テラーノベル
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彼女は、“空気を読む”のではなく、“空気を創る”側の人間だった。それは、玲那が沈むときに確信し、
茅野の記録を再確認したときに、仮説に変わった。
片倉結惟。
僕が最も注視している存在。
観察対象003。
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彼女はいつも、“感情”のようなものが薄かった。
泣きもせず、笑いもせず、怒りもしない。
周囲の誰かが傷ついても、気づかないふり。
…だが、それはただの無関心とは違った。
「必要ない感情を排除してるように見えた」とでも言えばいいか。
人間は普通、誰かに嫌われれば傷つく。
嫌な目に遭えば防衛する。
でも、結惟は違う。
自分が嫌われても構わない、と思っている顔だった。
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彼女が玲那を壊した手口は、完璧だった。
• 目立たぬ仕草で「集団の雰囲気」をコントロール
• 直接的な攻撃は一切せず、“無視”でも“悪口”でもない
• 空気だけで、ひとりの人間の社会的立場を削っていった
つまり、犯人不在のまま、誰かが壊れる。
その空気は、きっとあの時、茅野にも向けられていた。
けれど茅野は、“言葉にすることすらできなかった”。
気づいたときには、沈んでいた。
誰にも名前を呼ばれず、誰にも記憶されず。
…それこそが、結惟の最も“冷たく美しい技術”だった。
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僕はある日の放課後、廊下で彼女を見た。
窓の外を眺めて、じっと黙っていた。
声をかけようか迷った。
けれどそのとき、彼女がポツリと呟いたのが聞こえた。
「気づくのが遅い人は、壊れるのも早い」
その言葉に、背筋が粟立った。
まるで、僕が観察していることすら知っているかのように。
僕はそっとその場を離れた。
彼女と会話を交わすのは、もう少し“観察が進んでから”にしたかった。
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【観察対象003】片倉結惟(高2/女子)
状況:表面平穏/実質的空気支配者/目的不明
兆候:玲那崩壊の主犯と仮定/茅野失踪に関与濃厚
備考:
・感情反応に異常な“整合性”
・介入時期:未定(要注意)
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彼女は今、どこまで“空気”を使いこなしているのか。
なぜそこまで無感情なのか。
そして、どこへ向かっているのか。
――僕は、その答えを、ゆっくりと見届けるつもりだ。
この支配者が、崩壊するそのときまで。
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