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夕刻。
帝都の空は、ゆるやかに赤を帯びていた。
ルシアンとエリアスの馬が屋敷の門をくぐると、
玄関前にはすでにセリーヌが立っていた。
「おかえりなさい、ルシアン」
「……ただいま、姉上」
ルシアンは軽く頭を下げる。
旅の疲労を隠すように、落ち着いた声だった。
エリアスが軽く笑う。
「屋敷の中が静かで、少し寂しかったですよ」
セリーヌは微笑み、
視線をそっと屋内の方へと向けた。
「イチがね、ずっと落ち着かなくて。
あなたたちが出てから、
廊下を何度も行ったり来たりしていたの」
ルシアンの動きがわずかに止まる。
「……そう、か」
セリーヌはくすっと笑う。
「たぶん、あなたが帰ってくるのを待ってたのよ」
その言葉に、
ルシアンの胸の奥で何かが静かに揺れた。
――――
扉を開け、屋敷の中へ足を踏み入れる。
柔らかな灯りが
廊下をやさしく照らしている。
遠くで食器の触れ合う音、
湯気の立つ香り――
屋敷が息をしている音。
ルシアンは、
自然とイチの部屋へ向かっていた。
扉の前に立つと、
中から小さな気配がする。
静かな足音、
布の擦れる音。
軽くノックをすると、
返事はない。
けれど、
小さく椅子の軋む音がした。
「……俺だ。入っていいか?」
返答の代わりに、
扉がほんの少しだけ開いた。
――その隙間から、
ピンクがかった銀髪が光を受けて見える。
「……ただいま」
その一言に、
イチの瞳がわずかに揺れた。
表情はほとんど変わらない。
けれど、
ほんの一瞬――
目の奥の光が柔らかくなった気がした。
「セリーヌが言っていた。
……待ってたのか?」
イチは
ゆっくりとうなずく。
その仕草はたったそれだけなのに、
胸の奥が痛いほどに静かに響いた。
「……そうか」
ルシアンは短く息を吐き、
小さく笑った。
「お土産がある」
そう言って、
懐から小さな包みを取り出す。
薄桃色の髪飾り。
夕陽の光を受け、
ほんのりと光を返した。
イチは
それを見つめて、
しばらく動けなかった。
指先が小さく震える。
「気に入らなかったか?」
イチは、
首を横に振った。
小さく――けれど確かに。
ルシアンは
少しだけ目を細める。
「じゃあ……
セリーヌに、つけてもらえ」
言いながら、
そっとそれを机の上に置いた。
そのとき、
イチの唇がわずかに動いた。
声は出ない。
けれど――
形を結んだその口は、
確かに「ありがとう」と言っていた。
ルシアンは気づいていた。
だが何も言わず、
ただ頷く。
「……今日はもう、休め」
イチが小さくうなずくのを見届けて、
ルシアンは静かに扉を閉めた。
その背中を見送りながら、
イチは机の上の髪飾りを両手で包んだ。
光が落ちて、
部屋の中にほんの少しだけ
“温かさ”が灯る。