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結局一睡もせずに朝を迎え、このまま出勤すればオルガを驚かせることになると気付いた彼は、早朝から少し熱めのシャワーを浴びて気分一新を図ろうとするが、バスルームに置いてある恋人が使う香水を見ただけで、嬉しそうに寄り掛かり腕を組む女性の顔が脳裏にちらついてしまい、拳を握ってきつく目を閉じる。

こんな気分のまま出勤するとオルガの無言の質問攻めに合うだろうし、何よりも彼女よりも先に顔を合わせるかも知れないベルトランをまた心配させてしまう事になりかねなかった。

その危惧から拳を開いて掌で頬を軽く叩き、おそらくは誰よりも自分を気遣ってくれる人達に感謝しつつ心配を掛けないようにしようと鏡の中の己に語りかける。

「……良し」

漸く彼と彼女に顔を合わせられる、そんな表情を作れた安堵から溜息を零した後、手早く身支度を整えて出勤の準備を済ませると、今度はキッチンの冷蔵庫から材料を取り出し、有名レストランのオーナーシェフに食べさせるには気が引けてしまう程の、料理とも言えないベーグルサンドを作っていく。

朝一番に愛車を職場に届けてくれる親友に食べさせるものだが、いつもタルトだのケーキだのを作ってくれるオルガにも食べて貰おうと思いつき、サーモンだのアボカドだのを取り出して手早く調理していく。

口ではアクマだの何だのと言いながらも頼み事を快く引き受けてくれ、また慰めてくれた親友の存在は言葉に出来ないほどありがたいものだった。それ故、例えこちらを気遣う冗談かも知れないが朝食を食べたいと言う願いは叶えてやりたくて、リオンが泊まりに来た翌朝に食べては大絶賛するサンドを二人分手早く作り上げていく。

自分は食べる気がしない為にベルトランとオルガの分を作って紙袋に入れ、いつもよりかなり早い時間だが家を出る事にする。

滅多にしない電車での通勤は億劫だが仕方がないとドアを開けたその時、ある筈のない物が視界に飛び込んできてドアノブを掴んだまま硬直してしまう。

ドアの真横の床にくすんだ金髪が広がっていたのだ。

「!?」

危うく踏みつけそうになった彼は慌てて足を戻し、まさかそんなと思いつつ名を呼ぶ。

「リオン…?」

「………ん…あぁ…グ…ゴット、オーヴェ」

ウーヴェの呼びかけに程なくして身動いだ後、むくりと起き上がって大きく伸びをしたのは、昨夜冷たい声で遠ざけてしまった恋人だった。

「ここで何を…」

「んー…オーヴェが出てくるのを待ってた」

おはようと胡座を掻いて笑みを浮かべるリオンにただ唖然としていたウーヴェは、はっと我に返ったように息を呑み、まさかここで寝ていたんじゃないだろうなと詰め寄って何でもない事のように返されて絶句する。

「ここで寝ていたのか!?」

こんな固くて冷たい床の上で毛布も何も掛けずに一晩中過ごしていたのかと口早に問えば、今は真冬でもないし、ここのフロアはコンクリに比べればクッションがあるし、自分の家よりも静かでよく眠れたと笑われ、職場で残業が続けばソファで寝たり床に転がっていると、これまた何でもない事のように返された後、身体中の関節をボキボキと鳴らして筋肉の強張りを解していく様にただ呆然と立ち尽くす。

「だからと言って…」

昨夜は結局一睡も出来なかったが、その間リオンは信じられないことにここで一人身を丸めていたという。

その事実を知らされ、日頃の冷静さを完全に忘れ去った狼狽え振りを見せてしまったウーヴェは、ごめんと謝りつつ立ち上がると同時にふわりと笑みを浮かべたリオンに背中を抱かれ、手にしていた紙袋を取り落とす。

