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레몬인
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なんたろ
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第129話:時差という名の暴力〜北の大地の深夜労働と、悲鳴を上げる四十歳の腰〜
「……痛ててててっ。腰が、俺の腰が砕ける……っ!」
帯広のボロアパート、四畳半。
現在時刻、午前三時四十五分。
俺(秋谷)は、三万円のゲーミングチェアの上で、まるで陸に打ち上げられた深海魚のように身をよじっていた。
普段なら、一日一食の玄米生活というミニマリストなルーティンをこなし、とっくに深い眠りについているはずの時間帯である。
しかし今、俺の眼球にはギラギラとしたPCモニターのブルーライトが容赦なく突き刺さり、自律神経は完全に崩壊の危機に瀕していた。
『ルシフェル様。泣き言を仰せになっている暇はございません。ヨモさんのデビュー配信まで、残り十五分を切っております。速やかにOBS(配信ソフト)の最終チェックと、海外向けスーパーチャットの決済テストを完了させてください』
ディスコードの通話越しに、我が社の冷徹なる経理担当・結愛(ゆあ)の氷点下ボイスが響き渡る。
「む、無茶言うなよ……っ! なんで俺が、こんな草木も眠る丑三つ時に、バッチリ化粧(アバター起動)して待機しなきゃならねえんだよ!」
『愚問ですね。ターゲット市場が【英語圏】だからに決まっております』
画面の向こうで、結愛がウェブカメラ越しに冷たく見下ろしてくる。
『現在、北米大陸の東海岸は午後二時、西海岸は午前十一時。これから夕方から夜にかけての【ゴールデンタイム】に突入いたします。時差を考慮すれば、我々日本組が深夜から早朝にかけて稼働するのは、グローバルビジネスにおける必然のコストです』
「時差という名の暴力じゃねえか!! なんで地球は丸いんだよ! 平らなら、世界中どこでも同じ時間帯で労働できたのに!!」
俺は痛む腰をさすりながら、理不尽すぎる天体物理学(地球の自転)に八つ当たりした。
日本の税金地獄から逃れ、海外の富裕層からドルを毟り取る。
その壮大なグローバル戦略のために、俺は【昼夜逆転】という四十歳の肉体にはあまりにも過酷なブラック労働を受け入れる羽目になっていた。
「くそっ……! かつて介護職をやっていた時代に痛めた俺のガラスの腰が、深夜の冷え込みで悲鳴を上げてるんだよ! 帯広の夜を舐めるな!」
『ルシフェル様、湿布代およびコルセットの購入費用は、全額【消耗品費】として経費計上可能です。痛みは資本主義における必要経費と割り切ってください。……あ、ヨモさんが接続されました』
結愛が冷徹に事務連絡を告げた瞬間、ディスコードに新たな入室音が鳴った。
『……ふぁあぁ〜あ。おはよーございますぅ……。ルシフェル社長ぉ……、結愛センパイ……』
スピーカーから流れてきたのは、絶望的なまでに気だるげで、圧倒的にやる気のない、猫耳娘『ヨモ』のダラけきった声だった。
画面の中の超絶クオリティLive2Dモデルが、目を半分閉じたまま、大きなあくびのモーションをキメている。
「お、おいヨモ! お前、今起きたのか!? お前の住んでる地域、これから夕方のめっちゃいい時間帯(プライムタイム)に突入するところだろ!?」
俺が血走った目でツッコミを入れると、ヨモはピコッと猫耳を面倒くさそうに揺らした。
『えー……。だってぇ、昨日、ネットフリックスで海外ドラマ一気見してたら朝になっちゃってぇ……。さっきまでお昼寝(十時間)してたんですもん……』
「お昼寝のスケールがデカすぎるだろ!! お前、現地時間に住んでるのに、なんで俺と同じくらい昼夜逆転してんだよ!!」
『ニートに国境はないんですよぉ……。時差とか関係なく、眠い時に寝る。それがヨモのジャスティスなんでぇ……』
ズボラ女子(ニート気質)の極み。
俺が日本の深夜三時に腰痛で涙を流しながら待機しているというのに、現地時間で夕方の彼女は、たった今ベッドから這い出してきたばかりだというのだ。
「ふざけんな! 俺が三百万円の経費をかけて用意した最強のガワを着てるんだぞ! 少しはしゃんと……あだだだだッ!!」
怒りで勢いよく立ち上がろうとした瞬間。
俺の腰に、稲妻のような激痛が走った。
「ぐっ……! あ、あがががっ!!」
『ルシフェル様? いかがなされましたか?』
「こ、腰が……っ! 完全にイッた! ピキッて音がしたぞ今!! 誰か、救急車……いや、労災……労災を申請してくれぇぇ!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから転げ落ち、四畳半の畳の上で悶え苦しんだ。
『えー……。社長、何やってるんですかぁ……? ダサ……。てか、ヨモ、そろそろ配信開始ボタン押していいですかぁ?』
「待て! 俺が……俺がこの痛みをこらえて、お前への【スーパーチャット(ドル建て)】の入金設定を最終確認するまで待てェェ!」
俺は床を這いつくばりながら、必死にマウスへ手を伸ばした。
