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「しくじったな…」
横腹に激痛がはしる。
止血はいちをしているが、そこに触ればぐしゅりと濡れそぼっていた。
「…嫌だな…」
医務室に行くの。
あの、独特の匂いや雰囲気、白い空間が昔から苦手だ。
それにこの傷を見せたくない人がいるから。
「…報告は、後でいいかな…。ひと声だけでもかけとこうか…」
2ヶ月くらい潜入しそこで仕入れた情報は完璧に頭に入ってるし、ある程度口頭で伝えることもできるが、今はとりあえず声をかけて横になりたい。
この程度の傷ならよくできるし、縫うことくらいは自分でできる。
…治ったあとくらいにバレてよく怒られるが。
「はぁ…」
歩くのも億劫になりつつ、みんなでよく集まる部屋に差し掛かる。
中からは談笑する声がしていて、やっぱりここに集まるんだなと思っていた。
扉は開いており足を踏み入れようとした時だった、
「…トラゾーそろそろ戻ってくるかな」
「あれ?明後日あたりじゃなかったですっけ?」
「え?明日じゃなかった?」
ぺいんとには今日の昼前には戻るとバレないよう便りを出したはずだ。
そもそも、今日あたりには戻ってくるとは潜入する前にクロノアさんにも伝えている。
「……」
中に入ろうとしていた足が自然と止まる。
そして、そのまま身を隠すように壁に背を預けた。
「ま、そのうち帰ってくるだろ」
痛みと疲れで、思考がマイナスの方に傾いてる。
ぐるぐると頭が回らなくなってきて、みんなの話す声も曖昧になっていく。
「(いつもは、あんなの気にならねぇのに…)」
沈みそうになっている気をなんとか持ち上げようとしていた。
「……てか、トラゾーって何でもできるから1人でやってけそうだよな」
ふと、ぺいんとの声で遠退きかけていた意識が戻る。
そんなことない。
俺は1人じゃ何もできない。
みんながいるから、みんなの為に、みんなに危害がないよう単身敵地に潜り込むのに。
それだけが俺を突き動かしていたのに。
「まぁ、潜入して情報収集するくらいですし、何より戦闘力だってありますしね」
それはこの国の為、人の為、ぺいんとたちの為で。
自分の身を守れるのは自分しかいないから。
3人で乗り込む安心感は俺にはない。
バレて殺されるのではないかといつだって恐怖感と戦っているのに。
「人当たりもいいから、こう懐に潜るのも上手だし、演技もすごいしね」
そうでもしないと保つことができないから。
嘘をつくのは確かに得意だ。
演技もみんなより長けてると思う。
だけど、そうしなければ何もかも終わってしまうから。
ぺいんとたちも、俺自身も。
「っ…」
心臓あたりがきゅっと痛む。
あぁ、俺は傷付いているのか。
褒めて欲しいとも労って欲しいとも言わない。
でも何故かこの時は蔑ろにされた気がして、自分だけ疎外されてる気がした。
普段はそう思わないのに。
捕まった時に打たれた薬の影響か、やはり頭がおかしい。
大丈夫だと、遠ざけられた気がした。
それに傷付いてるのか、俺は。
「はは…ッ」
泣きはしない。
とっくの昔に泣き方は忘れた。
泣かないと誓った。
隙を作るから、決して弱いところは見せないよう。
全てに蓋をし自分の中で消化する。
じくりと痛む横腹をぎゅっと押さえて努めて明るい声で、さも今帰ってきたかのように振る舞いながら中に入る。
「、ただいまー」
声をかけると3人は猫のように飛び上がった。
「うわっ、びっくりした!」
「気配消しすぎでしょ!クロノアさんか!」
「流石の俺も驚くよ…」
それは話に夢中になってたからだろ、と言葉が喉元まで出かかった。
ぐっと堪え、それを理性で抑え込み飲み込む。
傷付けてはいけない、彼らを。
「いやー、ごめんごめん。癖になってるからさ」
自分の着ている服が濃い色のものでよかった。
見た目には気付かれないと思うから。
「もー、お前のそういうとこ……まぁ、とりあえずおかえり」
「ん、ただいま」
「今回は少し長かったですね」
「潜入先の人にえらく気に入られちゃって、…情は全くないけどずるずると?色々仕入れれたから結果オーライかな」
その分、逃げる時に色々痛い目にあったが。
じくじくと傷が、痛む。
きつく止血していた包帯が意味をなさないほどに痛み出した。
どうやら鎮痛剤が効れてしまったようだ。
