テラーノベル
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ここは地方都市のど真ん中にある歓楽街の裏辻。華やかに賑やかな通りから2本ほど奥ばった住宅街の端っこだ。鬱蒼とした雑草だらけの空き地にポツンと立っている古びた赤い屋根の白塗りな集合住宅。こう集合住宅と言えば聞こえは良いが、普通の二階建てなアパートだ。過疎感もスゴい。
しかも、こんなにも異様な影のある建物だったか?。言い方を変えればおどろおどろしくもあるのだが。名前は『コーポ・ラ・白姫』その名前の良さもあって内見をお願いしたのだが、今になって何となく後悔している。しかしあの時にはこんな禍々しさは無かった気がするのだが。別物か?
「………こんなアパートだったっけ?。夜の内見だったから…かな?。でも住所は間違ってないし…荷物も搬入済みなハズ。…しかももう引き返せないんだよなぁ。あの施設の退去手続き済ませちゃったし。どうしよう…」
それはどこにでもあるアパートだと思う。壁の色も名前通り真っ白だ。各階が3部屋ずつで、左の角の111号室が俺の部屋だ。不確かな不気味さを感じているとは言っても、何も建物そのものが草臥れているとか朽ちかけているとかではなく管理体制なのかも?。建物前の駐輪場や駐車場に茂る雑草が不気味さを演出しているとゆうだけだ。暇を見て草刈りしよう。
「ううう。でもなんだろう?このプレッシャー。もしかして…初めての一人暮らしが怖いのか?俺。…こんなの、新社会人ならみんなが越えてきた壁だろう。そ、そうだよ…孤独なのは俺だけじゃないさ。…さぁ行くぞ?」
部屋の間取りは1Kの12畳。キッチンと風呂トイレ付き。そしてエアコンまで完備させれいる。単身な俺には贅沢すぎるだろう。しかも街の中心地近くにあるとゆうのに家賃は破格の8000円!。現在無職ながらも、施設退居を命じられたからにはここからスタートするしかない。そして生きる為に働かねば!。だが高校就活を全敗している俺は自信なんかない。
「…ごくり。お?鍵が合ったぞ?。やっぱりここだったんだ。でも、この御札は何だろう?。剥がしちゃったけど。まぁドアも同じだし間違いないよね?。(なんだよ、あの担当のお姉さん。俺を下ろしたらさっさと帰っちゃったし何かあるのかと思ったけど。すぅ〜。さてお邪魔しまっ!?)」
それは俺のド肝をクリティカルヒットする風景だった。ピカピカな明茶色のフローリングに壁は真っ白で!天井の照明器具は真っ平らに嵌め込まれている!。玄関口には白と桃色なタイルが交互に貼られ、半月前に内見した部屋とは明らかに違う美しさだ!。それこそ恐ろしくなるほどにっ!。
「なんだ?これ。(…ちょっ!写真あったよな?部屋の!。………あ。窓枠の位置とか、エアコンの位置も同じだ。……キッチンも同じ位置だし……バスルームも!?。全く同じ仕様だけど凄いぞっ?全部新品じゃんっ!)」
そう正にリフォーム直後の部屋と言っていい。家賃8000円で敷金礼金ゼロだったのに、ここまでサービスするのか?最近の不動産屋さんは!?もしかして担当さん、俺にサプライズしたくて急いで帰ったのかな?。なんにしても感謝感激だ。まっさらな部屋からのゼロスタート!。嬉しい。
施設では何もかもがお下がりだった。古びたデニムや知らないロゴ入りのシャツやジャンパー。三ヶ月に1回で新品を貰えたのは下着と靴だけだ。しかも白のブリーフと白い無地な登校靴。高校生になっても同じだった。ましてや部屋など低い机とスタンドしかなかったし、寝るのも和布団だったから身体がデカくなってからは床着きで苦しんだ。今度はベッドだな。
「ほんとに綺麗だなぁ。(まぁ、色々と不幸だった俺の幼少期を考えたらこれくらいの奇跡があってもいいよな?。とりあえず荷物を開けるか…)」
そう。俺には両親がいない。いわゆるロッカーベビーだ。掃除のおばちゃんが見つけてくれなかったら確実に死んでいただろう。季節は秋の深まる11月の第2週。血のついた女物のパンツとトイレットペーパーで包まれていたそうだ。そして死んでいた方がマシだったと断言できる過酷な生活が始まる。日本人が持つ差別や偏見や蔑みは例え幼児にでも容赦がない。
