コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
-–
第四章 鍵のかかった遊園地
その遊園地は、あかりの家から電車を乗り継いで二時間ほどの場所にあった。
山あいにある小さなテーマパーク。営業はしていないけど、今は「撮影用のレンタルスペース」として貸し出されていることを、ネットで偶然見つけた。
「誰もいない遊園地で思いっきり遊ぶ」
これも、千早と一緒に書いたリストのひとつ。
「貸切って、観覧車独占して、バカな写真いっぱい撮るんだ~!」
千早はいつだって、大げさで、最高に楽しそうだった。
現実にはそんな貸切なんて無理だと思っていたけど、調べてみると意外に、叶えられることがある。
それでも、叶えてもいいのかどうか、わからなかった。
楽しいことをするたびに、胸の奥がきしむ。
けれど、今日はそれでも行くと決めた。
午前十時。
受付の建物で簡単な説明を受けて、ゲートをくぐる。
夏の陽射しに色褪せた看板、鳴らないスピーカー、止まったままのメリーゴーラウンド。
確かに、誰もいない遊園地だった。
「……静かだね」
風に揺れる観覧車の軋む音だけが、時間を刻んでいるようだった。
まるで、何年も前に止まってしまった時計の中に入ったみたい。
あかりは一人で歩いた。
ベンチに座り、ポップコーンの香りがした記憶を探すように、目を閉じる。
子どもだったころに来たことがあるような気がしたけど、はっきりとは思い出せなかった。
ふと、手にしていた千早のストラップを胸元で握る。
「ほら、千早。ここ、思いっきり遊んでいいって」
もちろん返事なんてない。
でも、想像の中で千早は目を輝かせて、「え、マジで?乗るしかないでしょ!」って叫んでいた。
あかりはゆっくりと、空になったメリーゴーラウンドの馬にまたがる。
動かない。音楽も流れない。でも、目を閉じれば——
風が吹く。
千早の笑い声が、耳の奥で響く。
「ほら、手ぇ上げなきゃ!そうしないと風が来ないんだよ!」
あの夏、ふたりで遊んだプール、夜のコンビニ、くだらない話で笑った帰り道。
ひとつひとつが、ゆっくりと胸に蘇る。
あかりは目を開ける。
風が吹き抜けて、止まった時間が、ほんの少しだけ動いた気がした。
小さな声で笑った。
「……楽しくないって言ったら、怒るかな」
風の音が、それに答えるように高くなった。
まるで、「ちゃんと遊びなよ」って背中を押されたみたいに。
あかりは観覧車の前に立ち、スタッフに頼んで一周だけ動かしてもらう。
頂上に着く頃、遠くの空に雲がほどけて、青が広がっていた。
誰もいない遊園地。でも、誰かがいるような気がしてならなかった。
帰る前、ベンチに座ってリストにそっとチェックをつける。
文字が、滲んでいた。
「あと、ふたつ」
そして、そのうちの一つは、夏の夜に待っている。
かき氷を食べながら、花火を見る。