、みんなが立ち上がる。部屋を出ようとしたとき、袖がくいっと引っ張られた。
「ん?」
振り返ると、樹がいた。「どうした?」
5人もドアのところで立ち止まっている。
樹は持っていたスマホを示す。
『怖い』
それは、初めて樹が見せた本音のようだった。本当の感情だった。
「大丈夫」
樹を引き寄せ、その細い身体を抱きしめる。
「俺らが付いてる。絶対離れないから。離さない」
これが俺らの本音だってことがちょっとでも伝わってたらいいな、と願う。
ほかのメンバーもくっついてきて、一緒にハグをする。
傍から見れば大男6人が抱き合ってるという妙な図だけど、こうやって物理的にもそばにいるってことを伝えたかった。
腕を離した樹は、顔を上げて5人を見据える。
その瞳は潤んでいたけど、表情は柔らかい。
樹は小さく右手を上げ、何か形を作った。
みんなに向けて掲げた3つのサイン。
それは、いつか俺らが放ったあのロックでジェシーがやっていた手話の振り付けだった。
“ERA”
「そうだな、これからも俺らで新時代つくってやるぜ!」
俺が言うと、みんなも「おー」とか「やってやろうぜ」とか重ねてくれる。
6人で足並みを揃え、歩き出した。
それは、数日経った夜のこと。
病気がわかる直前に樹からかかってきた電話と同じように、ベッドに入ろうとしたときにスマホが着信を告げた。
「何で…?」
あれから電話は一度もしていない。もしかしたら間違ってかけてしまったのかな、と思いながらも取る。
「もしもし。樹、どうした? 間違えた?」
電話の奥の樹は答えない。それもそのはず、と思った矢先。
『ほ、くと』
少し引っ掛かっているような、小さな声がした。
「え?」
でもそれは正真正銘の樹の声だった。
『…俺、声、出てる』
「え、マジで!? 良かったじゃん、良かった!」
嬉しさで身体が熱くなる。「声が出ない」と告げられてから約1か月、この時を待っていた反面、もしあの声が二度と聞けなくなったらどうしようと不安だった。
その不安は、彼自身の声で払拭された。
『あんま、大きい声は…まだ出ないんだけどね。ちょい詰まってるし。でも、最初に、北斗に言いたくて』
「そうか、ほんとに良かった。みんなにも電話してあげな?」
うんっ、と声色明るく返事をする樹。
『ってわけで、今度のレコーディングは…無事、行けることになったから。練習、しとく。よろしく』
「あ、待って」
いつもの口調で畳みかけて切ろうとする樹を、慌てて遮る。いや、普段の話し方が戻ってきたのはすごく嬉しい。声が出せなくなってからは表情も少し暗かったから。
「樹。これからは、何か辛いことがあったらすぐ俺に言うこと。ほかのみんなでもいいし。一人で抱え込むとか許さないからな?」
高地の言葉を借りて忠告すれば、『わかった』と真面目な返答。
「ほんとに良かった。レコーディング、6人で録れなくなるの嫌だったし、最初に俺に言ってくれたのも。だから、これからもちゃんと6人で乗り越えてこうな」
ふふ、と樹の笑い声がする。そういえば笑声を聞いたのも久しぶりだ。
『わかったよ。それは、お互い様な』
樹が力強く見せた“新時代”。
それをしっかり6人の声で走り抜いていくために、いらない荷物は下ろして軽くしていかなきゃ。
ほかのメンバーに預けたっていい。
幾千光年先の未来でもずっと笑い合ってるためなら、ちょっと重くたっていとわないから。
新たな世界へ、このみんなで踏み出そうぜ。
終わり