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「……ッ」
きゃあああ! と、店内に響く悲鳴。覆面に肌が見えないようにと全身長袖長ズボンに身を包んだ男達が二人店内に入ってきた。
(は……? コンビニ強盗か?)
見る限りそうだろうと、分かっていても目を疑ってしまう。だが、完全に捌剣市で暮らしているせいで感覚がおかしくなっているため、「またか」とも思ってしまう自分がいるのが恐ろしい。
しかし、店内にはそこそこに人がおり、カウンターにいた二人の店員は顔を青くして両手を挙げていた。
男は二人、店内に入り、一人は店員に銃口を向け、もう一人は客に銃口を向け大人しくするよう叫んだ。客達は怯え、中には泣いている子供もいる。
(おいおい、マジかよ)
別にいつもの事で、またか……と肩を落としたくなるようなことだが、生憎強盗は二人いる。一人ならば隙を見計らって制圧できただろうか、二人となると話は変わってくる。また、車で待機していると言うことも考えられるため、三人いると考えた方がいい。いなかったとしても、二人を一人で相手に出来るほどの状況ではない。店内が広ければ、そして、相手が銃を持っていなければ、どうにかなったかも知れないが。
(こんな時、空がいればな……)
何度か強盗やひったくりを二人で捕まえたことがあった。あの時の連携を考えると、一人は心細いものだと思ってしまう。そうして、彼奴の影を見て、俺はまだまだ弱いと言うことを自覚する。
「おらっ、早く金をこのバッグにつめろ!」
「ひぃ、ひいぃい!」
「後そこのお前、警察に電話なんてすんじゃねえぞ。死にたくなければな」
と、強盗は店員を脅す。スマホに手が伸びていた店員の行動を見てのことだった。相当洞察力がいいらしい。でなければ、二人で強盗何てしないだろう。一人では取り押さえられる可能性も、監視していないうちに客に通報される可能性もあるからだ。それに、他にも色々と準備してきているように思える。
状況把握は出来た。だが、これからどうするか。
強盗を泳がせ、それから応援を頼むのが得策だろう。被害者を出すのが一番ダメだ。とすると、一旦逃がすのも……
(逃がしたら、捕まえられねぇかも知れねぇ……どうにか、この場で……それか、すぐに車で追うことが出来れば)
考えろ、と自分の頭に呼びかける。
足りない頭を思考を巡らせて、何とか突破口を見つけようとするが、そう簡単に見つかるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていく。
すると、隣にいる綾子が俺に耳打ちしてきた。
小声で、周りに聞こえないように話すあたり、一応空気を読んでいるようだ。
しかし、その言葉に俺は驚いた。
「高嶺刑事、ここは犯人を泳がせよう」
「……は、はあ!?」
声がデカい、と足を踏まれ俺は痛みに悶絶しながら何とか口を閉じた。客に銃口を向けているもう一人の強盗からは、俺達のいる位置はちょうど隠れて見えていないらしい。だが、声を出せばバレてしまう。そんな可能性もあるなか綾子は話してくる限り、こういう事になれているのかも知れないと思った。
巻き込まれ体質とも言うが。
「……大丈夫だ。先ほど車を見ていたがもう一人強盗がいる可能性は低い。だから、彼奴らが逃げた瞬間、車に乗った瞬間店を出て追えばいい。それぐらいなら、どうにかなるだろう」
「だ、だが……つか、何処でそんなの見たんだ」
「高嶺刑事が、お手洗いに行っているとき、欲しいものがなくてね。人間観察でもしようと思って外を見ていた」
「女の趣味じゃねえな」
「アタシも、別に車は好きじゃない」
綾子はそう言って俺から離れた。
カウンターではあらかた金を詰め終わったのか、強盗の一人がずらかるぞと、もう一人に合図をした。俺達はそれを黙って見届け、犯人がコンビニの外に出たのを見計らって走り出した。強盗達は俺たちに追われていると思ったのか、拳銃があるにもか変わらず取り敢えず逃走を選んだようで車を勢いよく発進させる。
