テラーノベル
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…どこからか賑やかなアニメのメロディが鳴っているのが聞こえてきた。見ると…嶽丸の表情がサッと曇る。
「嶽丸先輩…会社からじゃないですか?」
背中を押されて追い出される一歩手前の由香が振り返った。
「あー…嫌な予感」
ピロピロ賑やかな音とダルそうな男はとても不釣り合いだけど、早く出た方がいいと思う。
私は嶽丸の携帯を拾って差し出してやった。
「んー…みゃーちゃんに手渡されると、僕ちゃん拒否できない…」
携帯を受け取って、逆の手で私を引っ張り、ソファに座って膝に私を乗っける。
「はい、黒崎」
私のウエストに腕を絡ませて着信をつなげば、その口ぶりと話から、相手はどうも会社の上司みたいだけど…
「えー…今いい女が膝に乗ってるから、無理っす」
膝の上にいるのは私…
後輩の前で悪びれもテレもしない嶽丸…呆れるけどちょっと清々しい。
でも電話の向こうの上司は、そんな嶽丸を笑い飛ばしてる…
そして結局、これから出社しなければならない案件ができたらしい。
「あー…参った。おいタコ仕事だ。ついてこいアホ」
「な…?!タコってなんですか?私は由香だって、さっきから何回も…」
「俺は美亜って名前しか覚えられないの。…おわかり?」
まだ何か言いたげな由香を無理やり玄関の外に追いやり、嶽丸はクローゼットを開ける。
「あーあ…入れたかったなあ…」
「ちょっと…!あの子に聞こえたらどうするのよ?!」
このどエロのバカチンがっ!と続けてやれば、嬉しそうな笑顔を向ける。
「怒られて嬉しい…」
玄関ドアの隣にある窓に、きっちり人影が映ってる。
由香が聞き耳を立てていてもおかしくない。
声をひそめて文句を言う私に、嶽丸はクスっと笑って言う。
「入れたいって、俺が何をどこに入れたいかわかってんの?」
ニヤニヤした顔が妖艶で困る。
「美亜の口にチョコを入れたいだけなのにぁ…」
「…っ!?」
顔を赤くして睨む私を横目に、嶽丸は黒い細身のスーツを身にまとい、携帯だけ持って玄関に向かった。
流れで何となく玄関までついていくと、革靴を履いてクルッと振り向いた。
…あ。髪があちこちピンピンハネてる…!
「嶽丸、髪…」
職業柄許せない私は、嶽丸の髪に手を伸ばす。
その手をパシっとつかんで、嶽丸は手の甲にキスをした。
「帰ったら直して」
たったそれだけのことで、ドキドキするなんて、私はどうしちゃったんだろ…
…………
「急なんだけどさぁ、このまま出張になっちまった…」
夕方になっても夜になっても嶽丸は帰ってこなくて。
ご飯はどうしようかと思っていたところで、携帯が嶽丸からの着信を告げた。
「そうなんだ、それじゃ…」
「鍵、しっかりかけて。火は使うなよ。花火とか、もってのほかだ」
「うちIHだし…花火だって、どこでするっていうのよ?」
「ベランダとか?あー…心配だ」
そんな嶽丸の声の合間に、ハッキリと女の子の声が聞こえた。
「嶽丸先輩行きますよ!」
…出張、由香と行くんだ。
その後、メッセージしてきた嶽丸。
出張は3日間の予定で、場所は大阪だという。
「火の元平気か?鍵は?写真撮って送れ」
意外なほど心配性…
「子供じゃないんだから平気なのに…」とつぶやきながら、子供扱いされるのがちょっと好きな私は、悪い気はしてない。
言われた通り、あちこち写真を撮って送る。
でも、すぐに既読はつかなった。
たったそれだけのことで…変なことを想像してる妄想力豊かな自分に呆れた。
3日間…そんなに長く、由香と2人でいるんだ。
仕事だとわかってても、変に胸が騒いで不愉快…
こういうの、嫌い。
不安…嫉妬…猜疑心…妄想。
恋をすると、今まで知らなかった自分に出会うというけど、私は今まで知らない自分に会ったことがない。
じゃあ、今までお付き合いしてきた人たちは何だったんだろうか。
好きだと思ったから付き合ったけど、思い返してみれば、強力なプッシュがあったからだと思う。
相手からグイグイ来られて、壁に追いやられて逃げ場をなくして、お付き合いしていたのかもしれない。
別れることになっても、泣いた記憶もない。
なのに嶽丸のことになると、怖いくらいに知らない自分がうようよ出てきて焦る。
すでに感じてる胸のモヤモヤは、過去に会ったことのないそれ。
今何してるのか知りたい…
どんなところに泊まってるの…
由香ちゃんというあの女の子に、また…全力で迫られてない?
どスケベな嶽丸が、そんな誘いを跳ね返せるの?
…1人で寝る夜って、こんなに不安だったっけ。
嶽丸の告白を受け取らなかったくせに、今になって強い孤独におののいてる。
1人が怖いのか…
嶽丸が由香ちゃんと一緒にいるから心騒ぐのか…
私はいったいどうしたいんだろう。
もう…自分の気持ちが、わからない。
結局…鍵を閉めた写真を送ったのにコンビニに行った。
冷蔵庫を覗けば、きれいにラッピングされたお肉やお魚があったけれど、残念ながら生だったから見ないふり。
「…あ〜あ。女子力ないなぁ」
コンビニで買ってきたパンと、冷えた白ワインと魚肉ソーセージ。
エコバッグにさえ入れないで持ち帰ったそれらを手に、生ぬるい風が吹くベランダに出る。
このマンションのベランダはわりと広くて、周りの目を気にするような建物も少ない。
だから引っ越してきた当時に小さなテーブルと椅子を出していて、嶽丸が来る前はよく、ここで飲んだり食べたりしていた。
嶽丸を誘わないのは、さすがに話し声がうるさいかも、という配慮だったけど…
「なんか…気持ちいいなぁ…」
帰ってきたら誘ってみようと思う。
夜空を仰いで、紺色の空に浮かぶ雲を眺めた。…
この空をたどれば、大阪につく…なんて、乙女なことを考えるアラサーは多分キモい。
夜空を流れる雲を追っていたら、テーブルに置いた携帯が光っていることに気づくのが送れた。
嶽丸かな…と、思いながら確認すると、忘れていたあの人からの着信で、私は少しだけ背筋を伸ばした。
コメント
3件
すごい!ウマ過ぎです😆
嶽丸最近 起立⤴️ 礼⤵️ ばっかりで 着席♐♡ 出来てないねー。 何がなのかはご想像にお任せしますw