テラーノベル
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ボクは、自分を“ボク”と呼ぶ。
いつからそう呼ぶようになったのかは、昔のことすぎて、もう覚えていない。
「ねぇ九葉」
「ん?」
「九葉ってさ、なんで自分を“ボク”っていうの?」
学校の休み時間。唯一仲の良い友達とお弁当を食べていると、彼女がそう聞いてきた。
「なんでって?」
「いや、別に深い意味はなくて、ただ気になっただけなんだけど」
なんで、か……。
「……ざっくり言うと、なりたい自分でいたいから、かな」
「なりたい自分?」
「強くありたいってことだよ」
「ふーん?」
なりたい自分でいたい。
これは、ずっと昔から変わらない。
小さい頃……本当に昔、友弥兄は自分を“ボク”と呼んでいた。
その頃から友弥兄は、運動神経が良くて、その時の“私”にとっては、憧れの、かっこいい存在だった。
だから、そんな友弥兄になりたくて、同じように“ボク”って言って、よく真似もしてた。
でも、同じにはなれなくて。
私には運動は向いていなくて、いつしか家で勉強をさせられるようになった。
そのまま憧れは、段々ボクから遠のいていって。
だけど、勉強でも良いから、同じくらい強くなりたい。
そう思って、勉強を頑張った。
もちろん、ボク呼びも変えなかったよ。
なのに……友弥兄は、勉強もすごくて。
ボクが頑張っても、いつも上を行かれてしまう。
……それが、悔しかった。
血の繋がった兄妹なのに、どうしてこうも違うのか。
どうしてボクは、憧れに追いつけないのか。
その答えは、すぐに出た。
『天才だから』
……そんなの、凡人の私が追いつけるはずない。
でも、諦めなかった。
自分にできることを、勉強をして、パソコンの……主にハッキングの知識も身につけて、沢山努力した。
それで、追い越したつもりだったんだ。
「ねぇ、天才ってなんだと思う?」
不意に、隣にいた友弥兄がそう聞いてくる。
天才ってなんだと思う。
そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。
「ボクに聞かれても知らない。自分が一番分かってんじゃないの」
パソコンのキーボードを叩く手を止めず、無愛想に返す。
天才なんて嫌いだ。
凡人のボクのことなんか、努力しなくても簡単に超えてしまうから。
「九葉は天才じゃないの?」
ボクが……?
「天才じゃない」
思わず手を止めて、即答してしまった。
「……ボクには才能なんてない。血の繋がった兄は天才なのに。それが悔しいの」
それから、ぽつぽつと本音まで溢れてしまう。
“私”の憧れはいつしか、“ボク”の嫌いなものになっていた。
また少し会話をすると、訓練と言って、友弥兄が外に出て行った。
(……いくら頑張っても、憧れには追いつけない……)
ボクが追いつけないのは、彼方兄だってそう。
ボクが何年もかけて頑張って身に付けたパソコンのスキルを、あっという間にマスターした。
さらに、ハッキングの知識まで。
家業の怪盗をやろうと決めた数年前から今までで、あっという間にボクの近くまで追いつかれてしまった。
一ノ瀬家は元々、怪盗でも裏方を主に担っていたし、みんな頭脳派で要領もいい。
真冬兄のところの相川家は、それと対で、身体能力が長けている。
この2つの家は、それぞれの持っている能力でお互いを補い合って、代々2人1組で怪盗をしていたり、組まなかったとしても、サポートをしたりしていたらしい。
時雨桜がその例だ。
2人でお互いを補い合って怪盗をしている。
……じゃあ、ボクらはどうだろう。
友弥兄は、ボクがいなくても1人でできてしまうんじゃないか。
ハッキングの能力だって、教えれば友弥兄なら簡単に身に付けてしまうかもしれない。
そしたら、ボクはいらなくなる。
……ボクの……私の、存在意義は?
「……次のこと考えよ」
自己嫌悪になりかけて、頭のモヤを無理やり振り払う。
……だからボクは、天才なんて嫌いだ。
里の診療所で手当てをしてもらって、包帯でぐるぐる巻きになった友弥兄。
「はぁ……その傷、学校の人達になんて説明するつもり? 転んだとかじゃ済まされないよ」
「あはは、どうしよ。全然考えてなかった」
いつも通り笑う呑気な相方を見て、またため息をつく。
みんなの為に死ぬ気で戦って、最終的にこんなボロボロになった友弥兄。
「ほんと、天才とバカは紙一重ってね……」
呆れ顔をしながら言う。
全身傷だらけだったのに、どうして逃げなかったのか。
最初はバカだと思った。天才のくせにって。
でも今は、退けない理由があったんだと思う。
だけど、ボクのことも少しは考えてほしかった。
ボクにとって友弥兄は憧れだ。
それは、今でもずっと変わらない。
その憧れの存在がいなくなったら、ボクはどうなると思う?
(そんなの、考えられない……いや、考えたくもないな)
それに……友弥兄は、ボクの家族。お兄ちゃんだから。
今回のことで、友弥兄のことが少し分かった気がする。
天才だけど、完璧じゃない。
ボクと同じところもある、1人の人間なんだって。
完璧でいられたら、こっちが困るけどね。
「ほら、早くおじいちゃんに報告しに行くよ」
「はーいっ」
診療所から出て、前当主のいるうちに向かう。
「……なんか、ごめんね」
「何が?」
歩いている途中、何故か謝られる。
まぁ、こっちからしたら謝ってほしいことばかりだけど、急にどうしたんだろう。
「九葉とかみんなのこと考えずに、死にかけちゃって。みんなもう、何も失いたくないはずなのに」
珍しく、申し訳なさそうな表情をした友弥兄。
「本当その通りだよ。ボクらの為に戦って、ボクらのこと考えず勝手に死のうとしないで。……こっちは怖かったんだから」
「……! うん……でも、ありがと」
「何が?」
「俺って、九葉がいなきゃダメだなーと思って。あの時来てくれたの、すごい心強かった。それと……」
それから、笑顔でこう言われる。
「やっぱ九葉は、俺の自慢の妹だなぁって」
「っ……! ははっ、何それ?」
「何でもいいよ。ほら、早く行こ!」
照れ隠しなのか、ボクの手を引っ張って、走り出した友弥兄。
自慢の妹……か。
(バカ、私も同じだよ)
だから、私は……。
──天才なんて、大っ嫌いだ。
そよよです。
4話目は、ブラッドムーンの裏方担当、リーフこと九葉のお話でした。
天才で何でもできてしまう兄と、その妹だけど平凡な自分との違いに悩むリーフを書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
香月兄妹は、お互いがお互いに思うところがあるのかなと思って、今回は所々をウィズ編の話とリンクさせてみました。
次のお話からは、探偵編に入ります。
まずはうらたさんのお話からですね。
それでは、また次のお話で。
おつそよ!
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