「ありゃ。引越し蕎麦だ。(なに勝手に入れてんだよあの寮母さん。お?即席麺やレトルト食品もあるけど…肝心な鍋もコンロも箸やお椀さえも無いんだよな。新生活の資金は15万円。でも、テレビやらベッドやらスマホやら冷蔵庫やらを揃えるとなると心許ないなぁ。…ん?まだ七時か。)」
高校生なってから何かと可愛がってくれたバツイチな寮母さんが、卒業祝いに贈ってくれた古い銀無垢の腕時計。文字盤の12には金色な王冠が配されている。自動で変わる日付の覗き窓には拡大鏡の様にガラスが膨らんでいて見やすかった。振った時の機械巻きの小さな振動がお気に入りだ。
しかし俺は同時に、このままでは今日の食い物にもありつけない現実を目の当たりにしてしまった。孤児院育ちだからコンビニなんて使ったこと無いし物の値段が安いのか高いのかさえ判らない。そしてテレビCMでよく見るハンバーガーの味さえも。まぁ、これから色々と学ぶことになるのは間違いないのだが、最悪はアルバイトでも決まらないことには安々とお金を使えない。日本ではお金がない奴は酷く見下されると言うし…我慢だ。
「コンコンコン。こんばんわぁ。あたし、隣の部屋の者なんだけどちょっと良いかしらぁ?。今から出掛けちゃうから挨拶しとこうと思ってぇ。」
「!?。は!はい!。いま開けます。(若い女の人の声だ。お隣って?)」
思いもしない突然の来客に戸惑いながらも、俺はドアノブに手をかける。不動産屋さんの担当女性の声でないことは明らかだ。だがもしも、なんらかの押し売りのお姉さんとかだったならどうしよう?余計な買い物はできないぞ?。しかし俺は応えたのだ。今さら居留守なんて通用しないよな…
「カチャ。…ど、どなたでしょうか?。セールスならいりませんよ?」
「いやあねぇ。アタシは112号室の初神はじめ。《うぶかみ、はじめ》男の子みたいな名前だけどぉ〜見ての通りの色っぽいお姉さんよぉ?。キッチンの窓に灯りが見えたから覗きに来てみたの♪。(あら可愛い子♡)」
「ご!ご丁寧にありがとうございます!。じぶんは獅子神獅子《ししがみ、れお》。と言います。あっ!。ちょ!ちょっと待ってくださいね!」
いきなり現れた綺麗なお姉さんに、俺は胸の高鳴りを抑えきれなかった。ましてやあんな近くで話すなんて初めてじゃなかろうか?。笑顔が綺麗だし凄くいい匂いがしたぞ?。しかし、とにかく今は渡さなければならない物がある!そう、あの引越し蕎麦だ。出掛けるみたいだし急がなければ。
つゆも具材も付いている生麺タイプだけに早く渡したかった。俺は段ボールからそれを取り出すと、玄関へ急いで戻る。濃い紫色で、少しタイトなワンピースが、初神はじめとゆう大人の女性の佇まいを際立たせていた。少し伏せ目がちで整った長い睫毛が印象的だ。ふわりと右目を隠す茶色い前髪に色気を感じる。紅く塗られたくちびると淡い頬紅が似合っていた。
「あ!あのこれ。引越し蕎麦です。挨拶に伺おうと思っていたのですが時間的に微妙かと考えていたところに初神さんがみえたもので。どうぞ!」
「あらあ♪若いのにしっかりと挨拶できるのねぇ?偉いわぁ♡。はい、引越し蕎麦♪確かに頂戴いたしました♡。これはお返しって訳じゃないんだけどぉ、お昼に買った焼鳥なのよ。あたしこれからお店だから匂いの強い物は食べられないの。はい♪。あたしの代わりに食べてね?それじゃ♡」
「は、はい。ありがとうございます。…あ、あの。…行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃいかぁ♪。良いわね?そーゆーの♡。あ。それと教えておいてあげる。キミの部屋、出るかもだからねぇ?。うふふっ♡もしも出たら教えてねぇ?。アタシがちゃあんと祓ってあげるから♪。じゃね♡」
「は…はい。その時はお願いします。(出る?出るって何が?。こんなに綺麗な部屋に何が出るんだろう?。…まさかゴキ◯リっ!?…嘘だろ?)」
綺麗な栗毛の長い髪を軽く搔き上げた美女が、ハイヒールの踵を鳴らしながら通路を去ってゆく。なんてエッチは歩き方だろう。細いクビレと形の良いお尻との曲線が撓り揺れるたびにドキドキしてしまった。ステキだ。
頂いた少し重めな白いビニール袋。その中にあった大きなプラパックには入り切れないほどの焼き鳥が串に刺されて犇めき合っていた。まさかこの量を初神さんひとりで食べる気だったのか?。もの凄い健啖家なのか?
