第9話:卒業コードの夜
ツリーハウス学舎、夜。
揺れる灯りと木のきしむ音。
学内にある最大の演習室が、今夜は“コード発表会”の舞台となっていた。
「これが、卒業条件――“自作フラクタル”。
100文字以内で、誰にも真似できない“お前だけの祈り”をコードにせい」
スエハラ先生の声が静かに響き、生徒たちは緊張と期待を背負って杭の前に立っていった。
演壇に立ったゲンは、演習服を少しはだけ、左手のリングをくるくるといじりながら笑った。
「ルールって苦手だけど……今日だけは、ちゃんと守るよ」
彼が浮かび上がらせたのは、まるで流れる光の譜面のようなコード。
《FRACTAL_TYPE = “共鳴律”》
《TRIGGER = “誰かの願い”》
《COLOR = “記憶”》
《PULSE = “鼓動”》
《EFFECT = “届く声”》
《LIFE_USE = 0.1》
「“誰かが言えなかった気持ち”を拾うコードさ。俺みたいなやつが使うもんじゃないけどさ……」
「誰かが泣いてたら、ちゃんと聴こえるようにって」
模様は複雑に絡まりながら、あたたかな青を残して溶けた。
会場がしんと静まり返る。
続いて、タカハシが演壇に立つ。
制服のボタンはきっちり、だが少しだけ手が震えていた。
「……僕のコードは、理論の積み重ね。でも――最後は願いを込めました」
彼のコードは、正確で、美しかった。
《SHIELD = TRUE》
《BARRIER_TYPE = “共感”》
《STABILITY = MAX》
《LIFE_USE = 0.2》
《SAVE = “仲間”》
《TRIGGER = “守りたいもの”》
「“誰かを守るコード”。
その誰かが、“守ってくれ”って言えなかった時のためのものです」
コードが杭に触れた瞬間、光の壁がふわりと現れた。
その穏やかさは、“優しさ”そのものだった。
「すごいな……」
「こんなコード、思いつかないよ……」
生徒たちはささやき、誰かは泣き、誰かは拳を握っていた。
ゲンとタカハシが視線を交わす。
「……これが“卒業”か」
「終わりじゃないよ、始まりだろ?」
ツリーハウスの葉の間から、夜空に一瞬、フラクタル模様のような星々がまたたいた。
それぞれの“願い”が、コードという名前の物語になった夜だった。