「これで良かったのか」
目の前に座る片目の男に、俺は声をかけた。
「わかってる。お前の言いたいことは」
男の朱の着物が、その白い顔をより美しく魅せていた。その顔には、悲愁の表情が浮かんでいた。
男は哀しそうに笑って、「あのなあ、お前、敬語を使え」と言う。
「はいはい、承知仕りました、殿ーーー伊達藤次郎政宗様」
陸奥は春でも寒い。毎年のことだが、冬を抜けたと思ったらこれだ。
「よろしいでしょうか」
戸の外から、幼い声がした。
「竺丸殿」
片倉小十郎が教育係を勤める梵天丸の弟、竺丸であった。
「どうしたのです。どうして泣いておられるのかは知りませんが、まあ入られよ」
「あ、兄上、が・・・」
「若殿が?」
うっ、ひっ、という呻き声が、竺丸の小さな口から漏れる。
「いなくなる、夢を見ました」
「はあ。そうでございましたか」
涙をこらえる竺丸を小十郎は冷たくあしらう。
「それならご安心下さい、貴方の兄上はあちらで寝ております故。まあ、病ではありますが」
何故かというと、この小十郎が刀で目を抉ったからに他ならない。
「・・・そんな事が」
片目を隠した包帯は少し紅い。
「竺丸は何故、俺なんかのために泣いたんだろうか」
「何ですか、私も若殿が寝込んでいる間、ずっと枕を濡らして寝ておりましたよ」
「嘘つけ。」
というか、お前竺丸に冷たすぎだ、と梵天丸は言う。
「まあありがとうな。小十郎。」
小十郎は忠実な家臣のように、頭を下げる。「なあ」
「後で時宗にも、見舞いに来いって言っておけ」
時宗とは、梵天丸の従兄弟で、伊達実元の子時宗丸のことである。竺丸と同じ齢の生まれだが、なかなかしっかりしている。梵天丸にとって、弟のように可愛がっている存在だった。
「その時だったか。俺と何を話した?覚えておらん」
「さあ。わからんな。もう30年も前だぞ、じいさんになったな」
藤次郎は料理に手をつけた。うん、今回は成功だ。藤次郎の趣味は料理であった。
「ただ、お前と同じ齢だが小次郎はじいさんには見えんかった。俺の刃がふれた最期まで」
ただ、塩が足りんかもなあ、戦国大名には良くあることかも知れないが、重い話をしながら、さらりと味のことを話すのだ。そして、その後すぐに哀しそうにする。
「お前、わかってるんだろ、俺の言いたいこと。」
藤次郎はそう言ってこちらを見る。
「さあな。そんな事言ったか?」
語れと申すか、と笑った。
「初めて俺のために、泣いてくれた奴だぞ。・・・後悔しないはずがない」
この男は独眼竜である。片目からしか涙を流さぬ。そして、料理が塩味になった、丁度いいな、と零した。
《人物》
伊達成実(時宗丸)・・・1568〜 政宗(梵天丸)のまあ簡単にいうと従兄弟。親が姪と伯父の夫婦なのでちょいとややこしい。毛虫愛好家
伊達政宗(梵天丸)・・・1567〜 幼少のころに天然痘で片目の視力を失った。転機として、片倉小十郎に目を抉らせるが、この話の大部分の回想は、それで寝込んでいる時のことである。料理愛好家
伊達小次郎(竺丸)・・・1568〜 政宗の弟。1590年、小田原攻め前に政宗に殺される(?)。出家説もある。
片倉小十郎・・・伊達政宗の教育係。ちょっとドライな描き方をしてるけど。
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