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「すごいわねぇ、魔女って本当にいたのねぇ」
真帆や榎先輩を交互に見やりながら、安恵さんは「ははぁ~」と感嘆の声を漏らした。
真帆は「えへへ」と満面の笑みを浮かべ、榎先輩は少しばかり戸惑った様子で苦笑している。
一方で井口先生はというと、口をへの字に曲げて、そんなふたりをジト目で見つめていた。
井口先生の制止を無視した真帆の行動に、苛立ちを覚えてしまっても無理はない。
安恵さんは真帆たちに何度も頷いて、
「そうねぇ、確かにあの八百比丘尼は魔女だったのかも知れないわねぇ」
納得したように、うんうんと頷いたのだった。
「色んな傷や病気を治していたのも、魔法の力ってことなのね」
「そうですそうです」と真帆も何度も頷いて、「きっとそういうことですよ!」
「……でも、その八百比丘尼?さんはどこへ行っちゃったんだろう」
う~んと考え込む榎先輩は、口を閉ざしている井口先生におずおずと、
「せ、先生はどう思う?」
「――さぁな」と井口先生は盛大なため息をひとつ吐き、「長年住んでいた土地やお世話になった一族のもとを自ら離れていったんだ。何か相当の理由があったんだろうさ、たぶんな」
「でも、八百比丘尼っていうくらいだから、かなり長生きなわけでしょ? 魔力の高い魔法使いに長命な人は多いってよく聞くけど、それだって限界があるだろうし、そこまで長生きしてたら有名になってるんじゃないの? 先生は聞いたことはない?」
すると井口先生は「そうだなぁ」とわしゃわしゃと頭を掻いて、
「さて、どうかね。俺だって全部を知ってるってわけじゃない。所詮は一介の平凡な魔法使いでしかないからな」
「少なくとも、私は聞いたことないですねぇ」
口を開いたのは真帆だった。
「どんなに長生きしても、二百年程度が限界って言われてませんでしたっけ」
「まぁ、そうだな」
「だとしたら、さすがにもう亡くなってるかも知れないってことかな。安恵さんの話を聞く限りだと」
「そうなると私は思いますけどね」
榎先輩の言葉に、真帆は唇に人指し指をあてながら、眉をひそめたのだった。
榎先輩は先ほど土の中から出てきたもの――水で土汚れを落としてみたところ、金属でできた何かの破片だった――を手のひらで転がしながら、
「――これも、その八百比丘尼の魔女が使ってたものなんだろうなぁ。いったい、何に使うものだったんだろう。魔力が残ってるってことは、魔法道具の何かだとは思うんだけど」
興味津々といった様子で、その破片を空にかざした。
そこでふと、井口先生は思い出したように、
「おい、榎」
「なに?」
「今はお前、大学でそういうの勉強してるんだよな?」
「そういうの? 別に魔法道具はやってないよ。知ってるでしょ? うちの大学に魔法使いはひとりもいないから、その手の話はできないし。趣味だよ、趣味」
「けど、少なくとも古い遺跡や文化を調査するのは好きだよな?」
「んん? まぁ、好きだけど……」
「大学に入ってみて、どうだった?」
「なんなの、急に。どうしたわけ?」
「ほら、そもそも今日だって、進学するか悩んでるシモハライを大学見学に連れて行かせたことがきっかけだったわけだろ。お前から見て、大学に行くことはどうだった? シモハライに何か助言できることくらいあるだろ。こいつ、いまだに大学行くか就職するか悩んでやがるんだよ、何か言ってやってくれ」
「えぇ? あたしから?」
そうだなぁ、と榎先輩は少しばかり考え込み、やがて僕に顔を向けて、
