テラーノベル
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足元には背の低い草、周囲は木に囲まれている。
ここは、森の中だろうか。
僕は、走っている。
自分の足で、力いっぱい走ってる。
「はぁ、はぁ……あはは!」
こんなに走ったのは、何年振りだろう。
高校生の時に難病指定されて、それからずっと入院生活だった。
二十歳の誕生日を迎えた次の日、僕は永遠の眠りに就いた。
だけど——。
入院中、時々見る夢があった。
猫になって、めいっぱいかけっこしたり。
背中に生えた羽で飛んだり。
夢の中でだけは、僕は自由だった。
「リンネ」
名前を呼ばれて、振り返る。
黒髪の男が、僕に向かって手を伸ばしている。
いつも、美味しいご飯をくれる人だ。
「あにゃ!」
一気に崖を飛び越えようとして、足が滑った。
「あにゃにゃ!」
「リンネ!」
飛べばよかったんだけど。
この体に慣れていなくて、咄嗟に羽が浮かばなかった。
崖下に落ちて、しばらく気を失った。
「おや、こんな所に、猫魔の子供かな?」
声が聞こえて、ゆっくりと目を開けた。
銀髪の小柄な男性が、僕を見詰めていた。
怖くて、体を小さくして震えた。
「魔獣だからと何でも殺したりはしないよ。おいで」
差し伸べた手は、優しく見えた。
だから、大丈夫だと思ったんだ。
僕は、彼の指先を、恐る恐る舐めた。
ボンと、音がして、煙が舞い上がった。
何があったのか、わからなかったけど。
視界に、人の足と手、尻尾が見える。
(僕の体、猫じゃなくなった……?)
夢だから、何でもありなのかもしれない。
僕を見つめる彼が、大きく目を見開いた。
「君は……魔種持ちの獣人か?」
言葉の意味が解らなくて、僕は首を傾げた。
「すまない、名前を聞いても?」
銀髪の彼が、微笑んだ。
「……リンネ」
人の姿の時は言葉も喋れるらしい。
夢の割に設定がしっかりしている。
「そう、リンネ。私と一緒に……」
「リンネ、どこだ?」
さっきの黒髪の男の声がした。
僕は急いで猫魔の姿に戻った。
羽で飛びながら、崖をぴょんぴょんと昇る。
「待って、リンネ。いつか、必ず迎えに来る。その時は——」
視界が靄で包まれた。
あぁ、また、夢から覚める。
ベッドの上で点滴をして、一日中天井を眺める時間が始まる。
(ずっと夢の中にいられたらいいのにな)
いつも、そう思っていた。
詰まらない毎日なんか早く終わりにして。
ずっと夢の中で生きられたらいいのに。
そうできたら、どれだけ楽しいだろうか——。
「うにゃ?」
ぱちりと、目を開けた。
大きなベットの上で、僕は寝ていたらしい。
でも変だ、動けない。
「にゅ?」
後ろを振り返ったら、シュメリが僕を抱いていた。
(シュメリ……あぁ! そうだ。昨日の夜、バルトが捕まって、地下牢に入れられちゃったんだ)
僕は必死にシュメリの腕から出ようとした。
猫らしく、ヌルリとシュメリの腕から抜け出す。
ドアを開けて、部屋を出た。
廊下に出て、周囲を見回す。
(地下牢って、どこだろう)
小説通りなら、この後バルトはシュメリと生活を共にする。
二人で暮らすうち、想いが育まれていく。
(だけど、今のままじゃ小説通りになる保証がない)
よくわからないけど、シュメリとバルトに恋愛的要素がない。
二人の接点は僕みたいだ。
(どうして、僕なんだろう)
そう考えるけど、よくわからない。
だから、まずはバルトに会いに行こうと思ったんだけど。
「悪い子だね、リンネ」
「にゃ!」
あっさりシュメリに見付かった。
抱き上げられて、腕に囲われた。
「そんなにバルトに会いたいのかい?」
「にゅぅ」
会ったら何か聞けるかもだし、わかるかもしれないと思ったんだけど。
シュメリはあんまり僕とバルトを会わせたくないのかな。
「会いたいなら、条件があるよ」
「にゅ?」
「前のように、人の姿になってごらん」
前のように、人の姿、とは?
