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──日が傾き始めた頃、ミューゼとネフテリアは扉を蹴り飛ばし、大慌てで厨房の奥へと駆け込んでいく。
「ぅおかあぁさまぁぁぁぁぁ!!」
「なんですか、騒々しい。今パフィちゃんに夕食を1品作っていただけているんですよ」
「いやだから、そのパフィちゃんというのはやっぱり変なのよ」
「母親がサンディちゃんなのだから、娘の貴女もパフィちゃんと呼ばなければ、双方に失礼でしょう?」
「いやいや……」
扉が壊れている事も、王女がはしたないレベルで城内を走っている事も、なにやら慌てている事も、全てスルー状態で和やかに話をしている王妃フレアとパフィ。
その間に、ミューゼとネフテリアの2人は息を整えている。
改めて2人の様子を見て、パフィがある事に気が付いた。
「あれ? アリエッタはどうしたのよ?」
ミューゼと一緒にいる筈の、アリエッタがいない。
すぐに息を少し整えたミューゼが、パフィに縋り付いて告げた。
「アリエッタが攫われたの!」
──同時刻、別の場所にて。
「ククッ……まさかこのような子供を連れてくるとはな。どうやら神は我を見放さないらしい」
暗闇の中を歩く男の腕の中では、ドレス姿のアリエッタが眠っている。
「これで…我が望みが叶う! もう誰にも止める事など出来んのだ! はははは!」
その人物は、高笑いを上げながら、誰もいない通路の奥にある扉の中へと入っていったのだった──
──時は少し遡り、昼過ぎの王女の部屋。
王と王妃、そして王妃に連れ去られたパフィと別行動をとる事にしたミューゼ、ピアーニャ、ネフテリアの3人は、抜け殻状態になっているアリエッタを連れて、王女の部屋で昼食を食べ終えたのだった。
抜け殻状態であっても、人並みの行動は出来るアリエッタは、ミューゼとネフテリアの2人によって、料理を食べさせてもらっていた。もちろん2人は嬉しそうに世話をしていた。
「はぁ~♡ なんでこんなに可愛いのぉ。世話してるこっちが骨抜きになっちゃうなんて」
「その気持ちはよぉ~っく分かります。だけど、これで意識があったら、少し恥ずかしそうにしたり、お返しに食べさせてくれたりもするんですよ」
「なにそれ想像しただけでヤバイ……」
どの様に想像したのか、だらしない顔で悶えるネフテリア。
そんな2人の会話を、ピアーニャが少し離れた所で、呆れながら眺めていた。
「おまえらセワするのはいいがな、いーかげんフッカツさせてやれ」
「だって…どうやればいいのか分からないし」
「いや、わからんのはしってるから、なんでもイイから、あきらめずにやってみろ……」
行動をする前から諦めているミューゼ。呆れながら指示を出すピアーニャだが、着せ替えで心が折れてしまったアリエッタを元に戻す方法など、もちろん誰も知らない。
「う~ん……ごはん食べさせてもダメ、着替えはもってのほか。前の時は一度寝たら治ったのよね」
「じゃあお昼寝にする?」
「それでもいいけど、さっき魔動機の中で寝てたから……」
ミューゼの言う通り、アリエッタはボーっとしているようで、目がしっかり開いている。起きたまま気絶している状態なのだ。アリエッタの名を呼んで、食べ物を見せると、ちゃんと口を開けるという反応もしている。
「いーかげんもどさないと、ニンギョウみたいで、しょうじきブキミだ」
この世界にも人形は存在している。美術面は発展していない為、人にそっくりな物はかなり珍しい。ピアーニャ達にとってアリエッタの容姿は、最高級の人形よりも整った顔立ちで、そして今はドレスを着せられている。表情が全く無い今、知らない人が見たら、造り物だと思われても無理はないと感じていた。
「む~……こんなに可愛いのに」
「それじゃあ何か刺激があれば良いのかな?」
ネフテリアが提案したのは、いわゆるショック療法。だからと言って、実際に物理的な衝撃を与えたりするような乱暴な行動はしない。目を開けて正面を見ているなら何かを見せれば良いし、喜ばせたり落ち着かせたりするのも一種の刺激なのである。
「例えば昔の物語にはね、魔法で魂を封印された美しいお姫様を目覚めさせるために、王子様がキスをするというのがあるの」
「なるほど。つまりあたしが愛を込めてアリエッタにキスを──」
