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「高嶺刑事……ずいぶんと派手な車に乗っているんだな」
「どうだ、カッコいいだろ」
休みがようやく取れた日曜日に、俺は綾子と待ち合わせのパーキングエリアまできていた。綾子も看護師で、一年目ということもあって忙しくしているようだが、疲れの色は見えなかった。それほど容量がいいということだろう。
俺は今でもあたふたとしていて、体力だけは有り余るほど残っているが、頭を使うことはこの年になっても苦手だった。それに、体力もそこそこに落ちてきて、衰えを感じる。あの二人で住んでいた少し広い家から出勤するのも億劫になってきたのだ。だからと言って引っ越しは考えていない。
綾子は、目の前の白いスポーツカーをじっと見て、こんな車で移動するのかと、どこかいやそうにしていた。
空の車は、何年か前に暴走した犯人の車を止めるべく無残な姿になった。それをどうにか修理し、ローンも払い終わり、そうしてようやく解放されたのだ。捨てるのも売るのももったいなく、俺が貰い受けたが、如何せん、俺は自分の運転が下手なことに乗ってはじめて気づいた。いつも空の隣に、助手席に座らせてもらっていたがために、いざ
運転してみると難しいということが分かった。勿論、運転免許は持っているし、更新もしにいっているが。
「MR―2っていうんだ。この綺麗なボディ、すっげぇカッコいいだろ?」
「……ま、まあ」
「そこは、お世辞でもかっこいいっていうんだよ」
俺は、そう綾子に言うと、ますます綾子の顔にしわが寄った。お世辞にそういうことを言いたくないらしく、それでも少しばかりの敬意からか「わーかっこいいな」と心のこもっていない言葉を送った。これを空が聞いたらどう思うだろうか。
(……空、見てんならなんか言ってやれよ。お前の車、カッコいいって思わない奴がいるんだぞ?)
俺は空の影響で、車もバイクもそこそこ好きだったが、世の中の女の大半はそういうことに興味がないらしい。かといって、綾子がかわいいもの好きとも限らない。顔面と似あっていないから……という理由を言ったらぶん殴られそうだが。
俺は、心無い誉め言葉を送った綾子に助手席に乗るよう鵜がなした。本来であれば、この車には誰も乗せたくなかったのだが、さすがに歩いて捜査しようとも言えず、やもなく乗せることにしたのだ。
四年前では考えられない光景。
そもそも、俺が運転席にいる時点であり得ない光景なのだろうが。
(空も許してくれるよな……約束、果たすためならよぉ)
静かに開かれた助手席に綾子はお邪魔します。と頭を下げ上品に乗り込んだ。顔と行動があっていないなと本当に口に出したら失礼極まりないことを思いながら、シートベルトも忘れないよう声をかける。
「子供じゃないんだ。そこまで言うな」
「いや、忘れたらいけねぇと思って一応な」
「子ども扱いしているのか?」
と、綾子は眼を鋭くさせる。
俺は、慌てて違うと自分のシートベルトを締めながらエンジンをかける。怒らせたら絶対怖いだろうなというのも目に見えているし、さっき思ったことを口に出した時にはもしかしたら顔面ストレートが飛んでくるかもしれない。と、勝手に綾子が手が出るタイプと、自分と同じだとでもいうように考えている。
綾子は、失礼だな。と言いながら頬杖をつき窓の外を見た。動いていない為、まだ景色は変わらないというのに、俺とよほど目を合わせたくないのかじっと外を見たままこちらを向こうともしなかった。
(めんどくせぇ、女)
合コンに時々参加したが、やはりイマイチ女の扱いというものが分からなかった。男だらけでバカしていたこともあって、どうも女を前にするとどういう態度で接すれば良いか分からない。車にそこまで興味がないっつぅのも分からねえ。
それを抜きにしても、一人称だったり雰囲気が、姉ちゃんに似ているせいでどうも綾子とは合わないように感じた。
「まあ、どーでもいいけど、お前絶対車汚すなよ」
「そんな、人の車に乗って汚すほど最低な人間じゃない」
「……ダチの車だから、尚更何だ。別に、汚すとは思ってねぇ」
そう言うと、顔を背けていた綾子はふとこちらを見た。何か文句でもあるのかと言いたかったが、綾子は、二、三度唇に触れた後「すまない」と謝罪をしてきた。
「は?」
「だから、すまないといってる。高嶺刑事にとって、この車は大切なものなんだろ。だから……」
綾子は俺の雰囲気から、この車の持ち主が既にこの世にいないことを感じ取ったのだろう。だからか、「すまない」という謝罪の言葉が出てきたに違いない。律儀だなあと思いつつも、俺よりも精神年齢が高い気がして、何とも言えない気持ちになった。
「……そーだよ、大切なもんだ。お前は、明智と神津の今年かしらねぇだろうけど、俺にはもう一人ダチがいたんだよ。そいつは、明智や神津みたいな巻き込まれじゃなくて、本当に事故だったけどな」
旅客機の事故とかクソ笑えねぇし、一番あってはいけないミスだろうと思うけど、誰かの悪意があって死んだわけじゃないのなら、もう運命を呪うしかない。
綾子は俺の話を聞いて俯いていた。目つきは悪いものの、黙っていれば美人だし、あほくさくてシスコンだとか言われそうだから口には出していないが、姉ちゃんの顔は好みだし、きっとそういうタイプの女が好きなんだろうなと自分でも自覚する。
「あーなぁ」
「次は何だ。高嶺刑事」
「いやぁ、ちょっと便所行きてぇから、どっかコンビニ停めていいか?」
「待ち合わせに遅れた挙げ句、お手洗いもすませていない……高嶺刑事、それはモテないぞ」
「余計なお世話だ! あーもう、金やるから何かかってこい」
「何故、アタシが怒られているんだ……」
綾子はぶつくさ言いながらも、俺は無視し車を走らせると近くにちょうどあったコンビニの駐車場へ車を止めた。
俺は、急いで便所に走り、綾子は店内で渡された五00円を握りしめてうろうろと探していた。そうして、俺が便所から帰ってくると、遅いぞとでも言うようなかおをして睨んできた。
「お前、ほんとすぐ睨むよな」
「睨んでいない。それに、女性を待たせるなんて、紳士の風上にも置けない」
「元々紳士じゃねぇし、つか男女平等だろう」
「どうせ、尻に敷かれているんだろう。高嶺刑事は」
と、全くごもっともで、言い返せない言葉を言われたため、無言は肯定を意味すると分かっていても口が開かなかった。
そうして、完全に綾子のペースに乗せられたとき、コンビニの聞き慣れた音楽が流れたと同時に、パンッ――と銃声音が鳴り響いた。
「騒ぐんじゃねえええ!」