「ごめんな、オーヴェ」

昨日急用が入った事でデートをキャンセルしたが、あんなに怒っているとは思わなかったと肩口に謝罪をされてしまい、情けないことに膝が崩れそうになるのを何とか堪えたウーヴェの口から出た言葉は、眠れない夜の間中考え続けても答えの出ない疑問だった。

「…なるべく冷静に聞くつもりだから教えてくれ。彼女とはどういう関係なんだ?」

例えもしも友達ではなく付き合っているもう一人の彼女だったとしても、出来る限り冷静に話し合えるつもりだから教えてくれても良かっただろうと自嘲交じりに告げた瞬間、肩口から驚愕が伝わってくる。

「あれはやっぱりオーヴェのスパイダーだったのか!?」

「……どういう関係なんだ?」

「どこにいたんだ?いたのなら言ってくれれば良かったのに」

リオンの驚愕とウーヴェの低い問いが重なり合った直後、ウーヴェが身体に回されていた腕を振り解いてシャツの胸元を両手で掴み、いつもは穏やかな湖面のような双眸に強い光を湛えて青い眼を睨む。

「…良くもそんなことが言えるな」

「オーヴェ…?」

「面識のない女性と一緒の時に俺が顔を出せる訳が無いだろうが!!」

一体お前は俺を何だと思っているんだ。

滅多に見ない激しい怒りにただ呆然と名を呼んだリオンだが、胸ぐらを掴まれメガネの奥からぎらりと睨まれて口を閉ざす。

一緒にいる相手の素性が全く分からないところにどうして顔を出せるんだと、いつもの冷静さをかなぐり捨てる激しさで掴んでいる胸元に額をぶつけて吐き捨てたウーヴェの肩にそっと両手が置かれ、触るなと叫んでみてもその手は振り払えなかった。

「ちゃんと話すから聞いてくれないか?」

頭上に降ってくる声にうるさいと叫び、どうして最初から言わなかったと歯軋りの奥から問いかけると、肩から背中に回った手が腰の辺りで重なり、反転させられて背中がフロアの壁に押しつけられる。

「うるさくても良いから聞けよ」

「……俺との約束を断った時にどうして言ってくれなかったんだ…?」

俯いたままさっきとは打って変わった弱々しさで問いかけてしまい、醜態を晒している事に今更ながらに気付いて唇を噛み締めれば、言えなかったとの言葉が降ってくる。

自分には言えない関係の相手かと胸の深いところで自嘲した刹那、あまり言いたくない事情があったからと、少し沈んだ声で告げられてのろのろと顔を上げる。

「リオン…?」

「昨日一緒にいたのはゾフィーだ」

「─────!!」

リオンが何かを堪えるように眉根を寄せて囁いた名は、今まで何度と無く聞かされたことのある女性の名前だった。

「ゾフィー…?あの人が…?」

お前が育ったホームで幼い頃から厳しく優しく姉のように接してくれたシスターなのかと、メガネの奥の双眸を最大限に見開いて呟けば、小さな小さな溜息がこぼれ落ちる。

「昨日さ、ホームに保護されたけど、医者の手当ても間に合わなくて亡くなった女の子の親が見つかったって連絡が入った。その遺品を届けにゾフィーと俺に行って欲しいって」

「それが言いたくない事情か…?」

聞いただけではどこに言いたくない理由があるのかが分からなかった為、つい唇の端を歪めて自嘲するように呟けば、リオンの顔に滅多に見ない類の表情が浮かび上がる。

「ドラッグで頭がトンでて自分のガキを殴るようなヤツの所に行くなんて…言えるかよ」

しかもそれが己を育んでくれたホームで己と同じように成長し、独り立ちした後にパートナーと出会って子供が生まれたと嬉しそうに報告をしてきたはずの男だとどうして口に出来るだろうか。

蒼い目に誰を思ってなのかが分からない嘲りの色を浮かべて唇も歪めるリオンの顔など未だかつてウーヴェは目にしたことはなく、その表情から言い出しにくかった心を僅かばかりでも察する。

