テラーノベル
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「じゃあ、また明日くるわね」
嬉しげに手を振って小屋を出てきたリリアンナに気付いたランディリックは、すぐさま彼女の傍へ歩み寄った。
頬を上気させた横顔は、夕刻の薄闇の中にあってもなお、昼間よりいっそう輝いて見える。
「……楽しかったようだね」
「もちろんよ! カイルといると色んなこと教えてもらえるもの!」
「……色んなこと?」
リリアンナの弾むような声音に、ランディリックの胸に冷たいざわめきが走る。
(まさか密室で……いかがわしいことじゃあるまいな?)
そんな彼の懸念をよそに、リリアンナはふふっと笑って続けた。
「ほら、今日ね、ナディにクッキーをもらって帰ったでしょう? あれあげたらカイルがすっごく喜んで」
「ああ……」
これ以上リリアンナの口から〝カイル〟という名を聞きたくない……。
どす黒い感情を言葉にしてぶつけられたらどんなにかいいだろう。だが、城主として……またリリアンナの後見人――養い親として、そんなこと言えようはずがない。
「私、知らなかったんだけどカイルって甘いものが好きみたいなの。それでね……」
ここで、普段ならば『リリーはどうなの?』と聞けるはずだが、今のランディリックは黙っているので精一杯。それでね、のあとに続く言葉を警戒して心がざわついた。
「カイルって馬のことよく知ってるでしょう? 今日はクッキーのお裾分けのお礼にたくさん馬のこと、教えてもらえて……本当勉強になったの!」
馬たちの名を上げながら、指折りその特徴を嬉し気に話すリリアンナを見て、ランディリックは知らずシラス強張らせていた肩の力が抜けていくのを感じた。
「……馬のこと、か」
安堵と共にそう吐き出したと同時、己の妄念を恥じずにはいられない。
(僕は……こんな幼い少女を相手に何を考えているんだ)
カイルだって自分より年若いとはいえ、立派な成人男性だ。彼の恋愛対象に、リリアンナのような女の子が入っているとは思えない。
そもそも彼女は――まだ初潮すら迎えていないのだ。
貴族にとって女性の初潮を家長が把握するのはとても重要なことだ。何より、初潮は女性が子孫を残せる状態になったという明確なサインだし、社交界デビューのために最低限必要な条件とされている。
デビュタントの出席者に名を連ねるということは、すなわちいつ嫁いでも問題なく子孫を残せる状態にあると他の貴族らに知らしめる意味も持っていた。
故にここイスグラン帝国では、年頃の娘を抱えている家では我が子に生理が来たら、王都へ報告する義務がある。
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