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テイテス城は、一応城としての体裁を持ってはいるがアギエナ城とは比較にならない程こじんまりとしていた。規模感で言えば、ヴァレンタイン邸の屋敷に近い。
門を抜けると使用人達に案内され、チリー達は客間へ通された。
アルドはテイテス城にとっては大切な客人のようで、その関係者であるチリー達も丁重に扱われている。かぶったままのローブも、特に触れられない。
城内には華美な装飾はほとんどなかった。客間も最低限の調度品があるのみで、どれも高級品ではあったが必要最低限、と言った様子だ。
テーブルを囲んで五人でソファに座ると、丁度見計らったかのように使用人達がティーセットを持ってきて並べ始めた。
「二人共、フードは外していいぞ。城内にお前達をとらえようとする者はいないハズだ」
言われるがままに、チリーもミラルもフードを外す。使用人達も、チリーとミラルの素顔を見ても大して反応を示さなかった。
「テイテス王国は復興を最優先にしているからな。ちょいと殺風景なのは仕方ないんだ」
「民を思う立派な国家である証拠じゃないか。俺はどんな城よりも美しいと思うぞ!」
何故か誇らしげなシュエットの言葉に、アルドは笑みをこぼす。
そんなアルドに、チリーはすぐに視線を移す。
「随分と事情に通じてるな。元はテイテスの貴族か?」
「……いや? 元々俺はゲルビアの傭兵だったぞ。生まれもゲルビア」
「全然関係ねえじゃねえか」
ラウラの言う通り、やはりアルドは元々ゲルビア帝国の人間だったようだ。出身もゲルビアなら、現状に至るまでそれなりに紆余曲折あったのだろう。
「それでその……お父様はどうして無事だったの?」
ようやく、完全に落ち着きを取り戻したミラルが問う。
「結論から言うと、奇跡だな。エトラに襲撃されてお前を逃がした後、ペリドット邸は普通に滅茶苦茶壊された。俺が頑張って建てた屋敷なのに……」
途中でしゅんとなって肩を落とすアルドだったが、すぐに立て直して言葉を続ける。
「エトラとの戦闘で負傷していた俺は、屋敷が崩壊した時にそのまま死んだと思われたんだろう。あの変態仮面野郎は死体を確認しなかったってわけだ。使えねえよな」
当然と言えば当然なのだが、エトラには並々ならぬ怒りがあるらしい。言葉の節々に、今必要のない変な罵倒が混ざっている。
「……単純に、ミラルの方が重要だと気付いただけだろうがな。仮に賢者の石の在処を知らなかったとしても、最優先でミラルを捕らえる必要があると気付いたんだろうよ」
アルドがミラルを逃がしたことに、エトラはすぐに気付いていた。口を割らせるにしても、ある程度体力のあるアルドよりもミラルの方が簡単だと判断したのもあるかも知れない。
「エトラとの戦闘で足を負傷して、屋敷が崩れて屋根やら家財やらの下敷きになってたんだが……まあ辛うじて命に別状はなかった。ただ、おかげ様でもう激しい動きは出来んがな」
「えっ……?」
「足の感覚が鈍くなっている。お前達に追いつくのが遅くなった原因の一つだ。動けるようになるまでの期間はもちろんだが、馬にもロクに乗れなかったのでな……。遅くなってすまん」
「……ううん。謝らないで。こうして無事にもう一度会えたことの方が大切だから……」
申し訳無さそうに頭を下げるアルドにそう言って、ミラルはまた目頭を熱くさせる。
「……ありがとう。俺も、お前が無事で本当に安心した。こんな目に遭わせてしまってすまない……。出来ればお前には、エリニアシティで普通の少女として生きてほしかった」
ミラルは、賢者の石を制御する魔法遺産(オーパーツ)である、聖杯を体内に宿している。そして今は滅んでしまったテイテス王家の最後の血筋だ。どうしようもないくらい、生まれながらに運命が絡みついてしまっている。
だからこそ、アルドは彼女を普通の商家の娘として育てたかったのだ。過酷な運命から、なるべく遠ざけられるように。
「エトラは追ってこなかったか?」
「ぶちのめしといた」
「目も当てられないくらいズタズタにしたわよ」
口々にエトラの末路を語るチリーとシアを見て、アルドは一度ポカンと口を開ける。
「……ズタズタは流石にやり過ぎじゃね?」
「はぁ!? 喜びなさいよ! アンタの仇でしょうが!」
「殺すにしてももうちょっとこう……やり方があるというか……なぁ?」
やや引き気味の表情でアルドが同意を求めると、シュエットがうんうんと頷いた。
「ていうか殺してないわよ!」
「……あの人は今、ウヌム族の里で囚われているわ。聖杯の力で、エリクシアンとしての能力を奪ったから、もうただの人間よ」
ミラルがそう説明した瞬間、アルドは血相を変え、勢いよく机を叩きながら立ち上がった。
「また使ったのか!? 聖杯を!」
「……うん」
「魔力を吸い上げれば、お前自身がどうなるかわからないんだぞ!?」
「わかってる。だけど私、聖杯の力をこれからも使うつもりよ。……これが、誰かの助けになれるなら」
「お前……ッ!」
ミラルの覚悟は、もう既に決まっている。
聖杯の力は強力で、それ故に使い続ければ何が起こるのかわからないような代物だ。しかしそれでも、ミラルはその力を使うことを躊躇わない。
その覚悟を察してか、アルドは一度嘆息してからソファに座り直す。