俺達もすぐさまMR-2に乗り込みエンジンをかける。
「この車、ナビついていないんだな」
「まぁな。まっ、でも今はスマホもあるし、ここら辺の地形は頭に入ってるから気にすんな。んで、舌かむなよ」
けたたましいエンジン音を鳴らしながら、車を発進させ、俺達は強盗の車を追跡する。
あの強盗は何処で拳銃を入手したのか、また脅し一発威嚇で撃った割には、俺達の行動が見えていないのか、それとも誰の命も奪う気はないのか詰めが甘いのか、そうして、俺達は距離を取りつつ、相手の行動パターンを読み取ろうとしていた。
「安護、お前車酔いとかしないか?」
「あ、ああ、まあ……それに、高嶺刑事の運転がどうか分からなかったから、一応酔い止めも飲んできたしな」
準備がいいことで、と全く何も信頼されていないことに腹を立てつつも、俺は強盗の車を見失わないように目を光らせる。
「あー明智がさ、乗り物酔いしやすい体質だったんだよ。それに、俺の運転はあれぇって文句言いやがってな」
「そうか、確かにそうだが。ふふ……何だかいいこと聞いたな」
「何が?」
「明智探偵のことだ」
と、綾子は何処か嬉しそうに笑っていた。少し押さなく笑った綾子を見ていると、本当に明智と綾子はどんな関係だったのか、気になってしまう。ただの探偵と依頼人だったのだろうか。
まあ、浮気した日には神津が黙っちゃいないだろうし、彼奴が明智の不審な行動に気づかないわけもないし。
それでも気になってしまった俺は、ついうっかり聞いてしまった。
「お前、明智のことみょーに楽しそうに話すじゃねぇか。本当に探偵と依頼人の関係だったのかよ」
「ああ、そうだぞ。探偵と依頼人だった……まあ、その、何だ。アタシの初恋は明智探偵だった、ていう話だけどな」
そんな綾子のいきなりの告白に驚き、俺は思わずハンドルを切ってしまい、ガードレールに激突してしまった。
「うわっ……やっべ」
軽く激突しただけだったが、ゴンと鈍い音と少しの揺れを感じ、俺は路肩に車を停め直した。強盗の車とかなり距離が出来てしまい、これでは逃げられてしまうと舌打ちを鳴らす。
「あーもう、安護お前のせいだぞ!」
「何で、そうなるんだ! いきなり追突したのは高嶺刑事だろ!? アタシのせいにするな!」
「お前が、初恋は明智とか言うからだろ!」
と、俺は声を荒げてしまう。すると、綾子は驚いた顔をしていたが、すぐに呆れた顔に変わった。
それから、溜息をつき、こう言った。
まるで、子供を見るような目をしながら。
「矢っ張り、高嶺刑事のことは嫌いだ」
「あーあー、俺もお前の事嫌いだよ! 顔は好みだけどな!」
余計なことを言ってしまった自覚もあるし、蛇足感もあるが、綾子はそこには触れず、少しへ込んだMR-2をみて苦々しい顔をしていた。
俺も空の車に傷をつけてしまったことに対して罪悪感が募る。
そもそも、運転は苦手方で法定速度より少し遅めに走るぐらいなのだ。苦手というか、荒いというか。信号を待っているのもイライラする。短気で、今までよく捕まらなかったとまらなかったと思うぐらい小さな事故を起こしている。
(これじゃぁ、犯人は追えねぇよな)
応援を呼ぶしかないと、車種とナンバープレートを思い出していると、綾子は何故か運転席の扉を開けてシートベルトを締めだした。
「お、おい、何すんだよ」
「何って、犯人を追うに決まっているだろう?まさか、ここで諦めるつもりか?」
「い、いや……つか、何処にいるかも分からねぇし」
「車種とナンバープレートは覚えている。それに、この先の道はほぼ一本道だ。そう簡単に逃げられはしない」
と、綾子はそうきっぱりと言った。
俺よりも優秀で、長年刑事をやっている俺よりかも出来るのでは無いかと、何だか自分が情けなくなってきた。俺は、綾子に促されるまま助手席に座りシートベルトを締め直す。
「つか、お前運転免許は」
