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「あのさ、兄貴。俺が小六のときに母さん達からもらった誕生日プレゼントって何だっけ?」
『はぁ? そんな昔のこと忘れたって。急に何だよ』
声だけでも分かる彼の狼狽えっぷりに、思わず吹き出してしまった。
「じゃあ高二のときの誕生日プレゼントは?」
『それは覚えてる。あれだろ、俺も持ってなかった最新の音楽プレイヤー買ってもらってたから』
「へぇ。……そっか」
『へぇ、って何。まさか忘れてたのか? 俺が覚えてんのに』
「うん。忘れた」
スマホを耳に当てながら、交差点を横断した。人の多い街中に入り、様々な店のショーウィンドウを尻目に進む。
「ところでさ……俺中学のときに仲良かった奴がいるんだ。でも名前が全っ然思い出せないんだけど」
電話の先で「ふーん」という声が聞こえる。ずっと脈絡がなく、つまらない話をしているから当然だ。一体何の為に電話してきたんだと首を捻ってるだろう。
それでも、兄は特に何も言わず話を聴いてくれた。
「最近、大事なことを片っぱしから忘れてくんだ。そのうち兄貴のことも忘れちゃうかも。……そしたらどうする?」
『おまっ若年性の認知症か? ま、そうなっても心配すんな。横っ面に一発強いのお見舞いすれば思い出すよ』
「壊れたテレビじゃないんだけど……」
『はは、嫌なら毎日頭つかえよ。……そういえば、お前中学のときに仲良い子いたな。いつも遊んでたのに、喧嘩して帰ってきてさぁ。あの時のお前、かなり荒ぶってたからよく覚えてるよ』
足が止まる。
ここにきて初めて、“彼”の存在を覚えてる人がいた。
それがまさか学校の知り合いではなく、実の兄とは思わなかったけど。
「その子の名前覚えてる!?」
『え? いや、さすがに名前は……でも一回見た時は小柄で、色白で、大人しそうな子だったなぁ』
それを聞いただけで、指先まで電流が走ったかのようだった。容姿が似ているというだけ。しかしそれだけで、その少年は白露なんだと確信していた。
何の根拠もない。何も思い出せないのに、彼と触れ合ってる間は懐かしい匂いに包まれている。
ずっと昔に埋もれたほの暖かい記憶が、届きはしないけど傍に寄り添ってくれている。
清心は兄に礼を言ってから電話を切った。
やはり、自分はまた白露に会いに行かないといけない。しかし行くのは、次が本当に最後だ。