「ホームの暮らしはオーヴェも知ってるよな?あの暮らしが天国だったってそいつが言ってたらしいだけど…昨日家に行って分かったよ」

確かにあそこにいるとホームでの極貧暮らしすら天国に思えてくる。

総ての物を嘲るような笑みを浮かべて吐き捨てたリオンの腕がウーヴェの頭を囲うように置かれるが、眼鏡の下から全く視線を逸らすことをせずに蒼い目を見つめると、少しだけ自嘲の色が薄れて他の感情が浮かび上がってくる。

「俺は…何とか抜け出せた」

でも一つ道を違えてしまえば、極貧ですら天国に感じるあの世界にどっぷりと身を浸していたのは俺自身だった。

そう考えると素直に言えなかったと低い声で囁かれて目を閉じると同時、脳裏に未だ写真ですら見たことのない、キツイ目をした幼い頃のリオンの顔が浮かび上がる。

本人が頑なに拒むために見たことはないが、今南半球で薬物との戦いを続けているリオンの親友が少しだけ教えてくれた横顔を思い出し、抜け出せたという言葉の重みに膝が崩れそうになる。

ホームでの暮らしぶりが天国に思える環境とは一体どんなものなのか、話に聞くだけではある程度のことしか理解できない為に実感となってそれが伝わってこなかったが、目の前で見せられた恋人の表情からその一端を感じ取ってしまうと目を開けることが出来なくなってしまう。

「…思ってたよりも用事が早く終わったからオーヴェの家に行こうって思ってたんだよ」

目を閉じたまま顔を背けていたウーヴェから何を感じ取ったのか、リオンが口調を変えてまるで肩を竦めるように昨夜の出来事を再度語り出す。

「……ああ」

「そうしたら…ゾフィーが一度で良いからゲートルートに行ってみたいって言い出してさ」

「そうだったのか」

「そう。でも、どんな事情があっても…言わなかった俺が悪い。ごめん」

ウーヴェの肩に両手を乗せてごめんと謝るリオンの頭をようやく見つめると、胸の奥に広がっていた痛みと苦い靄が一瞬のうちに霧散するが、それよりも深い場所に芽生えた痛みは一人で昇華しなければならないものとしてウーヴェの中に居場所を得てしまう。

それはこれからの時間、リオンと共にいる間は必ずぶつかる壁になるだろうし、二人ならばきっと乗り越えられる壁でもあるだろう。

また、乗り越えていきたい壁でもあった。生まれ育った環境の違いで仲違いをした結果の別れなど、到底受け入れられるものではなかった。

その、実は最も根深くて目を逸らすことの出来ない問題を二人で乗り越えていける、その強い思いに比べれば、昨夜抱いてしまった猜疑心も嫉妬も随分と軽いものに思えると安堵の溜息を内心で零した時、リオンの明るさを取り戻しつつある声に問われて小さく頷く。

「まだ逢ったこと無かったんだっけ」

「ああ」

「今度紹介するよ」

そっと問い掛けられて微苦笑交じりに返せばやっと愁眉が開いて、今ではすっかり見慣れた、実は秘かにいつもいつでも見続けていたいと願う笑みをリオンが浮かべる。

それにつられるように笑みの質を変えたウーヴェは、もう一度ごめんと謝りながら背中を抱かれ、やや躊躇った後同じように広い背中に腕を回してしっかりと抱きしめる。

「ごめん、オーヴェ。余計な心配を掛けた」

「……俺の方こそ…すまなかった」

事情を知りもしないのに取り乱してしまって悪かったと、肩に額を押し当てて己の醜態を晒したことを反省したウーヴェは、こめかみに口を寄せたリオンに、見かけによらず激しいんだからと苦情を言われて僅かに口を尖らせる。