「しっかし。何も無いよなぁ。(まぁ新生活の始まりって、みんなこんなもんじゃないのかな?。コツコツとひとつずつ家電とか揃えていくから楽しいのかもだし。旨そうな匂いだ。腹も減ってるけど7時20分か。明かりの点いている部屋だけ挨拶回りしておこうか。『明日でいいのは馬鹿だけよ!』って寮母さんも言ってたな。さて。幾つ持っていけばいい?)」
まだ甘い香水の残り香が漂う玄関を出て、俺は正面の駐輪場へと向かう。1階の窓は俺の部屋の他は全て真っ暗だ。だけど2階の角の部屋、俺の部屋の直上にひとつだけ明かりが点いている。キッチンの窓が明るかった。
俺は建物の真ん中、112号室前の階段から2階へと登る。初めての挨拶回りは大人への第一歩だと教えられたからにはちゃんと勤めよう。友達なんて皆無なのだが社会人になるからには苦手とか言っていられない。ひとりでも多くの人と知り合い、できることなら友人とか作れたらいいなぁ。
「はぁい。なんすかぁ?。あらら!こんなイケメンがあーしになんの用っすか!?まさか手籠めに来たんすか?。仕方ないっすねぇ。1時間くれたら支度するっすから中で待っててもらえるッスか?。…え?。ちがう?」
「はは…は。あの、下の111号室に引っ越してきたシシガミ・レオと言います。あ、これ…挨拶代わりの引っ越し蕎麦です。良かったらどうぞ。(…なんだ?…この人。…ほとんどハダカ。…いやいや下着姿か。でも…)」
「なーんだぁ。あーしの熟れに熟れた処女を、素敵な王子様が奪いに来てくれたと思ったのに、残念っす。…お蕎麦ねぇ。あ。ちょうど2人前ッスねぇ♪。ささ♪上がって上がって♡。この蕎麦を作って欲しいっす♡。お近づきの印に♪、二人っきりでお蕎麦をすするッス♡。さあ?どうぞ♡」
「いっ!いいえ!。女の人のひとり住まいに…男の僕が…上がり込むなんてできませんよ。変なうわさが立つかも知れませんし。それじゃあ。(ヤバイヤバイヤバイ!。解らないけどこの人はヤバい!とにかく逃げろ!)」
ノックと共に飛び出してきたのは、長い金髪のギャルだった。その出で立ちは…白い肌に黒いスポーツブラと紐みたいな黒パンツ姿だった。初めて見た女性のあられもない姿に、俺の瞳はグルグルと渦を巻いてゆく。顔が急に熱くなったところで俺は背を向けたのだが…腕を握られてしまった。
「あー待つっすレオさん!。コホン。あーしは野々神ののか《ノノガミ、ノノカ》って言うっす♡。とっても食べ頃なぴちぴち21歳の美大生っす♪。将来の夢は漫画家なんすけどぉ今は同人誌ばっかり描いてるっす♡。そこで相談っす♪。あーしのポーズモデルになって貰えないっすか!?」
「ぽーず…もでる?。それって何ですか?。(ん?。こうして見ると大事な所はちゃんと隠れてる。しかしプロポーション抜群だなぁ野々神さん。美人だしモテるんだろうと思うけど、なぜか関わって良い気がしない…)」
「同人誌と言えば濡れ場っす。その濡れ場の体位がどのアダルトサイトを覗いても在り来りで。そこであーしとレオさんが絡んでいるトコロをスマホ撮影して!永久保存版な!どこにもないエロ資料にしたいんっすっ!」
「……わかりました。前向きに検討するので…今日は失礼します。(あ…あたまがいたくなってきた。…きょうは…えあこんつけて…もうねよう…」
ジェットコースターの様な数分だった。もっとも、乗ったことなど無いのだが。俺は後退りながら静かにドアを閉じる。そこからどうやって自分の部屋に戻ったのかは覚えてもいないのだが、余りにめまぐるしい新しき出会いに疲れ切って眠ってしまったようだ。目を覚ました時には草木も眠る丑三つ時だった。煌々と照らす天井の照明器具、なぜだか八角形をしている。こうゆうデザインなのか、それとも…何かしらの意味でもあるのか?
