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てなことがあってから、その帰り道。
真帆さんから心ばかりのバイト代を頂いてからの帰宅中、道の向こう側からスーツ姿の男性がてくてくと歩いてくるのが見えた。
遠くからでも見覚えのあるその男性の顔に、わたしは思わず声をかける。
「こんにちは、また会いましたね」
「え? あぁ、キミは」
軽く眼を見張るそのお兄さんは、自転車配達員でありバーガーショップの店員であるあのお兄さんだった。
こうして連日会うとなると、まさかこのお兄さん、意図的にわたしに会うように調整しているのでは?
というバカげたことを考えながら、わたしは首を傾げてしまった。
「あれ? 今日はスーツ着てるんですね」
「あぁ、これ? こっちが本業。あっちは副業だよ」
「へぇ、すごいなぁ、そんなに働くなんて。わたしには死んでもできそうもないや」
お兄さんは軽く笑って見せてから、
「まぁ、今だけだよ。どうしてもお金が必要でね」
「そういえば、昨日もそんなこと言ってましたよね。色々お金が必要だって」
「あ、あぁ。まぁ、そうだね、色々ね」
それから少しばかり空を仰いでから、
「――実はさ、付き合ってる彼女にプロポーズしようと思っててさ」
「へ? プロポーズ? お兄さん、結婚するの?」
「するっていうか、申し込むっていうか、まぁ、付き合いだしてからそこそこ長いからね。ここらでそろそろ一緒になりたいなって、そう思ってるんだ」
「あぁ、だからお金が必要ってこと? 結婚するのに」
「そう、そういうこと。婚約指輪とか、結婚指輪とか、結婚式の資金もそうだし、なにより結婚を機に引っ越したいとも思っててさ。貯金もないわけじゃないんだけど、全然足らなくて。しかたがないから副業してプロポーズと結婚の資金を貯めてるところってわけ」
「そっか、大変だなぁ。彼女さんとは? ちゃんと会えてるの? バイトばっかでデートとかもできてなかったら、本末転倒じゃない?」
それに対して、お兄さんは苦笑しながら、
「確かに、最近はなかなかデートできてないかな。でもまぁ、彼女とはもう同棲してるから、毎日顔はあわせてるんだけどね」
「あ、そうなんだ」
「そう。って言っても、部屋もそんなに広くないしさ。結婚したら子供もできるだろうし、もう少し広い家にも引っ越したいなって思ってるんだ」
「へぇ、いつ結婚するつもりなんですか?」
するとお兄さんは苦笑しながら、
「いや、まだ何も決まってないんだ。全部の準備が整ってから、彼女にプロポーズして驚かせたくってさ。だから、副業のことも彼女には秘密にしてるんだよね」
「はは~ん? なるほどなるほど」
「今日もこれからバイトがあるんだ」
それからふと腕時計に視線をやって、少し慌てたように、
「あ、まずい、遅刻しちゃう! 急いでるから、またね!」
「あ、はい! お仕事、頑張ってくださいね!」
「うん、ありがとう!」
お兄さんはにっこり笑って口にすると、軽く手を振って小走りに去っていくのだった。