「ある。心配するな。誰が無免許運転なんかするもんか」
「はーはい」
いや、本当にしっかりしていると思いつつ、俺はナビを確認した。この先は確かに一本道だがそれを抜けると交差点に出、そこから道幅も広がり高速道路に繋がる道にも出る。だから、そこまで行かれると完全に逃げられてしまい、最悪市をまたがれる可能性もあるのだ。何としてでもそこまでに捕まえなければ。
俺は取り敢えず応援要請の電話を入れつつ、アクセルを踏んで走り出した綾子の横顔を見た。俺が心配しなくてもしっかりしているため、何も言うことはない。俺は黙って助手席に座っているだけだ。
「念のためパトランプをつけてくれ、車線を開けて貰わないといけないからな」
「へいへい、命令すんなって」
荷物置き場からパトランプを取り出しつけ、退いてくれるようスピーカーで叫ぶ。そうして、道は広くなり、何とか犯人の車まで追いついた。どれだけ速度を出しているんだという問題になるが、犯人を取り逃すのもまた大事件なので、目を瞑る。まあ、俺が運転しているわけではないので、俺は後でこっぴどく叱られるだろう。
「……安護、さっきの話し本当か?」
「さっきのって、明智探偵が初恋の相手って言う話か?ああ、本当だ。明智探偵は覚えていないだろうが、アタシが小学生ぐらいの時だったか、助けて貰った事があってな。一目惚れというか、そういう奴だ。まあ、再会したときは覚えてなくて、竹刀のさきを向けてしまったが、それもまあ良い思い出で……巡りに巡って、探偵と依頼人という関係になって、明智探偵の優しさや格好良さは今でも覚えている」
「ふーん、甘酸っぱ」
俺が興味なさげに言えば、綾子は自分から聞いたくせに何だその態度は、的な事を言って怒ってきた。
だが、明智が初恋かぁ、と綾子にも可愛いところがあるのだと想像できないなと心の中で笑ってしまう。確かに、明智はいい奴だし、無自覚に女を惚れさせているに違いない。だが、彼奴が可愛い顔を見せるのも心を許して愛しているのも神津だけだった。あのハイスペック幼馴染みには誰もかなわないだろう。
「まあでも、明智探偵はアタシの事なんて眼中になかっただろう。恋人もいたみたいだし、それにアタシも今違う人を好きだから……」
そう言った綾子の顔は少しだけ曇った気がした、気のせいかと顔を除こうとすれば、綾子が声を上げる。
「ほら、高嶺刑事、もう少しで追いつくぞ」
綾子に言われ顔を上げれば、目と鼻の先に犯人の車を捕らえていた。
ほんの数分であれだけあった強盗との車の距離を縮めた綾子。
ハンドルを握る綾子の顔に少しドキリとしつつも、俺は目の前の車に視線を移した。
(さて、どうやって止めるかだな)
こちらに運がまわってきたのか道幅は広く、十分隣に並び追い越せる余裕はある。だが、道路のど真ん中でそれをすれば周りの車にも迷惑をかけてしまうし、二次被害が出るかも知れない。
(なら、どうするか)
そんなことを考えていると、突然綾子が減速する。このままじゃ、また離れちまうと綾子を見れば、何か考えるように片手でスマホを操作した。
「どうにか、港付近まで追い詰めることは出来ないだろうか。そうしたら、どうにか捕まえられる気がする」
「そこまで追い詰めたとしてどうすんだよ。相手は拳銃を持っているんだぞ」
「そうだな……高嶺刑事、発砲許可は出ているか?」
「出ているも何もねえし、まあ、非常事態なら仕方ねぇけど。俺は上手くねぇぞ」
「……ッチ、役に立たないか」
「おい、今舌打ち聞えたぞ!?」
と、言い争っている間に犯人の車はどんどんと距離を広げていく。だが綾子は先ほど言った港の方に追い詰めるという作戦を決行すべく俺の言葉を無視して、車を走らせた。
全く人の話も聞かないで、と思いつつ俺は仕方なくナビを確認する。ここから一番近い港と言えば、もうすぐそこだ。あと二0分程走らせれば到着するだろう。
それから暫く走り続けると段々と周りに民家も少なくなっていき、海が見えてきたところで、強盗の車は港の人気のない倉庫へ入っていった。
