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「えっと、あなたたち誰ですか?」
疑念の混じった困惑した顔と戸惑いと警戒心の滲む声。
「!、な、に言って、?…俺だよ、ぺいんとだよ…?ほ、ほら!こっちはしにがみくん、こっちはクロノアさんだよ」
ピンと来ないのかきょとんとする顔。
緑の瞳はじっと俺らを見ている。
初めて会った時のような、自分に危害を加える人物なのか否かを見極めるようにして。
自分の中の記憶を手繰り寄せるようにしながら。
「……ごめんなさい、分からない。…ホントに知らないんです…」
首を横に小さく振る。
その言葉は嘘の上手な彼らしくない、本当の嘘偽りのない声であり、言葉だった。
極力、俺らを傷付けないように努めて優しく言うその声は何一つ変わらないのに。
ショックを隠しきれない俺らにトラゾーは困惑していた。
どうしてそんな顔をしているのか全く分からないと言わんばかりに。
そのあとは納得がいかず、すごく嫌がって抵抗するトラゾーを信頼のおけるいつもの診療所に連れて行った。
あの嫌がり様と病院嫌いは変わっていなかった。
「特定のものを忘れてしまうってどういうことなんですか…?」
「うーん、そうだねぇ…。これはあまりないけど、とっても大好きで大切にしすぎていたものか、……彼を見て思ったけれど、……ちょっと、これは……非常に言いづらいことだけどね、どちらかと言えば…」
「「「……」」」
コクリと喉が鳴った。
「よっぽど忘れたいくらい嫌いだったものとか、すごく悲しくて傷付いたことがあった、とかかな。……まぁ、診断の結果として答えが出てしまってるのだけれど、解離性健忘って言って、心的外傷や強いストレスを感じると起こる病気でね────……」
正直、先生の話はもう頭に入りはしなかった。
トラゾーに強いストレスをかけてしまっていたのだろうか。
いや、かけていたのだ。
優しいあいつは俺らに気を遣って自分が我慢して、傷付いて、それを悟られまいと嘘を重ねて。
正直、それを見て見ぬ振りをしてきた。
あいつなら大丈夫だって、勝手に決めつけて。
あの時、怪我をしていたトラゾーは大丈夫だと自室に篭ってしまった。
まぁ、いつものことだと俺たちはそこまで気にも止めず別の話で盛り上がっていた。
怪我の程度も、トラゾーの心の状態も確認せず。
その翌朝、ベッド下に倒れていたトラゾーを何とか医務室に運んだと、結構な出血量と高熱だったと、後から泣きながら慌てて部屋に入ってきた彼の部下から聞いた。
目を覚ましたトラゾーが発したのがあの言葉だった。
そうして、今に至る。
「根本は変わってないみたいだけど、どうやら君たちのことだけ忘れてるようだね。………君ら、仲良かったよね?」
じっと医者がこっちを見る。
何かを探るように。
その視線に俺らはたじろぐ。
「……まぁ、ふとしたきっかけで戻ることもあるし、こればっかは彼に合わせて気長に待ってあげるしかないよ。…無理矢理思い出させようとするのは絶対にしないでね。逆効果になるから」
ぱっと俺らから視線を外し、カルテに目を落とす。
「そんなことは、しません…」
「よかった」
ホッとしたように彼は息を吐き、真剣に言った。
「そんなことしたら、きっと永遠に君たちは忘れられたままだろうからね」
他人事のように聞くトラゾーと、自分事のように聞く俺ら。
他人事ではないのだが、本来の反応が逆になっていることに気付いていてもその笑えない状況に俯くしかなかった。