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「――完全に、忘れてたっ!」
煌びやかな会場、輝くシャンデリア! おいしそうなごちそうに、ワルツに、赤い絨毯に、上等な服!
何度か来たはずの皇宮は、まるで始めてくる空間のように新鮮に感じられた。そして、飾られたもの、陽のオーラを放ちまくるキラキラとした空間に自分はふさわしくないのではないかと委縮してしまう。せっかく着せてもらったこの日のためのオーダーメイドも、しわしわになってしまうほど、俺は部屋の隅で固まるしかなかった。
「忘れてたって、きただろ。パーティーに」
「いや、きたけど。きたけど、さあ! ゼロ、そういうことじゃないんだよ」
パーティー会場で叫ぶことはできず、小声でゼロにそういうと、変なやつだな、ときょとんとした顔で首を傾げられた。ゼロからしたら、いつも通りどこに行くにも護衛として、仕事をこなすだけのことなので、パーティーだろうが、山奥だろうがついてくるだろう。お金がそこに発生すれば。
だが、俺はこのパーティーには見覚えがあり、この小説のファーストシーンだったことを思い出して戦慄していた。
(このパーティーって、主人公が初めて参加するパーティーだったよな……!!)
少し前に、老執事にパーティーが近頃あるのでうんぬんかんぬんと説明を受けたが、どうせいつもの定例会だろうと聞き逃していた。実際は、俺の運命に関わるパーティーであり、ここで何かをした場合、幼馴染の本作攻めの王太子と仲が悪くなる可能性もあって、断罪へと近づいてしまう重要なパーティー。
ゼロとの距離を縮めることに集中していた俺は、大切なことを忘れていたのだ。
(確か主人公って、異界から召喚された異邦人で、実はすごい力を秘めていましたー的な感じで、男爵家に引き取られて、とかだったっけ)
召喚されて右も左もわからなかった主人公は、自分を召喚したやつらに襲われそうになったところ命からがらに逃げる。そして、逃げた先で心優しい男爵に出会って、屋敷に迎え入れられる。男爵は跡継ぎが生まれず後継者を探している最中だったとかで、すぐに彼を養子にした。もちろん、それは主人公の不思議なオーラだったり、魔力だったりに惹かれてのことだった。それで、異界から召喚された異邦人であることを男爵は知ることになるのだが、伝承にある奇跡をもたらす存在であると、国に報告しぜひとも一度会いたいみたいな感じで、このパーティーが開かれることになった。
ちなみに、もっというと、すでに王族との顔合わせはすんでおり、特別な存在だと認められたうえでの親睦を深めるパーティーらしい。しかし、まだ王太子――ジーク・ナイトフォールとは顔を合わせていない。このパーティーで、ジークが一目惚れするとかいう展開だった気がする。
(おぼろげすぎる~とにかく、関わらなければいいんだよな!)
「よし」
「何が良しなんだ、主」
「いいか、ゼロ。俺たちは壁だ。大人しくしていれば、何も起きない、巻き込まれない」
「主が、一度でもパーティーで大人しかったことはあったか? それに、なんだ、壁って」
「いいんだよ。そういうのは! とにかく、挨拶済ませたら帰るでいいよな」
「俺に、決定権はない。主の好きにすればいい」
ゼロは、大きなため息をついて会場を見渡した。どうやら、ゼロはこういう場が苦手らしく、今にも締めたネクタイを外したいと手がうずうずと動いている。
「何か食べてこればいいよ、ゼロ。俺は挨拶してくるし……まあ、俺が挨拶してもってところだけど。ああ、あと、きれいなご令嬢でもいたら、アタックしてきてもいいんじゃね? お前、顔はいいし」
じゃ、と俺は言ってゼロから離れる。
もしかしたら、ゼロにいい出会いがあるかもしれない。そのとき、俺が邪魔したら悪いと思ったのだ。
(その、真実の愛とか? 愛される人を見つけるとか……も、あるかもだしさ)
BL世界だからといって、必ずしも男性と付き合わなければならないという決まりはないし、女性だっているし。俺だって、きれいなご令嬢と結婚したいとかいう願望はあった。望みが薄いのは、モブ姦エンドが待っている、妹曰く受け体質だからだけど。
モブにハメられるくらいなら、一生独身でいいとは思うのだが。
人ごみをかき分けて進めば、すぐにもゼロの視線から逃れることができた。ゼロだって、ずっと俺ばかりを見ているわけじゃないし、それこそ、いい出会いを探そうと躍起になるかもしれない。そこから、癒しだったり、好きなものだったり見つければいいし。ゼロはもしかしたら人間としてまだまだ成長途中なのかもしれないと思った。
情緒がないわけではないのだが、起伏がないというか。すでに諦めているようなそんな生き方をしている。生まれたときから、嫌われていたのじゃ、そうなるかもしれないけれど。
(てか、俺、ゼロのこと考えすぎだろ。こんな、意識してるみたいな……)
断じてそういう意味ではないのだが、断じて。でも、前よりもずっと近くにいて、会話して、自慰まで手伝って、よしよしして。ゼロと関わる機会、触れ合う機会はここ数週間のうちに増えたのは事実だ。だから、自分から離れておいて、ゼロがいないということに少し不安感を覚えてしまう。