(本当に詠めてんだな……)
犯人がどんな行動に出て、どう逃げるか、綾子の中ではビジョンがあったのだろう。だからこそ、こうして追い詰めることが出来たと。
犯人は逃げられないと悟ったのか、車を止めて車内から出てきた。
「んで、どうするよ」
「……高嶺刑事を訪ねろって言った人から、高嶺刑事は運動神経がいいと聞いた。銃弾、避けられるだろ?」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。
その情報の入手先がどうでもいいが、銃弾を避けられるなどフィクションでもあるまいし、出来るわけ無いと思った。
近付いてくる犯人、片手には拳銃を持っていた。
(一発避けたとしてもどうすんだよ、相手は二人避けきれるわけが……)
「高嶺刑事、信じてるぞ」
「お、おいちょっと待て!」
綾子はそう言うと車内から勢いよく飛び出し犯人の前に出た。犯人は驚きその銃口を綾子に向ける。綾子は両手を挙げていたが、ちらりと俺の方を見た。このままでは綾子が危ない。それに、綾子が車内から飛び出した理由もあるはずだ。
(考えろ、俺……何か、何かあるはずだ)
綾子に近付いていく犯人、俺は考えるより先に助手席のドアを蹴破って外に出る。
犯人の銃口はこちらへバッと向けられる。
(もう、止らねぇからな……)
バンッ! とあ一発俺に向かって放たれた弾を軌道を読んで右に避け、そのまま犯人の足を引っかけ転ばせる。もう一人の犯人はたじろぎ俺に銃口を向けたが、綾子の存在を忘れていたのか、後ろから頭を蹴り飛ばされ、そのまま力なく倒れた。その時間は僅か数秒だった。
常備していた手錠と、車の中に入れっぱなしにしておいた手錠を犯人にかけ、後は呼んでいた警察官が来るのを待った。まあ、誰も被害者は出てないし、金も無事だし、事件は解決した、と言うことでいいのだろうが、如何せん一般人を巻き込んでしまっているため、後で何を言われるか分かったものじゃない。
犯人を見張りつつ、前の方がへこんでしまったMR-二を撫でる綾子の姿が見えた。
「おい」
「何だ、高嶺刑事」
「車をぶつけて止めるっつぅ、やり方もあったんじゃねえか?」
俺は、素朴な疑問をぶつけた。
あの犯人達の車を追い越し、車をぶつけて止めると言う方法も考えられなかったことはなかっただろう。だが、綾子はそれをしなかった。それをせず、それよりも危ない方法をとったのだ。勇気ある行動で、無謀な行動だった。
綾子は、俺の質問に数秒答えなかった。否、少し考えた後、フッと笑う。
「これ以上傷つけたくなかったんだよ。この車を」
「……は」
「だって、高嶺刑事の友人の大切な車だろ?運転するって決めたときから、絶対に無傷で返すって決めてたんだ。まっ、高嶺刑事はぶつけていたが」
と、綾子は肩をすくめた。
そこまで考えていたなど全く考えもしなかった俺は、何も返す言葉が見当たらなかった。
ただ、俺のことを、あれだけ車に興味がなさげだったくせに気遣ってくれていたなんて想像もしなかった。そこまで、気を回せるのかと。
(はっ、ほんと凄ぇな)
俺は完敗だった。
いけ好かない女だと思っていたが、前言撤回だ。
「ありがとな、綾子」
「……っ」
「どうした?」
「いいや、名前で呼んだと思って……いや、なあ、別に呼び方などいいが」
俺は綾子に云われて気がついた。確かに、名字で呼んでいたが、自然と下の名前で呼んでいた、幾つかしたの女のことを。
それだけ、気を許しているって言うことなのだろう、俺が。
「い、嫌ならいい。安護って呼ぶだけだ」
「だから、別に気にしていない。それでいい」
と、綾子は恥ずかしそうに顔を逸らした。そんな顔も出来るのかと、俺はプッと吹き出してしまう。綾子は笑うなと言ったが、一度決壊した笑いは止らなかった。
その後、パトカーのサイレンの音が静かな港の倉庫に響き、俺も綾子も無傷で犯人を制圧することが出来た。