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「着替え……」
周りに聞こえるか聞こえないかの声音でポツリとつぶやいたと同時、リリアンナが布巾や、二人分の器が載ったトレイを両手で捧げ持ってくる。
「僕が持とう」
言ってリリアンナから荷物を取り上げるランディリックに、「でも、ランディ。それじゃ、私が行く意味が……」とリリアンナが不満そうな声を上げた。
ランディリックはそんなリリアンナに、「ナディエルが焼きたてのクッキーを食べて欲しそうにしていたぞ?」と言って、ついでのように「カイルのもあるらしい」と付け加える。
「それは取りに行かなきゃいけないわね」
「ああ」
「カイル、クッキーを持って帰ってくるから待っててね」
戸口へ佇むカイルへにっこり微笑むリリアンナを見ながら、ランディリックは胸の内にモヤモヤとしたものが込み上げるのを感じた。
***
雪を踏みしめながら屋敷へ向かう途中、ランディリックがふいに口を開いた。
「……リリー。さっき、カイルの着替えを手伝っていると言っていたね」
「え? ああ、うん。だって片腕が使えないんだもの。ボタンとか紐とか、一人じゃ大変でしょう?」
何気なく答えるリリアンナに、ランディリックの胸がひやりとした。
「……そうか。リリーは、本当に世話好きだな」
表情には柔らかな笑みを浮かべながらも、彼の声には僅かに硬さが混じっていた。
(触れているのか? ……カイルの身体に。いや……だが、ボタンや紐のことを言っているから服は羽織った後の話……だよな?)
小さな背中を横目に見ながら、胸の奥に冷たいものが広がっていくのを感じてしまう。
「なぁリリー。キミは……カイルの着替えを手伝っても……その、何も感じないのかな?」
「え?」
「あ、いや……、いい」
ランディリックが言葉を濁した途端、ハッと真意に気付いたみたいにリリアンナが慌てたように言い募ってくる。
「もう! カイルは服、ちゃんと着たあとにボタンとかだけ留めてるのよ!? 私だって……そんな恥ずかしいことできないもの!」
ある程度は自分で頑張ってもらっているのだと真っ赤な顔でこちらを見上げてくるリリアンナに、ランディリックは「そうか……」と答えながら、「もしどうしても難しい場合は外にいる兵士へ声を掛けるといい」と提案せずにはいられなかった。
幸い、今現在、厩舎の近くにはたくさんの兵士たちがいて、城壁の修繕作業をしている。
「分かった」
リリアンナが素直に頷いてくれたことに、ランディリックはホッと胸をなでおろした。――だがそれと同時。自分がこんなことで動揺していることに気が付いて、苦々しさに唇を噛まずにはいられなかった。
コメント
1件
ああ、着替えに反応してたのか💦