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あなたが消えた日

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あなたが消えた日

第3話 - 第3話　白い手袋

2

2025年06月28日

#大人の恋愛

#恋愛

#サイコパス

#溺愛

#裏切り

雫石しま

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雫石しま

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#3 第3話　白い手袋 / 雫石しま

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ー離婚届を前にした朋美は、2ヶ月前の夜を思い出していた。

井浦和寿との出会いは彼女の運命を大きく変えた。

井浦和寿いうらかずとしは、朋美が入社したタクシー会社の所長だった。出会いは最悪だった。周囲の乗務員たちはみな口を揃えて、所長は怖ぇぞと脅した。井浦和寿について、朋美は良い印象を持っていなかった。また、所長と一乗務員が接触する機会は少なく、いつも事務所の一番奥のスチールデスクで脚を投げ出している姿を見るだけだった。

（怖いな、本当に怖かったらどうしよう）

誘蛾灯に誘われた虫がバチバチと音を立てていた。タクシー会社の深夜の事務所は静まり返り、時折、配車センターに迎車依頼の電話が入る。パソコンのGPS画面では、ピッツピッツピッと金沢市内を走るタクシーを追いかけていた。

（あれ？誰もいない・・・・）

朋美は汚れた白手袋の替えを買いに、事務所のカウンターを訪れていた。ところが深夜勤務の管理職が誰もいなかった。

「あの・・・・・すみません・・・」

朋美は消え入るような声でその姿を探したが、反応がなかった。

「え・・・困ったな」

タクシー乗務員に白手袋は必需品だった。サラリーマンがネクタイを締めるように、小さめの白手袋を履いた瞬間、一介の主婦から乗務員へと切り替わる。その日は汗で手袋を汚し、上がりまで3時間もあった。朋美が困っていると、カウンターの下から『はい』と太くて不機嫌そうな声が顔を覗かせた。そこにいたのは斜め45度で朋美を見上げる、井浦和寿、その人だった。

（は、迫力が半端ない！）

本人は機嫌よく対応しているつもりだろうが、吊り上がった眉と力強い目、への字に曲がった唇は、どこをどう見ても怒っているようにしか見えなかった。

「あの、手袋を汚してしまって」

「あぁ、そう」

彼は後ろを振り向くと、ダンボール箱を無造作に漁り白手袋を探していた。朋美は財布から100円玉を取り出し、トレーに置いた。

「はい、これ」

井浦和寿は、ぶっきらぼうながら手袋を渡す時、遅くまでご苦労さんと声を掛けた。そして、目尻にシワを寄せ、少年のような笑顔を一瞬見せた。朋美はその仕草に息を呑んだ。

「お、お疲れ様でした！」

「気を付けて」

朋美は振り向く余裕もなく、薄暗い階段を駆け降りた。セカンドバッグの中で釣り銭がジャラジャラと音を立てた。タクシーに乗り込む際、朋美は2階の事務所を降り仰いだ。その窓には、逆光の中、井浦和寿が静かに見下ろしていた。その姿に、朋美の胸は波打った。