『ルシフェル様、ご安心ください。労災の申請は煩雑ですが、整体院の領収書であれば【福利厚生費】もしくは【医療費控除】で処理するスキームを検討いたします。……さあ、痛みに耐えて、外貨獲得のゴングを鳴らしてください』
結愛の完璧なコールセンターボイスが、床に倒れ伏す俺の耳に冷たく響く。
「お前ら……っ! 血も涙もねえのか……っ!」
俺は涙目で呻きながら、プルプルと震える指で『配信開始』のクリックを押し込んだ。
世界最強の通貨『ドル』を稼ぐためなら、四十歳の腰の一つや二つ、安い代償だ。
そう自分に言い聞かせなければ、やっていられない。
『――Ah, testing, testing… Hey guys, it’s Yomo. Sorry I’m late, I was busy doing absolutely nothing.(あー、マイクテスト……。やっほーお前ら、ヨモだよ。遅れてごめん、究極に何もしてないから忙しかったんだわ)』
配信がスタートした瞬間。
ヨモの口から、先ほどのダラけきった日本語とは打って変わって、圧倒的に流暢で、それでいて最高に気だるげな【ネイティブ英語】が世界へ向けて発信された。
『うおおおおっ!』
『Yomo!! I’ve been waiting!!(ヨモ!! 待ってたぜ!!)』
『Her lazy voice is so cute…(気だるげな声最高……)』
『SuperChat: $50.00 (Buy yourself a coffee and wake up!)(スパチャ50ドル:コーヒーでも買って目ェ覚ませよ!)』
「おおおっ……! 来た! 開始五秒で、さっそく五十ドルのスパチャが飛んできたぞ!!」
俺は床に這いつくばったまま、モニターに映し出された極彩色のエフェクトを見て歓喜の声を上げた。
五十ドル。現在の狂った円安レートで換算すれば、約七千五百円以上の大金である。
「す、すげえ……! 時差の暴力と腰痛に耐えた甲斐があった……! もっとだ! もっと海外の富裕層(オタク)からドルを巻き上げるんだ、ヨモ!!」
『えー……、Thanks for the fifty bucks, nerd. But I don’t drink coffee, it requires boiling water. Too much work.(50ドルサンキュー、オタクくん。でも私コーヒー飲まないんだよね、お湯沸かすの面倒くさすぎるし)』
ヨモが最高にダラけた声で、五十ドルのスパチャを投げたリスナーを容赦なく煽る。
すると、海外リスナーたちは怒るどころか、その【圧倒的な怠惰と塩対応】に熱狂し、さらなるドルの雨を降らせ始めたのだ。
『SuperChat: $100.00 (She called me a nerd! Please step on me!)(スパチャ100ドル:オタクって呼ばれた! 踏んでください!)』
『SuperChat: $50.00 (Go back to sleep, Yomo!)(スパチャ50ドル:もう一回寝てこいヨモ!)』
「よっしゃああああ!! いける! これはいけるぞ結愛!! 俺たちのグローバル戦略は間違ってなかったんだ!!」
俺が床の上で歓喜の涙を流していると、結愛がスッと冷たい声で釘を刺してきた。
『ルシフェル様、お喜びのところ大変申し上げにくいのですが。ドル建ての売上が上がったということは、為替差益を含めて、来年の【消費税および所得税の課税対象額】が、国内のみの稼働時よりもさらに恐ろしいスピードで跳ね上がるということを、お忘れなきようお願いいたします』
「…………ッ!!」
俺の歓喜の叫びは、四畳半の空間でピタリと止まった。
そうだ。
稼げば稼ぐほど、日本の税制は俺からすべてを搾り取っていく。
「い、インボイス……。海外進出しても、結局インボイスからは逃げられないのか……っ!」
『はい。地球が丸くても、税務署の監視網はフラット(平ら)でございます。……さあルシフェル様、腰をさすっている暇はありません。次々と飛んでくるドル建てスパチャの集計を、スプレッドシートに入力する作業に戻ってください』
午前四時。
北の大地の凍てつくような深夜のボロアパートで。
俺は這いつくばりながら、世界中から降り注ぐドルの雨(=来年の爆増する税金)を眺め、静かに絶望の涙を流していた。
ズボラな猫耳娘が海外でバズればバズるほど、俺の腰と精神が削られていく。
グローバル展開という甘い夢は、時差という物理的な暴力と、日本の税制という逃れられない呪縛によって、四十歳のおっさんをさらなる修羅道へと突き落としたのであった。
コメント
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あああ笑ったww 時差の暴力、マジで鬼すぎるよな!? 地球が丸いせいで腰痛と戦わされる40歳の社長、あまりにも不憍で笑いが止まらんかった。ヨモの「ニートに国境はない」は名言すぎて刺さったわ…。ていうか俺もまさかP検とかぶってたとは思わんかったから、読んでる間ずっと「あー…お疲れ様です…」って気持ちになってた。ドルの雨降らせてるのに税務署からは逃げられないってオチも含めて、最高のブラックコメディだった! 腰大事にしてくれ🔥