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数日後、7月6日──…。
日曜日の今日は、尊さんとデートに来ていた。
ちょうど夜ご飯の時間になり、近場で見つけたサイゼリアを選んだ。
テーブル席に向かい合いながら、目の前の尊さんは大きな口を開けてライスを食べている。
その様子を眺めているだけで、俺の腹も満たされる気がした。
「あ、そういえば明日ってもう七夕ですよね」
ふと、季節の話題が浮かび上がった。
「ああ…確かにそうだな」
尊さんは一度スプーンの動きを止め、咀嚼しながら相槌を打つ。
低く落ち着いた声が心地よい。
「尊さんは子どもの頃とか、お願いごと書いてました?」
飾らない彼の過去を知りたくて、なんとなく訊いてみる。
尊さんはテーブルの中心に置かれたエスカルゴのオーブン焼きをスプーンで掬いながら
「あんま覚えてないけどな、それなりに書いてたと思うぞ」と返した。
熱いエスカルゴを頬張りながら、彼は遠い昔の記憶を辿っているようだ。
「どんなこと書いてたんですか?」
「普通におもちゃが欲しいとかだった気がするな」
当たり前だけど、尊さんにもそういう無邪気で可愛らしい子供時代があったんだと思うと微笑ましくなる。
今ではこんなに大人びて、格好良い人なのに。
「恋は?」
今度は尊さんが尋ねてくる。
その真っ直ぐな瞳に射抜かれて、思わずドキッとした。
「えっ!?あー…えーっと……」
自分の過去の願いを思い返すと急に恥ずかしくなる。
だって子どもの頃の願いなんて……今考えれば本当に取るに足らないことばかりだったから。
「……お小遣いが増えますようにとか…?夏休みが長くなりますようにとか、そんな感じでした」
我ながら子供っぽい願い事だと思いながら答える。
「はっ…馬鹿正直なお前らしいな」
尊さんが低く笑う。
「それ褒めてます?貶してます?」
「さあな?」
照れ隠しに口を尖らせると、尊さんがニヤリと口角を上げた。
その表情一つで、俺の心臓は跳ね上がる。
「今は?何か願いあるのか?」
急に訊かれて俺はピザを口に運ぶ手をを止めた。
薄いミラノ風ピザが、途中で宙ぶらりんになる。
今?
尊さんの瞳がまっすぐ俺を見る。
まるで、俺の心の中を覗き込もうとしているみたいに。
(尊さんとずっと一緒にいられますように…って言いたいけど)
そんなありきたりで、でも一番大事な当たり前のことを願うのもなんだかなぁ…
目の前にいる尊さんに直接言えばいい話だし。
「……えっと、健康でいられますように…とかですかね?」
つい無難な、建前めいた答えを出してしまった。
本当の気持ちを隠すように。
尊さんは何も言わず、一瞬だけ微かに眉を動かして見えた。
「確かに大事だな」
尊さんはそれ以上何も追及せず、淡々と食事を再開する。
チキンとサラダを交互に口に運ぶ横顔は、いつも通り冷静だ。
(……本当は……)
俺は目の前の茶碗をゆっくりと両手で包み込んだ。
温かい茶碗の温度が、手のひらにじわじわと伝わる。
(…尊さんと、ずっと一緒にいたい。この時間が、永遠に続けばいいのに)
でも、言葉にするのはやっぱり照れくさくて。
「夜空、綺麗ですね」
話題を変えるように、窓の外に目を向けた。
「ああ」
尊さんは窓越しに遠くの空を見やる。
薄雲がかかった午後の空はもう暗い
宵が近づいているとはいえ、まだ真の夜空には遠い時間だ。
「明日は、もっと綺麗な夜空が見えるかもな」
ポツリと言ったその言葉に、胸の奥がじんと温かくなった。
◆◇◆◇
食事を終えて定食屋を出ると、アスファルトの熱気が肌にまとわりつく。
昼間の太陽が地面に蓄えた熱が、夜になっても放出されている。
並んで歩く帰り道。
沈みかけた夕日の残光を浴びる尊さんの横顔を盗み見る。
その整った横顔に見惚れてしまう。
風が吹き、急に寒くなり、つい尊さんの袖を小さく握った。
体温が欲しかった、というよりは、ただ彼に触れたかったのかもしれない。
「どうした?」
不意の仕草に尊さんが振り向く。
俺の顔を覗き込むように、少しだけ屈む。
「いえ…寒くて」
言いかけたその時、尊さんの大きな手が俺の手を掴み返して来たかと思うと
そのまま有無を言わさぬ力強さで尊さんのコートのポケットに突っ込まれ、中で指が絡まる。
厚手のデニム生地越しに、彼の太ももの温もりが伝わってくる。
「これで暖かいだろ」
尊さんの耳元で囁くような低い声にドキリとする。
周囲の喧騒が遠ざかり、二人だけの世界になった気がした。
「はっ、はい…!」
ポケットの中で尊さんの体温が伝わってきて、その熱が俺の全身を駆け巡る。
心臓がトクトクと早鐘を打ち始めた。
ドクン、ドクンと、自分の鼓動がうるさく聞こえる。
寒かったはずなのに今はなぜか熱い。
顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
隣を歩く尊さんの足音を聞きながら思う。
(明日…一緒に星を見たい、こんな風に手を繋いで…二人だけで)
そんな思いが強くなり、尊さんに言葉をかける勇気を振り絞る。
今言わなければ、後悔する気がした。
「尊さん……明日の帰り…疲れてなかったら、その…ちょっと寄り道して、一緒に星でも見ませんか…?」
気を遣いすぎて遠回りになってしまった言葉。
もっと素直に誘えばいいのに、と自分に呆れる。
「そりゃ仕事したあとなんて疲れてるだろ」
尊さんのストレートな言葉に少ししゅんとする。
彼の視線は前方の街灯に向いている。
顔色を窺うことができない。
「そ、そうですよね…!すみませ──」
癖でまた謝りそうになった寸前
「だから、お前と星見てから帰った方が仕事の疲れが取れる」
尊さんが言葉を被せてきたので、俺はハッとして顔を上げた。
彼の表情は、相変わらずポーカーフェイスだったけれど、その言葉は優しさで溢れていた。
「恋も同じだろ?」
いつもの名前呼びに、再び心臓が高鳴る。
「…!はいっ……!」
俺は嬉しくて思わず握った手に力を込めた。
ポケットの中で、尊さんの指もそれに応えるように強く握り返してくれた。
明日の夜、どんな星空が待っているんだろう。
きっと、今日よりもずっと、綺麗に輝いているに違いない。
織姫と彦星みたいに年に一度じゃなくて
俺たちはほぼ毎日会える。
それでも欲が出て、願ってしまう。
この手をずっと繋いでいられますようにって。
そっと目を閉じれば
ポケットの中で絡んだ指先が、まるで「ずっと一緒だ」と語りかけてくれているように感じられて
俺は小さく頷きながら
尊さんの肩にそっと凭れかかった。