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エインデル城のキッチンにて……
「みんなー! 昼食の準備からお片付けまでご苦労様なのよー!」
『うおおおおぉぉぉぉ!!』
派手で可愛い衣装を着たパフィが、キッチンの中央に設けられた低いステージに立ち、笑顔を振りまいている。
そんなパフィを中心に、料理人達が集まり、包丁やお玉を振り上げて雄たけびを上げていた。主に若くない層を中心に激しく熱狂している。
「これから一休みして、また夕方まで頑張るのよっ☆」
『はぁぁぁぁぁい!!』
『パフィ! パフィ! パフィ! パフィ! パフィ!』
パフィが大きく手を振ると、それに合わせてパフィコールがキッチンから漏れ出る程に響き渡る。外では兵士とメイドが驚き、何事かと覗き込んでは混乱していた。
「あはは~☆」(あははは……私は一体なにをやっているのよ……?)
笑顔の裏で自問自答をするパフィ。そしてその笑顔を、離れた場所から王妃が自信満々な笑顔で見守っていた。
(これで……サンディちゃんの娘はわたくしが育てたも同然! んふふ♡)
エインデル城には、当時『食天使サンディちゃん』に胃袋を掴まれた若者は少なくなかった。その時子供だった大人達は、甘酸っぱい思い出を20年以上胸に秘め、その娘であるパフィが大人の姿で現れた事に戸惑い、喜び、そして秘めた想いを違う形で爆発させていた。
そんな大人達を見て若い衆は戸惑っているが、後に食天使の伝説を聞かされ、王城の大規模な失恋事件に苦笑するしかなかった。そしてキッチンの若い男達に、『パフィを口説く事に成功すれば一人前』という、料理とは関係の無い課題が課せられる事になるのだった。
(ミューゼどこいったのよ~……助けてほしいのよ……)
パフィコールが止まらない中、パフィは心の中で助けを求めるが、王妃はまだまだパフィを開放する気など無いのだった。
所変わって城内の廊下。
ネフテリアの案内で魔法訓練所に向かうミューゼ達3人は、パフィの事を思い出すよりも、復活したアリエッタの興味の話題で盛り上がっている。
「絵と魔法しかまだ興味が無いというよりも、やっぱり知らない事が多過ぎるのが問題だと思うのよね。これまでの環境のせいもあるから、仕方ないんだけど」
「これから、いろいろみせてやればイイだろう。ぐうぜんアリエッタのてがかりも、みつかるかもしれんしな」
(どこ向かってるんだろ? というか、なんか大きい建物だなぁ……綺麗だし。ミューゼも綺麗な服着てるし、ここってもしかしてお城で、ミューゼは実はお姫様っていう展開だったりして? どうしよう……あわわ)
アリエッタは、ネフテリアが本物の王女だという事を知らない。目の前で話していても、知る事すら出来ない。そもそも第一印象が本棚の裏で潰れた人の為、状況や説明が通じてもその答えに導かれるとは限らない。森から連れ出してくれたミューゼとパフィが、アリエッタにとって王子様ポジションになっているせいもあり、『王女』という単語と意味を知るまでは、名誉挽回のチャンスが訪れる可能性すら限りなく低いのだった。
そんなアリエッタの中では不憫な状態になっているネフテリアは、アリエッタの為に提案した魔法訓練所の扉を開ける。
「さぁ、ようこそアリエッタちゃん。沢山魔法を見て行ってね」
(おぉ、外だ。今からお出かけでもするのかな?)
家のドアに比べて大きい門を見て、ここが出入り口だと思うアリエッタ。まだここは『お城みたいな大きな建物』という認識しか無いのである。
ミューゼとピアーニャに手を引かれ、扉をくぐる。すると、少し離れた場所で、何かが光った。
(あれ? 中庭かな? 大きい建物だなぁ……)
「おーい隊長~!」
「これはネフテリア様。どうされましたかな?」
隊長と呼ばれた初老の男性が、歩み寄ってきた。
「む、ピアーニャ殿も一緒でしたか。ご無沙汰しております」
「うむ。ひさしぶりだな」
幼女に挨拶をする隊長を見て、アリエッタは不思議そうな顔を一瞬してから、結論を出した。
(きっとピアーニャのお爺ちゃんだ! これは挨拶しなければ!)
やる気を出したアリエッタは、ピアーニャを連れて隊長に近づき、元気に挨拶をする。
「おはよっ!」
「お? おはよう?」
いきなり朝の挨拶をされ困惑する隊長。
「え~っと、ミューゼさん?」
「あっ、ごめんなさい。その子はまだ挨拶それしか知らないんです」
「そ…そうか。ウム……お嬢さん、こんにちは」
困惑したが、優しい顔でアリエッタに返事をする隊長。王女が一緒にいる事もあり、何か理由があるのだろうと推測していた。
「はいっ!」(なんか言われたけど、笑ってるしたぶん褒められたんだな! よーし!)