ただ幸いにも血の匂いはクロノアさんにはバレてない。
しにがみさんにも。
「それで悪いんだけど、集めた情報またまとめとくからさ、今日はもう休ませてくれる?」
倒れそうになるのを必死で踏ん張って堪える。
痛むのは横腹だけではなかった。
ずきずきと痛んでいるのは、心だ。
「えぇ、いっつも軽い報告すんのに。お前疲れ知らずじゃん」
いつものダル絡みが今日は煩わしく感じてしまい、そう感じてしまっていることさえも嫌だった。
「いや、マジで疲れたからさ、今回…」
困った顔を作る。
「まぁまぁ、ぺいんとさん。トラゾーさんだって疲れますよ」
「そうだね、報告は明日でもいいよ」
「すみません…しにがみさん、クロノアさん」
その次には笑顔を作った。
ちゃんと笑えてるか。
表情は崩れていないか。
悟られるな。
決して勘づかせるな。
「では、おやすみなさい」
踵を返すと、あっと声が聞こえた。
「トラゾー、どっか怪我してる?血落ちてるけど」
「え?あ?」
自分が立っていた場所を見ると一滴血が落ちていた。
「…あー…ちょっとね、そんな深いものじゃないから大丈夫。自分でどうにかできるくらいなので。…だからそんな顔しないでください、しにがみさん」
「ホントに?大丈夫なんですか?簡単な処置くらいだったら…」
引き攣りそうになる口角を上げてにっこり笑って頷く。
「大丈夫。大丈夫ですから」
早くここから去らないと、別の何かを言ってしまいそうになる。
「…まぁ、トラゾー丈夫だもんな」
「なんかあったら言うんだよ」
「はい、ありがとうございます」
再び踵を返し部屋から出た。
ちらりと横目で3人を見ればもう俺のことは忘れたかのように別の話で盛り上がり始めていた。
「(どうでもいいんだな、俺のことなんて)」
思考がマイナス方向に振り切ってしまい、ダメな方に傾いている。
最低な奴だ。
俺は。
大切な仲間に、そんな思いを抱くなんて。
─────────
早足に自室に戻り、服を脱ぐ。
止血で何重にも巻いていた包帯は真っ赤に染まっている。
あちこちにつく傷跡。
薄くなったものやまだ色濃いものもある。
なんて醜い体なのだろうか。
「丈夫、ね」
3人に比べれば確かに丈夫だ。
けど、俺だって人間だし痛みもあれば血だって出る。
この傷跡を彼らに見せたことはないし、この先一生、見せる気もない。
「痛ッッ…」
べっとりと血が染みた服はもう使えない。
捨てるしかないと袋に入れゴミ箱に捨てる。
「思ったより、深いか…」
傷口からはじわじわと血が滲んでいた。
意を決して消毒液を傷にかける。
「ぅぐっ…!」
この痛みも慣れはしない。
この手当という事務作業のような動きには慣れたが、痛いものは痛かった。
机の中から消毒された縫合用の針と糸を出し傷口に添わせる。
ひとつ息を吐き布を口に咥え舌を噛まないようにし、傷口を縫っていく。
「ゔ…っ、ぐぅ…ッ」
生理的な涙はいくらでも出る。
体の痛みはどうしようもないから。
心の痛みは、感じないようにしてきたから。
ずっと昔に。
「は、ぁ゛…」
縫った傷口をもう一度消毒し、ガーゼを当てて包帯を横腹に巻いた。
先程の会話が頭を離れず、それを払うように頭を振る。
「ダメだ、別の何かしないと…」
疑念を振り払うため、仕入れた情報をまとめていく。
その間は横腹の痛みも、感じた疑念も、胸の痛みも忘れることができた。
どうにかまとめ、フッと息を吐く。
集中力が切れて再び痛みが戻ってきた。
「っっ、……一旦、横になる、か…」
ベッドに横になり目を閉じる。
何の為に、俺はこんなに、こんな目に。
やっぱり逃げる時に打たれた薬のせいだ。
こんなにマイナス方向に考えたこと今までない。
何度かそれらしい薬を飲まされたり打たれたことはあったが。
「……くそ、」
じくじく痛む傷口と胸。
ぼーっとし出す頭。
熱が出始めたのだろう。
痛む胸を誤魔化すように、傷口を強く押さえる。
じっとりとそこは濡れていた。
考え事をしながらしたせいで、縫合が甘かったようだった。
頭は熱でぼーっとしているのに手足の先から血の気が引き冷めていくような感覚がした。
暑いような寒いような変な感じだ。
「ねむ…」
今寝るのは得策ではないのは分かっている。
けど、全ての苦痛から逃れることができるのならと、泥のように重くなった俺は意識を手放した。