「でもさ、あんな風に感情をぶつけてくれた方が嬉しいな。昨日の電話みたいなのは…やっぱり苦手だ」

「そうか?」

「昨日みたいに静かに怒られるとさ、俺の手の届かない場所に行ってしまいそうで…正直、怖い」

喪う事を考えるだけで身体の芯から震えが走ると強い力で抱きしめられてしまい、そっくりそのまま同じ言葉を返すと目を閉じる。

お互いの隠されていた顔を垣間見ることが出来、また一つ互いを深く知る事が出来た安堵と歓喜に目を閉じていたウーヴェだったが、ふと何かが引っかかりを覚え、閉じた瞼の下で眼球を左右に移動させてしまうが、リオンの暖かな手に寄り掛かれと教えられた時、まるで映画のワンシーンのように一人の女性の笑顔が脳裏に浮かび上がる。

リオンが昨夜一緒に食事を取った彼女は、姉とも慕うゾフィーだった。

教会から足が遠のいて久しいが、ウーヴェの周囲で日常的に見掛けるシスターは一目でそうだと分かる衣服を身に纏っているが、彼女はそうではなく、清潔な上下と少し踵のあるヒールとエナメルのバッグを持ち、控え目ながらもしっかりと化粧が施されていた。

昔と違い教会関係者と言えどもおしゃれもするだろうし、ゲートルートでディナーをする事も不思議ではないが、その不思議を上回る違和感がウーヴェの脳裏に取れない何かのようにこびり付いてしまっていた。

それは、ウーヴェが蔦の間からちらりと見た彼女の表情だった。

昨夜彼女が浮かべていた表情は、愛する男にだけ見せている様な顔で、リオンと嬉しそうに腕を組む姿などは付き合い始めたばかりのカップルのようにすら見える程だった。

自分の思いこみを差し引いたとしても親友からの情報との祖語に悩んでしまうが、その違いを確認することは今は無理な話だった。

己の目で見た表情と親友から聞かされた印象、そして張本人である恋人から聞かされた事実を統合すれば肉親に対する情愛を見せているだけだと分かるが、それにしては何故か引っかかるものを感じてしまう。

「どうした?」

「………いや、何でもない」

「そうか?」

「ああ」

手持ちの情報を上手く纏められない事に苛立ちを感じるが、今はまだピースが足りないのだと自らを納得させて感じている違和感に蓋をする。

この時抱いた違和感を解消するのはまだ少し先で、それがなされた後には深くて重い別の感情に囚われてしまうことになるのだが、ウーヴェが抱え込むことになる悩みなどお構いなしに背中に回された腕の温もりと強さに凍り付き尖っていた心があっという間に丸く暖かくなっていく。

「リオン…」

「うん」

「…怒鳴って悪かった」

先程の醜態についてもう一度詫びておこうと告げると、リオンが口を開くよりも早くに体のある部分から盛大な音が響き渡る。

「……朝食を食べるか?」

音の発生源を素早く察したウーヴェが声を掛けると、真っ赤になったリオンが躊躇いつつもこっくりと頭を上下させる。

その時漸く親友の為に作った朝食が足下に落ちている事を思い出し、リオンの腕の中から抜け出して紙袋を手に取った後、真っ赤な顔で俯く恋人の頭に手を回してキスを一つ。

昨夜のいつからここにいたのかは分からないが、超が着くほど健康優良児であるリオンは一晩寝ると翌朝はかなりの空腹を感じるようで、家から出勤する朝などはそれはもうウーヴェからすれば信じられない程の量を平らげていたのだ。

それを思い出すと自然と笑みが浮かび、またこうして笑えるようになったと唐突に理解したウーヴェは、有り触れているがそれでも大切な言葉を告げる。

「まだ言ってなかったな。────おはよう、リーオ」

「うん…おはよう、オーヴェ。腹減った!」

またこうしてお互いの息遣いを感じるほどの距離で笑い合い、朝を迎えられた事への感謝の思いをごく自然と胸に秘めて笑顔でおはようと告げることが出来る。

何もない日々を過ごしているとつい忘れがちな有り触れた日常の風景だが、昨夜から続いた疑問も猜疑心も、まるで窓から差し込む朝陽のような恋人の笑みで溶けて消え去っていく。