「――行かないよりは、行ったほうがいいんじゃないかなって、あたしは思うけどね。別に進学せずに就職することが悪いってことはないけど、少なくとも、シモハライくんは進学できるだけの能力はあるわけだしさ。あたしだって最初はどうしようか悩んでたけど、実際こうして大学に入学して色々勉強していくうちに、色んな事に興味が持てるようになっていってさ。気が付いたら大学で学んでることを利用しながら、趣味ではあるけど、古の魔法文化の研究に繋げてってるわけじゃん? シモハライくんが今何に興味あんのかあたしには解んないけどさ、もしかしたらこれからの人生で、大学で学んだことが何かの役に立つこともあるかもしれない。学ばないよりは学んでおいたほうがいいこと、この世にはたくさんあるでしょ? だから、その為にもあたしは進学して良かったなって思ってるし、シモハライくんにも進学することを勧めておくよ」
「……はい」
僕は頷き、あえて榎先輩たちから目を逸らせるように、縁側から居間の中に視線を流した。
それはこのあと、どう返事したら良いのかわからなくて、頭の中を整理するためにした行為だった。
いかにも数十年使い込んだ色合いの茶色い箪笥。掛け軸のかかったちょっと奥まったところの壁。扇風機、畳、大きな机、安恵さんの両親や祖父母、そしてご先祖様と思われる人たちの写真が収められた額縁が壁に掛けられていて――
「――あれ?」
僕はふと、壁にぶら下がるそれに気づいて首を傾げた。
それは細い竹ひごか何かで作られた輪っかに白い糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、五色の細い糸の束がその輪からぶら下がる形で取り付けられたような、どこかで見覚えのあるような代物だった。
「どうかした?」
榎先輩に訊ねられて、僕はそれを指さしながら、
「あれ、どっかで見たことあるような気がして」
どれ? とみんなが振り向く。
「あぁ、あれはね、昔からあるうちの魔除けよ」
安恵さんがそう教えてくれた。
「……魔除け」
それは以前、肥田木さん(と真帆)と一緒に行ったケーキ屋さんで店主の順子さんから頂いたお守りと、ほとんど同じ形のものだった。違うのは鳥の羽じゃなくて、五色の束ねられた糸がぶら下がっている点だろうか。
「へぇ、面白い。ドリームキャッチャーだ」
榎先輩が口にして、僕は首を傾げた。
「ドリームキャッチャー……あぁ、そうか」
なんだか見覚えがあると思ったら、そういうことか。確か、アメリカの少数民族に伝わっている悪霊とか悪夢除けのお守りだったはずだ。榎先輩に言われるまで、あんまり意識せずにただのアクセサリーって感じでもらったお守りを鞄からぶら下げていたけど、なるほど、あれもドリームキャッチャーだのか。
「どりぃむきゃっちゃー?」
安恵さんがたどたどしく口にする。
「魔除けのことですよ、魔除け」と榎先輩がそれに答える。「あの形のものをそう呼ぶんです」
「あら、そうなの。実はね、あれも八百比丘尼が作り方をうちの祖母に教えてくれたものなの。祖母が母に伝えて、母から私は教わって。そうして毎年作り直してあそこに飾っているの」
「へえ、そうなんですか……」
興味深そうに榎先輩は頷き、立ち上がるとそのぶら下がっているドリームキャッチャーのところまで歩み寄る。
「面白いなぁ。形はドリームキャッチャーなのに、ぶら下がっているのが緑、赤、黄、白、紫でちゃんと五色になってる。日本の文化と融合しちゃってるんだ」
「何個か小さいものも作ってるから、よかったら持って行く?」
「え、いいんですか? 嬉しいです!」
目を輝かせる榎先輩。
確かに榎先輩のこんな姿、昨年まではあまり見たことがなかった気がする。
大学に入って、本当に好きなものを、学びたいものを見つけ出した、そんな感じだ。
「あ、私も欲しいです!」
手を上げて立ち上がる真帆。
「いいわよ、ちょっと待っててね」
こちらに背を向ける安恵さんと、そんな安恵さんのところへ駆けていく真帆の背中を見つめながら、僕は小さくため息を吐いた。
「――井口先生」
「ん? なんだ?」
「僕、決めました」
「何を」
眉をひそめる先生に、僕は宣言した。
「先生の勧めてくれた大学、受けてみようと思います」