「いっ!?。痛たた…床に直寝は…流石に身体が痛くなるなぁ。…ん?」
そう言えば布団も無いのだった。段ボール箱を開いて敷けば良かったか?痛む身体を起こしてすぐ目に入ったのは大きなアルミ枠の窓だった。どこにでもある縦長な磨りガラスのアルミサッシなのだが、カーテンも無いせいか月の光が明るく照らしている。もう10月だ。秋は月がより美しく見えると言う。俺は何となく窓を開けて、光を零す半分の月を見上げた。
「あの悪ガキども…俺が急にいなくなってどうしてっかなぁ?。寒い日はいつも俺の布団に潜り込んで来てたっけ。…ほんとに一人になっちまったなぁ俺。…かりんにも何にも言えなかったし。…俺って本当に駄目な奴…」
俺には1歳下の幼馴染と言っていい女友達がいる。まだ喧嘩したまま謝っていない。告白してくれたのは彼女の方からだったが俺は応えなかった。そして彼女が学校に行っている間に、逃げるように施設を出ている。本当ならあと三日は居てもよかった筈なのに。でも俺はそうはしなかった。また顔を合わせれば必ず決断が鈍る。それを繰り返すのが何故か怖かった。
少しばかりの感傷に浸りながら…俺は灯りの落ちた街並みに目をやった。このアパートは少し小高い丘に建っているのだろうか?。遠くに大きな川が見える。そこに架かる鉄橋の上を長い列車が渡っていった。視線を落とし左を向くと大小様々なビル群が。その足下はまだ燦々と明るい。あの辺りがきっと眠らない街なのだろう。大金持ちや…それ等に群がる輩がトグロを巻いて集う場所だ。バレなければ何でも有りなのがルールらしい。
「ん?。あれは?。…誰かの…墓標?。いや…それにしては大きい。石碑かな?。周りに雑草も無いし…誰かが綺麗に手入れしているみたいだな。ん?。こんな時間に誰だ?。お?。…あの紫色なドレスって…初神さん?」
月明かりに浮かぶ自然石の石碑と、その前に花束を捧げて膝を着いた女性の姿。それは神々しくも、どこか物悲しく映る。何かしら祈っているのだろうか?その女性の影は全く動かない。かと思っていたら、少し目を離した隙にすっと消えてしまった。俺はそのまま裏庭に出て探したのだが、やはり誰の姿も見当たらない。距離にして100メートルほどなのに見失うわけが。俺はもう一度まわりを見回してから部屋に戻る。…眼の錯覚か?