ピアーニャの前だからか、それとも今日の睡眠時間が多すぎたのか、テンションが上がっているアリエッタは、妙に自信満々な思考になっている。
これ以上変な事にならないよう、ミューゼがアリエッタ抱き上げ、ネフテリアと一緒に兵士達が訓練している方へと向かう事にした。
残されたピアーニャは、顔見知りの隊長にアリエッタの事を大まかに説明した。隊長は難しい顔で考え込み、1つの結論を出した。
「我々も、グラウレスタの調査に協力しましょう」
「……すまんな」
アリエッタが見つかったグラウレスタには狂暴な生物が多い。そんなリージョンだが、アリエッタのような子供がいたとあれば、正義感の強い大人が何もせずにいる事など出来なかった。
「そうと決まれば、今の訓練では生ぬるい。お前たち! これから更にしごいてやるぞ!」
『うわあぁぁぁ!! なんでぇぇぇぇぇぇ!?』
こうして、1人の少女の存在によって、城内の一角が地獄へと変わる事が約束されたのだった。
「さて、その子は魔法が見たいのだったな。よしお前たち! 王女の御前だ! 1人ずつ今の全力を見せてみろ!」
突然の事に、訓練中の兵士達は驚くが、王女の姿を見てやる気を出す。
ミューゼ達は安全な場所にテーブルを用意され、お茶を飲みながら優雅に見学する事になった。
「アリエッタちゃんが興奮しても、ちゃんと捕まえててくださいね」
「はい。よかったねアリエッタ。魔法いっぱい見せてもらえるよ」
(なんだろ、あれは的? おっきいなぁ。ここは何する場所なんだ?)
兵士の1人が前に出て、巨大な城壁と同じ高さの巨大な的に向かって杖をかざし……魔法を放った。
三日月型の刃が同時に6発出現し、的にぶつかって消える。巨大な的は、対魔法用の特殊な硬度を持った代物だった。
「ほう、しっかり上達しているではないか。感心感心」
「ありがとうございます!」
隊長に褒められて、ネフテリアを意識しながら喜ぶ若い兵士。王女に認められれば昇格も夢ではないので、他の兵士も真剣である。
そして、そんな兵士の魔法を目の当たりにしたアリエッタはというと……
「おぉ……おぉぉぉ~~~」
ミューゼの膝の上で、目をキラキラさせて興奮していた。
(凄い凄い! 魔法みたい! やっぱり魔法なのかな!? かっこいい!!)
「おっとっと……やっぱり興奮しちゃってる」
「うふふ、可愛い♪」
2人目が水の魔法を放ち、アリエッタが興奮のあまり幼児退行していく。大人の思考を持っていても、興奮時などは子供としての頭脳が前に出て、感情のままに動くのだった。
アリエッタがそれに集中している今がチャンスと、ミューゼの目が光る。
「ま・ほ・う。アリエッタ分かるかな~? ま・ほ・う」
「ま~ほ~う?」
「うんうん」
「まほう!」(『まほう』は魔法の事だ! 間違いない!)
アリエッタは「まほう」を覚えた。
その後も、的に向かって飛んでいく色々な種類の魔法を見て、アリエッタは興奮し続けたのだった。
「どうやら、その子には楽しんでもらえたようだな」
「ありがとう、隊長。午前中ちょっと元気なかったから、助かったわ」
「……ちょっと?」
「うっ……かなり……でした」
心が折れるのは、ちょっとどころの話ではない。
ジト目で王女を睨んだミューゼは、興奮しているアリエッタを見ながら少し考え、意を決して隊長に話しかけた。
「隊長さん。魔法が上達するコツってありますか?」
「む? それは勉強と練習と実践をこなす事だが、何か困っているのかね?」
ミューゼはアリエッタの為に魔法を色々使えるようになって、見せてあげたり守ってあげたりしたいという考えを、隊長に正直に話した。
ネフテリアも隊長も、まずは城で働く事を勧めてみたが、ニーニルでせっかくシーカーになったからと断った。
「ならば実戦を積むか、毎日の日常の中でも、様々な魔法を使って生活していくのが良いだろう」
「使えば使っただけ、魔力が鍛えられますからね。本を読みながら、こう…クルクルっと魔力を練っているのも無駄ではありません」
ネフテリアも魔法のリージョン『ファナリア』の王女。教育の賜物で、魔法の知識はずば抜けている。
ミューゼは2人からアドバイスを聞き、お礼を言った。
「時々わたくしが、ニーニルに遊びにいきますわ。アリエッタちゃんの事を知った時、一度家に出向いた事もあるんですよ」
その時は、パフィの里帰りでラスィーテに行った直後だった為、出合う事は無かった。ネフテリアはその時からアリエッタに目を付けていたのだ。
「アリエッタちゃんに、ピアーニャと仲良くする方法を教えてもらおうと思ってたのに、まさか言葉を知らないなんてね~。色んな意味でツライ……」
「あはは……あれ?」
話題がアリエッタに戻った時、アドバイスに夢中だったミューゼは、膝の上が軽くなっている事に気が付いた。
「……アリエッタは?」
いつの間にか、アリエッタが離れていたのだった。