「お姉様と朝から一緒にお散歩出来るなんて幸せです」
「ふぁあ……アンタ朝から元気に」
朝、私よりぐっすり眠っていたトワイライトを起こすか起こさないか迷っていると急に目を開けて朝日を浴びて開いた花のような笑顔を向けた彼女は、私が約束通り隣にいたのが嬉しかったのか朝一番に抱きついてきた。そうして、一緒に朝食をとり、落ち着いてから神殿に向かうことになった。
この距離なら護衛もいらないだろうと云うことで、私達は護衛なしで神殿に向かっている。聖女殿周辺の警備はばっちりだし、不審者がッはいる隙もないだろう。また、高度な防衛魔法が施されているらしく、簡単に魔道士でも侵入できないらしい。だから、こうして二人きりにも慣れるのだ。
「でも、よかったんでしょうか。私はまだここに来て数日ですし……」
「いいと思うけど。それに、二人きりの方がアンタも気が楽でしょ?」
「はい!勿論。お姉様と二人きりがよかったので!」
と、トワイライトはにこりと笑った。
本当に私のことが好きだなあと思いつつ、それが原因で私は誰かに刺されるんじゃないかと不安にもなってくる。人気者の妹を持つと大変だ。なんて漫画の台詞のようなものが浮かんできて私は思わず一人笑いしてしまった。
「まあ、アルバは悲しんでいたけどね」
「アルバ様、すごい必死でしたもんね」
「アンタもそう変わらないと思うけど」
アルバに神殿までだし護衛は大丈夫と言ったら、泣きついてきて絶対に着いていきますといったが、どうせ女神の庭園に入るし、魔法の練習もするからその間鍛錬でもしておいた方が有意義なのではないかと話したところ、彼女は苦々しい本当に苦虫をかみつぶしたよう表情を浮べ、とぼとぼと行ってしまった。そこまで強く言ったつもりはないし、あそこまで落ち込むとは思っていなかったため、アルバだけでも連れて行ってもいいんじゃないかなあと思った。だけど、そしたらトワイライトが何て言うか分からなかったし、彼女が鍛錬の時間を削ってまで私についてくる必要はないのではと思った結果がこれだった。
(……まあ、私についてきてサボっていたみたいに思われても嫌だし)
私の護衛になったことで、彼女の状況が変わったわけではないし、親が騎士団の団長だから優遇されているんだろうとかも言われているらしいから、彼女に少しでも悪い噂が立たないようにしたいのだ。距離を取ることが彼女にとっていいこととは思わないし、一緒にいたい気持ちもあるが、今まで通り鍛錬に撃ち込んで欲しいとおもう。
「そ、そういえば……アンタの護衛は、グランツは……何か言っていた?」
と、頭に浮かんだ亜麻色の髪の彼について私は尋ねてみた。
昨日よりかは、頭がスッキリしているので何を言われても素直に受け止められるだろうなあと何処か自信があった私は、トワイライトの言葉を待った。トワイライトは、口元に指を宛て思い出しながら口を開いた。
「いえ、とくには。気をつけて……とだけ」
「そう……相変わらずなんだ」
予想はしていたが、トワイライトの護衛騎士となったとはいえ、グランツはグランツだと思った。口数は少ないし、何を考えているかさっぱり分からない。それが彼だったから。トワイライトも慣れるまでは大変だろうなと思っていると、トワイライトは付け加えるように口を開く。
「グランツさんは、もしかしたら私を主人だと思っていないのかも知れません」
「どうしてそう思うの?」
「だって、彼の翡翠の瞳に映っているのは私じゃない気がするので」
と、トワイライトははにかんだ。
その言葉を聞いて、ドクンと胸が脈打って、私はまさか。と一瞬だけ思ってしまった。でも、今更戻ってくることはないだろうし、彼は賢い人だから、きっとトワイライトにそう思われていることを気付いたら直すのだろう。でも、思った以上に引きずっているのだと思った。
「でも、気にしてないので私は。私は、お姉様と二人でいられることが幸せですし」
「む、無理してない?」
「いいえ! 無理などしていません。私はお姉様一筋ですから!」
「そ、それもどうかと思うけど」
トワイライトは胸をはって大声で言った。
好かれるのは嬉しいが、ヒロインがそれでいいのかと思った。私が死にものぐるいであげてきた好感度を持っていかれるのもあれだけど、ヒロインが攻略キャラに興味を示さないと、物語が破綻するのではないかと。今考えても仕方がないので、私は見て見ぬフリをして、神殿の方へ向かった。
