【登場人物】
ツカサ(月翔): 名前を持たない少年。実直で静かな声。
乙女: 青い服をまとった神秘的な存在。澄んだ凛とした声。
〇 森の社・縁側(昼)
(風の音、遠くで鳴く鳥の声)
(竹ぼうきで板の間を掃く、規則正しい音が響いている)
ツカサ(モノローグ):その国には、古くからの決まりがあった。「名前を呼ばれなかった子どもは、森の社(やしろ)に仕えなければならない」……。僕はその役目をすることになり、毎日、社の掃除をしては帰ってくるという暮らしをしていた。
(掃き掃除の音が止まる)
ツカサ:……ふぅ。今日も終わり。
ツカサ(モノローグ):社には神さまの像も、祈りの道具もない。ただ木でできた部屋が、そこにひっそりとあるだけ。僕は戸を開けて風を通し、川で汲んできた水で床を拭く。それが終わると、決まってこうして縁側に座るんだ。
(ツカサ、縁側に腰を下ろす音)
ツカサ:……いい音だな。鳥の声も、木々のざわめきも……。
ツカサ(モノローグ):僕にとって、それが何よりの楽しみだった。
(環境音が次第に遠のき、静かな寝息が混じる)
〇 夢の中 〜 社の室内
(壁を叩く音。コン、コン、と続き、一箇所だけ「ポン」と響きが低い音に変わる)
ツカサ:(ハッと息を呑んで目を覚ます)……今のは、夢? 壁を叩いて、低い音のする場所を見つける夢……。
(立ち上がり、板の間を歩く足音。壁を叩き始める)
(コン、コン……ポン。)
ツカサ:……夢の通りだ。ここだけ音が違う。
(板をていねいに外す音。隙間を覗き込む)
ツカサ:古い……本? それに……(ほうきで中をガサガサとかく音。チャリン、と硬貨が散らばる)……お金だ。少しだけ、ある。
ツカサ(モノローグ):僕は町に戻ると、ガラクタ市場で一冊の辞書を買った。文字を読むのは得意じゃない。でも……。
ツカサ:(辞書をめくりながら)……これなら、僕にも読めるかもしれない。
〇 縁側(夕暮れ)
(ページをめくる音)
ツカサ:……『町の外の世界』。見たこともない動物。すごく大きな山。……へぇ、こんな世界があるのか。
ツカサ(モノローグ):掃除を終えると、僕は縁側に座ってゆっくりと本を読み進めた。そして、ついに最後のページに辿り着いたとき……僕は、あの日と同じように深い眠りに落ちていた。
〇 社の室内(夜)
(静寂。虫の音だけが聞こえている)
(ツカサ、目を覚まし、衣がはためく音に気づく)
ツカサ:……え?
乙女:ずっとここにいたよ。君が気づくのを待っていたんだ。
ツカサ:(息を呑む)……っ。青い、服……。貴女は、誰ですか?
乙女:この国の人々は心の色をなくし、わずかな彩(あざやかさ)を取り合っている。でも君は、本を読むことで、自分の中に輝きを見つけた。
(乙女、ツカサの辞書を手に取る。辞書が銀色の筆に変わる、キラキラとした幻想的な音)
乙女:おや、キミには名前が付いてないね。なら私が付けようか。
(筆が空を舞う音。ツカサの肌に模様が描かれていく)
乙女:キミは今日から銀のツバサを持った私の友だ。……名前は、「月翔(ツカサ)」にしよう。
ツカサ:ツカサ……。僕の名前。
乙女:(赤い布を差し出す音)さあ、これを。
ツカサ:あ……貴女の服とお揃いの色だ。
乙女:ふふ。……さあ、羽ばたいてごらん。
〇 社の外 〜 夜空
(夜風の音。ツカサが背中のツバサを意識する、光が溢れるような音)
ツカサ:……っ!
(銀のツバサが大きく広がり、力強く空を蹴る音)
ツカサ:浮いた……。ひと羽ばたきで、こんなに高く!
(夜風が勢いを増す)
乙女:町を見下ろしてごらん。
ツカサ:……きれいです。明かりが灯って、みんなの暮らしが揺れている。……きれいだけど、美しくはないですね。
乙女:そうだろう? 彩はわずかになってしまったからね。だから君には、私が見えるんだ。
(乙女、夜空の先を指さす)
乙女:このまま、どこへでも飛んでいけるよ。
ツカサ:……はい。どこまでも。
ツカサ(モノローグ):僕は彼女を背に乗せ、夜の向こうへ。僕たちは、町をあとにした。町から輝きが飛び去ったことに、人々はまだ気づいていない。
乙女:いつの日か、彼らが気づく時は来るよ。
ツカサ:それは、ツバサを持った「名前の有る僕」が、この町に帰ってきた時……になるのかもしれませんね。
(空へ遠ざかっていく二人の気配。風の音だけが残り、フェードアウト)






