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「王子ぃ~、いけませんよ。こんなところに来ては」
背後から異様に緊張感のない声が響く。振り返ると、そこに立っていたのはエロモンド子爵だった。
子爵は白い立派なヒゲを触りつつ、困ったように眉を下げ、大げさなため息をつく。
「はあ……まったく。あなた様には好奇心という名の業がございますな」
「子爵よ、これは一体どういうつもりだ」
俺が一歩踏み出すと、子爵は両手を広げて笑った。
「ブラッドストーンの製造を、魔族から正式に依頼されたのです」
「魔族……?」
「ええ、『ゾルデム』を名乗る使者でした。あの石は強大な魔力を秘めておりますゆえ、どうやらエネルギー資源としての価値があるそうで。彼らは、この石を手土産に帝国と交渉したい、と」
「ゾルデムだと」
「その通りでございます。わたくしとしては、村の再建に莫大な援助金をいただいておりますので、協力しない理由はございません」
「金で品性を売ったのか」
「赤字領主には、金が何よりも信用に足るのです。理想では腹はふくれませぬ故」
エロモンドは飄々とした態度のまま語る。だがその言葉の奥に、冷酷な現実主義が透けて見える。
俺たちの視線が再び部屋の奥へ向く。巨大なカプセルの中、脈打つ不気味な眼球がギョロリとこちらを見ていた。
「あの、けったいな目玉は何だ? それにこのデーモンたちは」
「悪竜ニーズヘッグの瞳……と聞いております」
「バカな……! ニーズヘッグは魔竜戦争で滅びたはずだ!」
ヨハンナが声を荒げる。しかし、子爵は肩をすくめてみせた。
「わたくしも真偽のほどは分かりません。ただ、この目玉は生贄たちに絶えず痛みを与え、彼女たちが漏らす絶望の魔力を吸収し続けているのです。実はこの瞳最初来た時は、もっと小さかったのですよ」
カプセルの中の眼球が、またピクリと動いた。すると、チューブにつながれたデーモンたちが小さく呻き声をあげる。
「つまり、このデーモンは生贄か」
「その通りでございます」
「……手や足が欠損している者もいるな」
「あぁ、それは我々が切断いたしました。より深い絶望を抽出するためです」
「そんなことしたら死ぬだろ」
「はい。どのような生物も死の間際というのが、一番絶望いたしますので。とても良い純度のブラッドストーンが精製されるのですよ」
エロモンドはポケットから、一際真紅に輝くブラッドストーンを取り出す。
あの石が美しければ美しいほど、絶望が込められているということだ。
「しかも魔族の仲間が、今日のように奪還に来るのです。そいつらを捕まえて、限界を迎えた個体と交換する。そうして生贄を循環させております」
「お前は地獄に落ちるよ」
ナハトが低い声で呟くと子爵は首をすくめた。
「地獄とは金がないことでございます。……王子ぃ~、そのような恐ろしい顔をなさらないでください。何も違法なことをしているわけではございません」
「よくもそんな言葉が吐けたな。魔族をこうも苦しめておいて……」
「確かに、“倫理”の観点で語れば、後ろ指を指されるかもしれません。ですが、魔族は人ではありません。リガルドの法では、野良犬を殺したのと同レベルの罰しかないのです。これは本当ですよ」
そう、それがこの国の現実だ。
たとえ子爵のしていることがどれだけ非道であろうと、法的には処罰される見込みは極めて薄い。
「王子の趣味ではないものを見せたことを謝罪いたします。さあさ、今見たことは忘れて、お部屋に戻りましょう」
血に濡れた部屋で、子爵はピエロのようにおどけた笑みを浮かべる。
「なぁ、ナハト。魔族ってさ、ゾルデム派と、お前みたいに野良で生きてる奴らに分かれてるよな」
「うん、そうだね。地下に巣食ってるのがゾルデム。地上にいるのは、人間社会で暮らす一般の魔族だよ。ここのデーモンたちは、後者だよ」
「……ならば、リガルドに住まう魔族も、我が国民と変わらぬ」
俺は腰から聖剣を抜き、背中に背負った聖剣(盾)を左腕に構える。
「エロモンド子爵よ。今すぐ、ここに囚われた魔族を解放しろ。この要求に従わぬならば、余は王権に基づき、武力をもって行使する」
「帝国の法は私を許すと言っているのですよ? 失礼ですが、個人の主観でブラッドストーン作りをやめさせようとする、王子のお考えに賛同できかねます」
「法とは権力者を守るためにあるものではない。ルールの抜け道を利用して、魔族の命を搾取する貴様は邪悪だ。例え法や他の王族が許したとしても、余が許さん!」
剣の切っ先をエロモンドに向ける。
その宣告に、彼は肩をすくめ、大仰にため息をついた。
「左様でございますか……。できれば穏便に済ませたかったのですが」
次の瞬間、子爵の背後から、武装した村人たちが現れる。農具や簡易な槍を手に、無言のままこちらににじり寄る。
「王族に逆らうか?」
「実はですね、この村のことは既にイヤミル様がご存知なのですよ」
「兄上が?」
そうか、ここは兄上の支配地区だもんな。知らないわけがないか。
「イヤミル様より、ラウル様に対しては武力で抵抗して良いとお許しを得ています」
「ほんと終わってんな、兄上」
「お考え直し下さい、ラウル様。ブラッドストーンは危険な代物ではございますが、その魔力量は常識を超えております。人間に逆らう下等な魔族が減り、リガルドの魔力資源が増える。帝国のデメリットは一つもございませんよ」
俺は目を閉じ、深く息を吸い込む。そしてゆっくりと目を開いた。
「人とは、かくも醜いものか……。余は言ったはずだ。魔族であろうと、リガルドの地に生きる者は民として守ると。だが、民の命を食い物にし、己の私腹を肥やす貴様のような者は、許すわけにはいかぬ。貴様の罪は余が裁く」
ヨハンナとナハトが、音もなく俺の両隣に立つ。俺が言わずとも、ヨハンナは鉄拳を、ナハトは両腕に電流を纏わせ戦闘態勢へと入る。
コメント
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うわ……エロモンド子爵、まじで闇深すぎる。ブラッドストーンのために魔族を生贄にして、絶望の度合いで品質管理とか、ホラーだよ。“法の抜け道”を盾にして平然とやってるのがリアルでゾッとした。でもラウルが「法が許しても余は許さん」って聖剣抜いた瞬間、胸熱だった……! ヨハンナとナハトが無言で並ぶところも良き。続きが気になる展開すぎるよ、ありんすさん…😭💔
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宮毘羅
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