暫くして、あの白くて大きい神殿の入り口が見えてきたところで、私の足は止った。止めたという表現が正しいが、トワイライトはどうしたのかと私の顔を覗こうとした。しかし、それよりも先に、神殿の入り口で神官と話していた男性がこちらを向き、ハッとした表情を浮べた。純黒の髪をハーフアップにし、そのアメジストの瞳をこれでもかと言うぐらい大きく見開かせ、揺らしている男性は、口を開閉するばかりで言葉が出てこない様子だった。
「ブライト……」
私が彼の名前を口にすれば、彼は浮かない顔をしながらぺこりと頭を下げた。
矢っ張り、気まずいなあと思いつつそれを表に出すわけにはいかないと私は無理矢理笑顔を作った。ここに来て作り笑みに磨きがかかった気がする。
「久しぶり、ブライト。元気にしてた?」
「……っ、久しぶりです。エトワール様」
と、彼は私がトワイライトから聞いた言葉を含ませて言ってやると、それに気づいたように一瞬だけ、眉を動かし、それからいつもの柔らかい笑みを貼り付けた。グランツは無表情だけど、ブライトはいつも微笑んでいるから彼も彼で何を考えているか分からない。ただ、私が作り笑顔が上手くなっていくことに、彼の笑顔の裏には何か隠されているんだろうなと言うのが見えた。
まあ、それを彼は言う気も無いだろうし、私も探る気は無い。でも、この間の事があって、少し気になってはいる。弟が大好きだと思っていたけれど、どうやら違うようだし、兄弟間に何かあるんだろうと。兄弟仲に問題があるのはブライトだけじゃないけれど。
にこりと微笑んでいたブライトは私の後ろに隠れていたトワイライトにも頭を下げ、彼女に笑みを作っていた。後ろにいたトワイライトはぎこちない笑顔で挨拶を返していたが、何故だか私の後ろから出てこない。
「如何したの? トワイライト」
「え、いえ……」
「もしかして、ブライトに一目惚れしちゃったとか?」
冗談のつもりで言ったのだが、トワイライトは全力で首を横に振って違います。と私の腕を強く掴んできた。その表情から本気が伺え私は失言をしてしまったのではないかとさえ、思ってしまう。
「違います! 言ったじゃないですか、私は、お姉様一筋だって!」
「と、トワイライト落ち着いて」
と、私は彼女を宥めたが、何故かトワイライトは拗ねてしまったようで扱いが難しい妹だなあ何て思っていると、ブライトがふわりと微笑みかけてきた。久しぶりに見た、彼の笑顔に私は少しの期待をしてしまう。だが、その期待もすぐに打ち壊されることになった。
「もう、仲がよくなったんですね。さすがトワイライト様です」
「……え」
ブライトの言葉を受けて衝撃が走ったのを後から感じた。私に微笑みかけてくれていたと思ったが、トワイライトに向けての笑顔だったのだ。少しでも、自分に向けられているのでは? と自惚れた自分が恥ずかしい。
私は、拗ねてしまったトワイライトと、トワイライトを見ているブライトに挟まれて言葉に出来ない感情がわき上がってくるのを感じた。身体の中を這いずり回るようなそれこそ、虫が私の身体を這いずり回っているようなそんな気持ち悪い感覚に。
(そっか、ブライトもトワイライトの方がいいんだ)
彼だって、喧嘩別れした偽物聖女より本物の聖女の方がいいに決まっている。だって、彼はいずれ帝国の魔道騎士団をつぐ男で聖女に関する書物を読んできているから、本物の聖女と此の世界を救う為に動くはずだし。
また、自分の中にマイナスの感情が渦巻きだしたことで、私はこのままじゃいけないと取り敢えず、トワイライトの機嫌を取ることにした。
「ごめん、ちょっと恥ずかしくて。好きって言ってもらうえるの嬉しいけど、その人前で言われるのが……」
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい……でも、皆さんにも私がお姉様のこと好きだって知ってもらいたいです!」
と、話を聞いていたか聞いていなかった分からないような返事をしてトワイライトは、何とか機嫌を直してくれたようだった。
それから、私の後ろから出てきて、ブライトにもう一度頭を下げる。
「昨日はありがとうございました。分からないことも色々教えて下さって。ブライト様の教え方が上手で」
「いえ、トワイライト様の飲み込みが早いからですよ。僕の説明なんていらないぐらいに」
そう、二人で楽しそうに話すのを見て、私は遠くからそれを眺めるしかなく、私の入る隙などなかった。ズキンと胸が痛んだのは気のせいじゃないだろう。
(ダメだな……凄くモヤモヤする)
ギュッと胸の前で拳を握って、私は黒い感情を抑えながら彼らをただただ見つめていた。
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