考えないようにしよう、いつも通りでいよう、そう自分に暗示をかけて俺は、知り合いの帰属に挨拶をしようと思った。だが、そのとき、視界の端に見慣れた金色を見つけて立ち止まる。
「ラーシェ?」
そう、俺の名前を読んだ声に聞き覚えもあった。と、同時に俺の身体は笑えるくらい過剰に反応する。まるで、敵意が内側から湧いて出てくるような、重苦しい劣等感が渦巻く。
「ジーク……王太子殿下」
「王太子殿下なんて、堅苦しい。これまで、ラーシェは、ジークと呼んでくれていただろう」
と、俺を見つけるなり、その黄金の彼はこちらに近寄ってきた。反射的に、身体が後ずさりして、指先が震える。
俺の目の前に来た彼は、このBL小説の攻めであり王太子ジーク・ナイトフォール。俺の幼馴染で、俺が今の性格になる原因を作った男。正義感と責任感が強く、そして優しくて剣の腕も立つ。頭もよく芸術の才能もある非の打ち所のない、スパダリ攻め。
切れ長のルビーの瞳は、俺の毒々しい赤とは違いツルッとしていて宝石のように輝いている。
「いや、まあ。いくら幼馴染っていっても、こういう場だからさ。王太子殿下で……俺も、そろそろいい年だし、意識を変えようと思ったんだよ。じー……殿下」
「ラーシェが……そうか。なんだか、寂しいものだな」
「寂しいか? 俺に絡まれなくなるんだから、光栄に思ってほしいところだけどさあ」
ああ、ダメだ、ダメダメ。また、悪役ムーブしていると、俺は心の中で反省する。
どうしても、ジークを前にすると刻み込まれた劣等感が暴走しそうになる。気を抜けば、口からは皮肉と暴言しか出ない。
ジークも困ったように眉を下げたが、納得したようにうなずいて「寂しいが、ラーシェが決めたのならしかたがない」と納得していた。波風立てたくないな、と俺は離れようと思ったが、その前にジークが口を開いたことにより、その場から動けなくなった。
「そういえば、ネルケの姿が見当たらないんだ。僕の分のワインをもらってくるといって走っていったっきり。見ていないか?」
「ええっと、ネルケ……って、ネルケ・トロイメライのこと?」
「ああ。さすが、ラーシェだ。よく知っているな」
感心したようにジークは言って、知らないか? と聞いてきた。
ネルケ・トロイメライとは、まさに俺が会いたくない主人公の名前である。すでに、ジークと接触しているところを見ると、今すぐにでもジークから離れたほうがいいなと頭の中で警告音が鳴る。だって、そいつは物語通りなら俺が恋してしまう男であって、こいつに惚れたばかりに破滅の道をたどるのだから。
ジークも、ネルケも俺にとって天敵。出会ったら危険な二人なのだ。
まあ、うまくいけば、俺がこいつらの恋を応援し成就させられれば、恋のキューピットとして断罪は避けられるかもしれないが。そもそも、手を出さなければいいのだし、かまう必要すらないが……
「知らないね。名前しか認知していないし。どういう子なのか、さっぱり……」
そう言いかけたところで、「ジーク様!」と、可愛らしい声が聞こえ、俺はそちらに視線をやる。
ワイングラスをもって、まだ馴染んでいない貴族らしい上品な服に身を包んだ、亜麻色髪の少年がこちらに走ってくる。彼は、ジークを見つけるなり駆け出してきて嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔にドクンと心臓が脈打った。まるで、恋に落ちたような感覚に襲われる。
(は……マジかよ。んな、物語通りにしなくてもいいって……)
これが恋なのか、一目惚れなのかと気味悪くなる。それが、俺が悪役としてこの二人の間に立ちふさがれといっているようで、吐き気さえする。
この胸の高鳴りというか、雷に打たれた感覚は、出会ってしまった破滅の原因に、ということであってほしいと願うばかりだった。
確かに、愛らしくて受けらしい体つきに、弱々しそうな見た目をしている。亜麻色の髪に、オーロラの瞳をした変わった容姿。儚げな笑顔に、小さな口と丸い瞳と、男だとわかる骨格だったとしても、かわいい! と、思ってしまう姿をしていた。笑うしぐさも愛らしい……
今まで長い時間勝手にライバル視してきたジークがこんなタイプを好きになるのか、と驚きもあり、物語を知っているため当然だなと思うところもあり複雑だったが、俺までそれに巻き込まないでほしいと思ってしまった。
「ネルケ。どこまでいっていたんだ」
「ちょっと、時間かかってしまいまして。でも、ほら、ジーク様の分のワインも」
と、ネルケはワイングラスをジークに渡したところで、俺のほうを見た。
ジッと、オーロラの瞳で見つめられ、胸がまた痛いくらいにはねる。
「貴方は……」
「……っ、俺は――」
「ラーシェ・クライゼル」
「は……?」
ジークには聞こえていないようだったが、俺は彼が口を動かし、俺の名前を言ったのを耳で拾っていた。
なぜ、初めてパーティーに出席するネルケが俺の名前を知っているのか、それも確証をもっていっているようなその眼は何なのか。まるで、俺のことを見透かしているように、彼は口を閉じると、瞳孔を鋭くし、俺を見つめては「悪役令息……」とまたしても意味不明なことをつぶやいたのだった。