僕は、首を傾げた。
(僕、人になれるの?)
そんな便利設定があるなら、むしろ教えてほしい。
シュメリが、息を吐いた。
「やっぱり、覚えていなさそうだね。バルトに聞けば、わかるかな」
シュメリが困った顔で呟く。
「猫のままでも充分に可愛いけれど。娶るなら人の姿にもなってほしいからね」
娶る? 誰を?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
(シュメリは、僕をお嫁さんにしたいのかな)
そういえば、昨日も伴侶だと言っていた。
あれは聞き間違いではなさそうだ。
(な……なんで、僕なの? バルトじゃないの?)
もしかしたら、僕が異世界転生したせいで、正規のストーリーラインが壊れたのかもしれない。
(そんな馬鹿な……)
僕は愕然とした。
このままでは大好きなシュメバルが崩壊する。
そんなことは、絶対にあってはならない。
(どうしよう、どうしたらいい、どうすれば)
「一緒に暮らしていれば、リンネは何か思い出すかな」
シュメリが切なそうに笑む。
何かと言われても、転生してきてからの記憶しかないから、わからない。
「そのためにバルトを生け捕りにしたわけだから。しばらく三人で暮らそうか」
生け捕りとか、何とも生々しい単語だ。
(僕は昔、バルトと暮らしていたのかな)
一瞬、森の中の光景が浮かんだ。
丸太でできた家と、黒髪の男性、美味しいごはん。
前世で夢に見ていた光景だ。
(どうして、あの夢を、今更……)
そう考えながら、思い至った。
三人で一緒に暮らせたら、シュメリとバルトをくっつけることが、できるかもしれない。
「あにゃ、にゃご、にゃご」
僕は必死にシュメリの提案を肯定した。
「一緒に暮らしたいの?」
「うにゃうにゃ」
うんうん頷いて見せる。
苦笑しながら、シュメリが眉を下げた。
「バルトが一緒だと喜ぶというのは、受け入れ難いけれど。リンネが良いなら、そう決めようか」
「うにゃ!」
僕は手を上げるが如く前足を上げた。
勢いあまって、肉球がシュメリの顔に触れた。
「ふふ……可愛い」
シュメリが僕の肉球をフニフニと押した。
くすぐったくて、ちょっと嫌だ。
「リンネでなければ、こんな真似は許さないよ。私はこう見えて、王立騎士団の騎士団長。唯一無二の称号、聖騎士を持つ貴族なのだからね」
その肩書は、知っている。
アスランズ王国でもたった一人の騎士にしか贈られない、とんでもなく価値のある希少な称号だ。
(優しそうな顔で、実はちょっと腹黒なのも知ってる)
そういうところが好きなんだけど。
裏稼業なんかやってる割に純粋で真っ直ぐなバルトと、非常に相性がいい。
(だからこそ、添い遂げて欲しい!)
だから僕は決めた。
バルトがこの屋敷に住んでいる間に、二人の仲を進展させる。
僕が、愛のキューピッドになると。
肉球を握って、気合を入れる。
「リンネは早く、自分のことを思い出そうね」
「にゅ!」
僕の気合は、まるでシュメリの言葉への返事のように響いた。
コメント
1件
うわ、第4話読み終えました……! リンネ、前世の入院生活で見てた夢と今の異世界が繋がってる感じ、すごく不気味で美しいですね。猫姿から人の姿に戻る仕組みがまだ謎なままなのが気になるし、シュメリが「娶る」って真剣に言っちゃってるのがもう……リンネは必死にシュメバルを守ろうとしてるけど、本人が一番巻き込まれてるの面白いです。肉球フニフニされた時の嫌そうな反応も可愛くて、でも切なさが混ざってるのがツボでした。続きが気になります!
お股ポテト
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はるにし
72