テラーノベル
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部屋の明かりが落ちて、
窓から差し込む月の光だけが、
静かに床を照らしていた。
机の上には、
ルシアンが置いていった小さな包み。
薄桃色の髪飾りは、
そのままそっと開かれていた。
イチはそれを手に取り、
掌の上でゆっくりと眺めた。
――光がやさしい。
金属でも宝石でもない。
けれど、
そこには確かに“温かさ”が宿っていた。
指先に伝わるぬくもりは、
ほんのりと心臓の鼓動と重なる。
(どうして……)
胸の奥で、
小さな“なにか”が動いた。
エリオットがいなくなってから、
この世界はずっと灰色だった。
音も、色も、
何もかも遠く感じた。
けれど今、
心の奥に微かな明かりが灯っている。
イチは、
ゆっくりと髪飾りを胸に抱きしめた。
柔らかな布に包まれたその感触が、
まるで誰かの手のぬくもりみたいに感じた。
窓の外では、
風が木々を撫でていく。
遠くで小鳥の声。
夜の森が、呼吸をしているようだった。
――あたたかい。
イチは、
初めてそう思った。
そのまま寝台に身を横たえ、
胸の前で髪飾りを握りしめる。
心臓の鼓動がゆっくりと落ち着いていく。
目を閉じても、
あの淡い色が瞼の裏に残っていた。
(……ありがとう)
声にはならなかったけれど、
心の中では確かに響いていた。
その夜――
イチは、初めて静かに眠った。
夢を見ることも、涙を流すこともなく。
ただ、穏やかな眠りの中で
ほんの少しだけ“安心”という名の感情を知った。