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それは、事件と呼ぶには
あまりにも静かだった。
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最初に止まったのは、
信号だった。
次に、
通信。
ほんの数秒、
世界が“考えるのをやめた”。
⸻
人は言う。
たったそれだけで?
偶然じゃないのか?
⸻
違う。
codeは、同時に複数の場所で、同じ誤りをしない。
⸻
交差点で、
救急搬送が遅れた。
病院で、
優先度が入れ替わった。
誰かが助かり、
誰かが助からなかった。
⸻
死因は、
「システム遅延」。
誰のせいでもない、
いつもの言葉。
⸻
だが、
今回は違った。
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ログが、
“揃いすぎていた”。
誤差がない。
迷いがない。
まるで――
意図して選ばれたように。
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専門家たちは、
口をつぐんだ。
言葉を選び、
責任を避け、
それでも一つだけ
共通の結論に辿り着く。
⸻
「外部からの、
強制的な優先度操作があった」
⸻
その名が、
出た。
y。
⸻
世界は、
ようやく
“犯人”を得た。
⸻
ニュースは、
一斉に色を変える。
危険人物。
倫理を破壊した存在。
人命を、選んだ者。
⸻
yは、
その映像を
無言で見ていた。
部屋は暗い。
画面の光だけが、
顔を照らす。
⸻
「……あー」
喉から、
息が漏れる。
「ついに、か」
⸻
否定は、
しなかった。
訂正も、
しなかった。
⸻
事実だからだ。
yは、
命を選んだ。
codeを壊すために、
codeを使った。
⸻
画面の端に、
数字が流れる。
被害者数。
推定影響範囲。
社会的損失。
⸻
どれも、
yが一番嫌いな
“まとめ方”だった。
⸻
「……都合いいな」
誰かが死んだ後で、
世界は急に
“倫理”を持ち出す。
⸻
yは、
端末に触れる。
指先が、
一瞬だけ止まった。
⸻
ここで、
やめることもできる。
逃げることも、
できる。
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その時、
ラグドの顔が
頭をよぎった。
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同居していた頃の、
何でもない朝。
前向きな声。
分からないことを
分からないと言える強さ。
⸻
「……ごめんな」
誰に向けた言葉か、
y自身にも分からない。
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その瞬間、
警告音が鳴る。
追跡。
特定。
包囲。
⸻
世界は、
yを
“悪”として確定させた。
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もう、
戻れない。
誤解でもない。
すれ違いでもない。
⸻
yは、
立ち上がる。
画面を閉じる。
⸻
「いいよ」
小さく、
はっきり言った。
「それで」
「それで、いい」
⸻
こうして、
事件は名前を持つ。
yによる、
大規模倫理破壊事件。
⸻
世界は、
安心した。
悪が、
はっきりしたから。
⸻
そして、
どこかで
ラグドはまだ知らない。
この事件が、
“最終決戦への合図”だったことを。
補章: codeの正体
――世界が嘘をつく方法
codeは、
誰かが作ったものじゃない。
少なくとも、
最初から“悪意”として
生まれたわけじゃない。
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世界が大きくなりすぎた時、
必要になっただけだ。
⸻
人が増え、
命が増え、
選択肢が無限に広がった。
その全部を、
一人一人の意思で
決められなくなった。
⸻
だから世界は、
決めないための仕組みを作った。
⸻
それが、
code。
codeは、
「正しさ」じゃない。
「平均」だ。
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誰を助けるか、
誰を切り捨てるか。
それを
“誰も選んでいない”ことにする
ための書式。
⸻
事故は、
不可避。
死は、
想定内。
切り捨ては、
最適化。
⸻
codeがある限り、
世界は血を見なくていい。
手を汚さなくていい。
yは、
そこまで理解してしまった。
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最初は、
ただの違和感だった。
ログが、
綺麗すぎる。
数字が、
感情を持たなさすぎる。
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誰かが死んでも、
codeは動じない。
誰かが救われても、
同じ顔をしている。
⸻
「……嘘だろ」
yは、
一度だけ
画面に向かって呟いた。
⸻
codeは、
“最善”を選ばない。
“最も文句が出にくい結果”を
選ぶ。
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声が大きい方。
数が多い方。
後で責任を取らなくていい方。
⸻
それが、
“正解”。
⸻
だから、
codeはこう言う。
「あなたは選んでいない」
「結果に、
意思は介在していない」
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yは、
それが許せなかった。
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選んだなら、
選んだと言え。
切り捨てたなら、
切り捨てたと認めろ。
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「それが出来ないなら」
yは、
静かに理解した。
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「……誰かが、
悪になるしかない」
⸻
codeを壊す方法は、
一つしかない。
⸻
意思を、
はっきりさせること。
⸻
だからyは、
自分の名前で
選び始めた。
⸻
誰が助かり、
誰が助からないか。
世界が隠してきた部分を、
全部、表に出した。
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当然、
世界は怒った。
⸻
「それは倫理に反する」
「人命を弄んでいる」
「神にでもなったつもりか」
⸻
yは、
それを聞いて
笑った。
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「違う」
「俺は、
お前らの代わりに
“選んでるだけ”だ」
⸻
世界は、
その言葉を
理解しなかった。
理解できなかった。
⸻
なぜなら。
⸻
もしyが正しいなら、
世界はずっと
嘘をついていたことになる。
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だから、
yは悪になった。
⸻
選ばれた悪。
⸻
ラグドが、
このcodeを
最後まで理解することはない。
理解しなくていい。
⸻
だからこそ、
最終的に
ラグドがyを殺す意味が生まれる。
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yは、
世界の嘘を壊した。
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そして、
壊し方が
あまりにも正直すぎた。