「なんでそうなるの!? わたくしはアリエッタちゃんの美貌にふさわしい男の子を選んであげようと……」
「それはあたしとパフィが許可しません」
「えぇ……」
こうして、王子様のキス作戦は、提案した時点で失敗に終わった。
「なんでもいいから、はやくしてやれ……」
一旦考えるよりも行動で試してみる事にした2人は、アリエッタを撫でたり、声をかけて反応を見たりするが、まったく変化が無い。ネフテリアが再度作戦を考え始める。
「アリエッタちゃんが好きなのって何か無いの?」
「好きな事は……絵を描く事ですね」
「そういえば凄く上手だものね。朝見せてもらった絵なんか、この部屋に飾りたいくらいだもの」
アリエッタは夜にネフテリアの潰れた時の絵を描いてスッキリした後、途中まで描いていた絵をしっかり描き上げていた。
それはエインデルブルグの公園の風景画だった。地面には緑、そして大きな建物。そして空には浮遊する沢山の物。アリエッタが幻想的だと思い、心に残った光景を、夜のうちに完成させたのだった。集中したアリエッタの描画スピードは、かなり早かった。
「ほら~アリエッタ~。紙だよ~」
試しにと、紙を見せるが反応は無い。
「う~ん……今は気分じゃないのかな?」
「ほかには…アリエッタがおどろくような、あたらしいシゲキはないのか?」
「また難しい事を」
「そういえば、あたしが魔法を使った時とか、よく嬉しそうにしてたような……」
「それだ」
「えっ?」
前世から魔法に幻想を抱いていたアリエッタは、ミューゼの魔法を見るのが楽しみの1つになっていた。その気持ちは、ファナリア人ではないピアーニャも理解出来る。魔法を当たり前とするミューゼとネフテリアは、そういうものかと相槌を打つことしか出来なかった。
「それじゃあ魔法を見せてあげればいいのね」
ここは王女の部屋という事で、王女が安全な魔法を見せる事にした。
そして……
「…………ぅわぁ~」(凄い凄い! 綺麗! 花火みたい!)
「あっ反応した」
1回目であっさりアリエッタの意識が戻った。
ネフテリアが見せた魔法は、光の魔法。空中に様々な色の光の球を浮かべ、弾けさせてはまた産み出すだけの、日常や子供向けの安全な魔法だった。
「なんつーか……きゅうにエガオになったな」
「どうしよう、このキラキラした笑顔。ちょっとクセになりそう」
一瞬ネフテリアがまた変な事言い出した…と思ったピアーニャだったが、羨望の眼差しを向けられて喜ぶのは普通だと考え直し、スルーした。
(ん? あれ? ここドコだ? たしか車みたいなのに乗って移動して……もしかしてずっと寝てた?)
喜んだ直後に我に返り、現状を把握しようとするが、王城で目覚めてすぐにメイド達に着せ替えさせられた記憶は、無くなっていた。
「うーんそっかぁ…魔法かぁ」(ここまでアリエッタが喜ぶなら、もっと色々魔法覚えて見せてあげようかな?)
これまでは日常で当たり前の物として使って、なんとなくアリエッタが嬉しそうにしているなと思っていたミューゼだったが、アリエッタの為なら新たに勉強と練習をするのも悪くないと思い始めている。基礎的な知識は一通りあるが、家にある小さな菜園が好きなミューゼは、水と植物に関わる魔法以外はそれほど得意ではなかった。そして無難な仕事が出来る為、特に困ってもいなかった。
だが、魔法を見せてあげたらアリエッタが喜ぶ。その結論に動き出そうとするのは、ミューゼだけではない。
「よーし、そういう事なら、魔法の訓練所に行きましょう! あそこなら兵士達がいつも魔法を使っているわ!」
「えっ?」
急な提案に、ミューゼが狼狽える。
ピアーニャの方は、どうせやる事がないからと、既に付き合う気で立ち上がっている。
「みゅーぜ……」(ここはドコ? なんでこんな綺麗な服きてるの?)
「ほら、アリエッタちゃんも魔法見たそうにしてるし、決まりですね!」
困った顔でミューゼを見上げるアリエッタの顔を見て、都合の良い解釈をするネフテリア。もちろん不正解だが、ミューゼにも断る理由が無く、アリエッタが喜ぶなら良いかと思い、大人しくついていく事にした。
(魔法の訓練所か……これから勉強するなら、いいきっかけかもしれないなぁ)
アリエッタの為に魔法のバリエーションを増やす。そんな目標が出来たミューゼは、密かにやる気を出し始めたのだった。