「えっ!?。誰だよあんたっ!?。(えええっ!?なんで居る!?誰っ!いつの間に!どこから入ったーーーっ!?。………また…眼の錯覚…か?)」
「………………………うずめ。……焼き鳥……おいし♪」
その女性は無邪気に笑みながら、初神さんから貰ったプラパックいっぱいだった焼鳥を頬張っている。蒼黒く短めな艶髪に純白の振り袖。いや、一重衣か?。歳の頃は俺と変わらないのかも。しかも…とんでもなく美人?いや可愛い?いや美人か?。ん〜、こうゆう場合はどっちに決めたら失礼にならないのだろう?。美女可愛いなんて聞いたこともないし。悩んだ。
「あ…の。…うずめさんって言うんですね?。それで…どこから?」
「………食べないの?。……男の子は……食べなきゃ………だめ…よ?」
「は…はい。た、食べます。(…話が…噛み合わない?。しかも時代錯誤な
神前衣って。上は一重衣で下は白ハカマだし。…そーゆー職業の人なのかなぁ?。いやいや!現実問題どこから入った!?。しかも真夜中だぞ!こんな時間に女性がひとりで男の部屋なんかに!。いやいや!それも違ってないか!?。んー!。流石に『人間ですか?』ともきけねーしっ!?。いやいや、こうして見た限り人間だね。だからどこから!?。あ…美味いなこの焼き鳥。まぁ居るもんは仕方ないし良い匂いするし。ま、いいか。)」
もう考えるのも面倒臭くなってきた。そもそも幽霊とかUFOとか超常現象の類を俺は全く信じていない。そして、もし見たからと言って騒ぐ気にもなれない。俺は生まれた時から現実主義なのだ。最も恐ろしいのは人間だとゆうことも知っている。なので逆に、この『うずめ』と名乗った女性が幽霊の方がよっぽど有り難い。呪い殺せるならそうしてくれ。助かる。
「……ごちそうさま。……れお。………お風呂……入らないの……?」
「え?。風呂は入りたいけど…シャンプーとかボディーソープとかも無いんだよ。タオルはあるけど身体を洗えないのはなぁ。……ん?なに?。(ちっ!?近い!。それに、なんで俺の名前を知っている。ま…いいか。もう何かあっても追求しないことにしよう。…ウズメさんに限りだけど…)」
「……匂わないし……今日だけ……許し…たげる。……何にも…無いのね…?」
「まぁ。今日引っ越してきたばっかりだからね。…困るのは布団だなぁ。さっき身体がめちゃくちゃ痛くなったし。もぐもぐ。…でも、もう5時になるし、このまま起きててもいいかなって。…うずめさんは眠いのか?」
「うん。…あんしん…したら………眠くなった。……あふ。…んにゅ。……」
なんだ?この楽しさは。ひとりになってちょっと…いいや、かなり孤独を感じていたところにいきなり現れた美人な話し相手。ポツポツとした喋り方だが会話は成立しているし声が声優さんみたいに可愛い。そしてなぜだか、俺はこの人を知っている気がする。初対面ゆえの錯覚なんだろうが。
「ん。……れお。……壁に凭れて……ちょうだい。…ん…お膝を…貸して?」
「ん?。あ、ああ。…ここでいいのか?。……おおお?。…うずめさん?」
「れお…あったかい。………おやすみ。………すぅ。……すぅ。……すぅ。……」
「………おやすみ。(うおお!?なんだよ?この人懐っこい美人タイプな人型の猫は!。俺の胡座の上にすっぽり収まってるし!。だがこれはっ!)」
俺の太ももに乗り上げて、縋り付くようにして眠ったうずめさん。たしかに伝わる人肌のぬくもりが俺の身体に沁みるようだ。無防備に身体を丸めている彼女が可愛く思える。あの施設にいる時も、同じ境遇の子供たちが俺の膝の取り合いをしていた。背が高く筋肉質な俺を、逞しいであろう父親代わりくらいに考えていたのかも知れない。全力で甘えられたものだ。
「……。(サラサラな髪だなぁ。この髪型…シャギーボブってカットだったっけ?。アニメの美少女キャラみたいだ…瞳も真っ赤だったし。この娘はきっと…俺を迎えに来てくれたのかもな。…だけど…痛いのは嫌だぞ?)」
「………すぅ。………すぅ。………すぅ。………ん。……すぅ。……すぅ。……」
そう。俺はまだ、生まれてこなければよかったと今も考えている。背が少しだけ高くて、暇に任せて鍛えた丈夫な体で、どこにでもいるルックスの持ち主で。つまり、特に自慢できる物や特技などは何もない。唯一の武器はいつでも死ねることくらいだ。そこに、もしも何かしらの意味が付けば最高かも知れない。そう例えれば、見知らぬ誰かを庇って死んだ。とか。
だからと言って自分で自分を殺すことはしたくない。なぜなら次の自分に期待しているからだ。今の俺がいつ何歳で死ぬかなんて解らないけど、恐らくは碌な人生は送れない。いま風に言うなら『残念な人生ガチャ』を引いてしまったのだ。両親さえ知らず、制度に生かされ縛られ続けてきた。
スタートからマイナスでは努力しても人並み以下と考える方が現実的だ。だから俺は輪廻を回す為に自殺はしない。ある宗教の教えであり迷信なのは判っていても、自死した者は転生などできないと信じている。その時代のその時の自分の天寿を全うしてこその輪廻転生だ。不変の摂理らしい。
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