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「私、帰るの遅くなるかも。今から友達と遊んでくるから。もしその時は寝てていいからね」
「…………」
輝馬は妙に着飾った妹を見下ろした。
その後ろでは、上下寝巻のスウェット姿のままの凌空が、姉に見えないように口の端を引きつかせながら両手を広げている。
「ああ、わかった」
笑いをこらえながら輝馬がそう言うと、紫音は勝ち誇ったように顎を上げて微笑んだ。
「待ち合わせの時間だから行ってくるね。じゃあね、お兄ちゃん!」
いよいよ笑い出しそうな凌空が、キョロキョロとわざとらしく紫音と輝馬に視線を走らせる。
「あ、紫音」
気が付くと輝馬は、長い髪の毛を靡かせながら踵を返した紫音を呼び止めていた。
「?」
紫音がマスカラを塗りたくった目でこちらを振り返る。
「……あ……今日の髪型も、メイクも、ファッションも、全部、似合ってるよ」
その目が大きく開かれる。
そしてその脇では、彼女の目よりももっと大きな凌空が目を見開きながら、手で口を押えている。
「ありがとう!」
紫音は嬉しそうにバッグを肩にかけると、今度こそ玄関のドアを開けて外に出ていった。
「……プッハハハハハハ!!」
扉が閉まりきらないうちから凌空が笑い出す。
「兄貴、笑わせんなよ!全部似合ってるって?冗談だろ!あんなの小学生の学芸会のほうがまだマシだぜ?」
輝馬はダイニングテーブルの椅子に座ると、頬杖を突きながら、閉まった玄関ドアを見つめた。
「……だってさ、見てみたいじゃん」
「何を?」
輝馬の声に、凌空が顎を突き出す。
「おだてられた豚が木に登るとこ」
細い腹を抱え再び笑い出した弟を見ながら、輝馬は白い歯を見せて笑った。
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