「すまん、取り乱した」
「気にすることはない。娘がよくわからん力を使っているんだ、取り乱すのも無理はないさ」
「……ありがとう」
妙に親しげに言うシュエットに礼を言った後、アルドは一瞬考え込むような表情を見せる。しかしすぐに、意を決したかのように口を開いた。
「俺はミラルを実の娘のように思ってはいるが……本当は違う。俺とミラルは血が繋がっていない。ミラルの父は、テイテスの先代国王だ」
アルドの告げた真実に、驚いていたのはシュエットとシアだけだった。ミラルは複雑な表情をしてはいるが、やはりどこか予感があったのだろう。
ミラルの母が、テイテス王国の王女であるシルフィア・ロザリーナ・テイテスであったことは、ラウラの話で知っている。
ゲルビア帝国出身で元傭兵、そしてエリニアシティで商家をやっていたアルドとシルフィアではまるで身分が違う。なんとなく、予想はついていた。
数秒の沈黙が訪れる。しかしそれは、ドアを叩く音によって破られた。
「そのことについては、私からお話しましょう」
そう言いながら中に入ってきたのは、小柄で年老いた男性だった。
彼は中に入ってミラルの姿を見るやいなや、薄っすらと涙を流し始めた。
「……ミラル様……大きくなられて……」
老人はゆっくりとミラルに歩み寄り、愛おしそうに見つめる。
「あの、あなたは……」
「私の名はアグライ・ガル。代々テイテス王家に仕えてきた執事の一族です……。シルフィア殿下の付き人をさせていただいておりました」
「お母様の……?」
「……はい」
感極まってしまったアグライが、優しくミラルを抱きしめる。ミラルはそれをそっと受け入れて、アグライの胸の中に顔をうずめた。
「……覚えていませんが、なんだか懐かしい香りがします」
「ミラル様が幼い頃、お世話をさせていただいておりました。こうして無事に会えるとは……このアグライ、これ以上の幸福はございません」
ミラルは、物心がついた頃にはもうアルドと二人で暮らしていた。アグライといた時の記憶は全くない。
しかしそれでも、身体が覚えているのかも知れない。
アグライの腕に包まれると安心するし、懐かしい香りでそのまま眠ってしまいそうなくらいリラックス出来る。
「……失礼いたしました」
しばらくミラルを抱きしめていたアグライだったが、ハッとした顔でミラルを放し、全員に向かって一礼する。
「ミラル様のご両親は、この国の国王陛下と王妃殿下でございます」
そう告げて、アグライはゆっくりと事の経緯を語り始める。
三十年前、テイテス王国は一度赤き崩壊(レッドブレイクダウン)によって完全に崩壊した。
あらゆる建造物が砕け散り、そこに住んでいた民が命を落とす大惨事となってしまった。
「赤き崩壊が起きたあの日、国王陛下と王妃殿下、そして側近である私を含む数名はこの国を離れておりました。ですが決して、赤き崩壊そのものを予期していたわけではありませんでした」
当時から、ゲルビア帝国は不審な動きを見せていた。
各地で魔法遺産をかき集めたり、原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)の痕跡の残る場所を徹底的に調べ上げたりと水面下で行動を進めていたのだ。
当然、ゲルビア帝国はテイテス王国の内部も調査しようと試みていた。
それに対してテイテス王国はゲルビア帝国の不審な動きを察知し、彼らを国土内に立ち入らせまいと抗い続けていたのである。
「赤き崩壊が起きるあの日、諜報部隊からゲルビア帝国がテイテス王国に対する進行計画を立てている可能性がある、という報告があったのです」
「……そういうことか」
アグライの話を聞いて、チリーはあの日のことを鮮明に思い出す。
あの日、テイテス王国にはゲルビア帝国の兵士が入り込んでいた。ゲルビア帝国は元々、テイテス王国を侵攻するつもりだったのだ。テイテス王国に眠るいくつもの遺物――そして賢者の石を手に入れるために。
「そして赤き崩壊が起こったあと、陛下と王妃殿下はこの地に戻られ、そして――」
「私が生まれた……」
アグライの言葉の続きを、思わずミラルが呟く。
「その通りでございます。ですが、そのあとすぐに、お二人とも病で亡くなられたのです…………」
赤き崩壊後のテイテスは、ほとんど荒れ地と同じだった。
シルフィアは元々身体が弱く、出産による負担も大きかった。疲弊していた彼女には、病に勝つ術がなかったのだろう。
国王であるアレクサンダー・レイ・テイテスは、誰よりも先陣を切ってテイテス王国の復興に努めていた。我が身を省みずに働き続けていた彼もまた、最期には病に伏せてしまったのである。
アグライが二人が亡くなった経緯について語ると、部屋には重い沈黙が訪れた。
しかしすぐに、痺れを切らしたのかシアが口を開く。
「まあそこまではわかったわよ。でも、じゃあなんでそこのオッサンが預かることになったワケ?」
シアの言葉で、再び視線がアルドへ集中する。
ミラルが如何にして天涯孤独の身になったかはわかったが、それがどうしてゲルビア出身のアルドの元で育つことになったのかはまだわかっていない。
「よし、ここからは俺の話だな」
そう言って深呼吸をして、アルドは意を決したように全員に目を配る。
「俺は三十年前、ゲルビア兵としてこの地にいた」
アルドの言葉に、アグライを除く全員が息を呑んだ。