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『お前は天才だから──』
ずっとそう言われ続けてきた。
俺に何かを言う時、決まって里の人が言う言葉。
俺は天才だから、人が難しいと思うことでも、何でも簡単に出来るらしい。
俺は天才だから、普通の人の気持ちが分からないらしい。
俺は天才だから、感情が揺れ動かないらしい。
俺は、天才だから。
──だけど。
俺は天才らしいけど、人が難しいと思うこと、簡単だと思うことさえ、出来ない時がある。
俺は天才らしいけど、普通の人の気持ちを、汲み取れる時がある。
俺は天才らしいけど、笑ったり驚いたり、悲しかったり怒ったり、感情が揺れ動く時がある。
俺は天才なのに。
じゃあ、天才って何?
もし俺が天才ってやつなんだとしたら、俺はおかしいの?
出来ないことがあったらダメ?
九葉や真冬や彼方兄の気持ちが分かったらダメ?
例え家族が死んだとしても、友達が死んだとしても、悲しむのは、泣くのはダメ?
逆に、誰かに褒められたり、何かいいことがあった時に、喜んだらダメ?
全部、俺にとってダメなことなの?
……あ、ほら。
今、「天才」っていうのが何なのか分からなくて、イライラしてる。
「……ねぇ、天才って何だと思う?」
自分じゃどうしても分からなくて、すぐそこにいた九葉に聞いてみた。
九葉はいつも、自分のパソコンをカタカタといじっている。
何をしてるのかは知らないし、自分の妹のくせに、彼女が何を考えてるのか、真冬や彼方兄のことより分からない。
「ボクに聞かれても知らない。自分が一番分かってんじゃないの」
まぁ、たしかにそうだよね。
(でも俺は、九葉の方が天才だと思うけどなぁ……)
学校とか友達の前では、明るくて、でも少しサバサバしたところもある、目立つことはしないけど、クラスの人気者みたいな性格の九葉。
彼女がそれを演じてるのか、はたまた本当の性格なのかは分からない。
クラスの人気者で、運動神経はそこまであるわけではないけど、その分頭はずば抜けて良い。
成績はいつも、学年で一位だ。
下手したら、学校内で一位……なんてこともあるかもしれない。
彼女曰く、「学一くらい取ってないと、いつもの作戦なんて考えられないでしょ」とのこと。
そりゃそうだ。俺も成績はいい方だけど、“ブラッド”で侵入した時、どう動いたらこうなる、とか、全く思いつかない。
なのに、いつも九葉の指示に従えば、本当に何も起きず、一切見つからず、ターゲットを盗んで、安全に逃げて帰ってこれる。
「……九葉は天才じゃないの?」
「天才じゃない」
聞いた直後に即答された。
「……ボクには才能なんてない。血の繋がった兄は天才なのに。それが悔しいの」
少し間があってから、そう言われる。
「でも、九葉は彼方兄より腕があるよ?」
二歳も差があるのに、と続ける。
「それは当たり前。彼方兄が訓練を始めたのは、あの2人が怪盗になるって決めてから。ボクは昔からずっとやってきたの」
それは俺も知ってる。ずっと近くで見てきたから。
「なのに、彼方兄はボクのすぐ近くまで、あっという間に来た。一ノ瀬家の血かは知らないけど、あれは間違いなく才能。あれがそうなの」
才能……か。
「才能と天才は違うの?」
たしかに彼方兄は、怪盗ができるくらいの実力を、まぁまぁな短期間で身に付けた。
普段も、人の気持ちが分からないかのように、無愛想で冷たい。
怒ることも笑うことも、泣くことだって何もしない。
……でも、それは今の話。
「彼方兄って、天才だと思う?」
「……さぁね」
昔はあんなに笑ってて、色んな人に優しくて、たまに怒ったりもして、俺達の為に泣いてくれた。
俺は九葉の兄だけど、彼方兄は俺達みんなの兄だった。
そんな人が怪盗をするって決めてから、あんなに冷たくなって、感情を失ったように、表情ひとつ変わらなくなって。
あれを天才って呼ぶんだろうか。
「ねぇ九葉、」
「“私”に聞かないで」
また質問をしようとしたら、声を遮られてそう言われてしまった。
「……もうボクに聞かないで。知らないから」
九葉は、たまに自分を“私”と呼ぶ時がある。
その理由を俺は知らないし、本人からも教えられていない。当たり前だけど。
「ほら、次のターゲット決まったから。話やめて頭切り替えて」
「はーい」
多分、俺は天才じゃないと思う。
天才っぽく見えるだけ。
そうじゃなかったら、きっとあんな感情は湧いていないから。
身体中が痛い、苦しい、辛い。今すぐ逃げ出してしまいたい。
でも、逃げたくない。
あそこで俺が逃げたら、ダメな気がしたんだ。
「はぁ……その傷、学校の人達になんて説明するつもり? 転んだとかじゃ済まされないよ」
全身包帯だらけになった俺を見て、九葉が言う。
「あはは、どうしよ。全然考えてなかった」
普通の生活を送ってたら、こんな全身に切り傷なんて負わないもんなぁ……。
「ほんと、天才とバカは紙一重ってね……」
呆れた顔をしながら言われてしまった。
(“バカ”、か……)
「……ねぇ九葉。俺って、天才だと思う?」
「またその質問? 別に、天才なんじゃないの」
「……じゃあ、俺ってバカだと思う?」
「なにそれ? ……まぁ、バカなんじゃない?」
「そう?」
「うん。天才だけど……いや、天才“だから”バカ、かな。とも兄は、それでいいんじゃない?」
天才だから、バカ?
「えぇ、なにそれ?」
思わず、笑いながら返す。
「天才でも、何もかも完璧じゃなくていいってこと。完璧な人間なんて存在しないんだから。それに、完璧でいられたら凡人が困るの」
完璧じゃなくてもいい……。
……そっか、それでいいんだ。
「ほら、早くおじいちゃんに報告しに行くよ」
「はーいっ」
俺は天才だけど、完璧じゃない。
ううん、違う。
俺は天才だから、完璧じゃないんだ。
時雨桜の2人も、九葉も、探偵さん達だって、きっとそう。
みんな人間だから、完璧じゃない。
俺だって人間だ。
天才だとしても、完璧になれるわけない。
だから、自分の思った通りに進めばいいんだよね。
(そう言ってくれたんでしょ、九葉?)
そよよです。
3話目は、ブラッドムーンのウィズ(友弥)の話でした。
周りには天才と言われ続けていたけど、自分自身はそうは思わない。
そんな、天才肌な彼だからこその心の葛藤を書いてみました。
最後のシーンは、本編の後日談のような話になっています。
元々仲が少し悪かった香月兄妹だけど、本編での出来事を通して、少し仲良くなれていたらいいなと思って書きましたw
次のお話は、同じくブラッドムーンのリーフ編です。
それではまた次のお話で。
おつそよ!