それが嬉しくて、ほぼ同時にお互いの腰に手を回してそっと身を寄せる。

「今日の朝飯は何にしたんだ、オーヴェ?」

「ベーグルサンドだ。今日は電車だからクリニックで食べて行くか?」

「いやっほい。あ、顔を洗って着替えたいから5分だけ待って欲しい」

「分かった」

リオンの言葉につられて全身を見渡せば、仕事に行くとあまりいい顔をされないだろう上下で足下は夏向けのサンダルだった。

「早く着替えてこい」

苦笑しつつドアを開けてやり、長い廊下を駆け出した背中を笑顔で見送ったウーヴェは、何かを思い出したように駆け足でキッチンへと向かい、冷蔵庫から手早くチーズだの野菜だのを取り出して別の紙袋に詰め込んでいく。

ベルトランとオルガに食べさせる為に作ったベーグルサンドだったが、どうやらそれは恋人の胃袋を満たす事になりそうだった。だが朝一番に車を運んできてくれる親友に何も食べさせないというのはさすがに気が引ける為、その為の材料を袋に詰め込んでいく。

「お待たせ」

「ああ」

5分まで後30秒という頃にどたばたとやって来たリオンの跳ねている髪を指で弾いたウーヴェは、そろそろ行くかと頷いて家を出る。

「オーヴェ、まだだ」

「………あ」

リオンの声と手に引き留められて振り返り、忘れ物と指し示された場所を少しだけ見つめた後、満面の笑みを浮かべて小さな音を立てるようにキスをする。

「おはよう」

「ん、おはよう」

またこうして二人でキスを交わして笑い合い、互いの仕事へと全力でもって出向くことが出来る様になった。

いつしか当たり前になっていたその行為が実は何にも代え難い幸せである事に改めて気付き、コツンと額をぶつけて笑い合う。

「オーヴェ、好き」

「…ああ」

子供の告白にしては色が滲んだそれをしっかりと受け止め、短い言葉で同じ色を返したウーヴェの顔にも嘘偽りのない笑みが浮かび、触れ合った肌から互いの中へと流れ込んでいく錯覚すら感じてしまうが、本当に遅刻してしまうとどちらからともなく苦笑しあい、いつもとは違った出勤風景をエントランスで眠そうな顔をしている警備員に見せてしまうのだった。



昨日のように早く仕事を終えたリオンと落ち合い、食事と映画を満喫した二人は、当然のようにウーヴェの家にやってくるが、映画館でも食事の最中でも帰宅したエレベーターの中でも必死になって堪えていた事を証明する様に長い廊下を進みながら何度も何度もキスをする。

そしてこれまた当然のことだが、お互いの服を脱がし合って滅多に使う事のないバスルームになだれ込み、二人同時にシャワーを浴びた後、そのバスルームから一番近い部屋であるリビングに縺れるように転がり込み、珍しい事にカウチソファで激しく貪り合ったのだ。

ソファで抱き合っていた時の余熱を洗い流すように軽くシャワーを浴びたウーヴェは、リオンより少しだけ遅れて身支度を調えてバスルームから出ると、ベッドに腹這いになっている恋人の身体を揺さ振り、自分が寝るスペースを確保する為に端に寄ってくれと苦笑する。

「オーヴェ」

「何だ?」

ごろりと寝返りを打ってスペースを作り出してくれるリオンにダンケと囁き、気怠い腰を気遣いながらコンフォーターに潜り込んだウーヴェは、呼びかけと同時に半ばのし掛かられて目を白黒させる。

「重いぞ、リオン」

「────ホント…今回はごめん」

「………もう良い」

もう怒っていないと目を閉じながら囁き、覆い被さってくる広い背中をぽんぽんと叩けば嬉しそうな気配が伝わってくるが、伝えておきたい事を思い出し、小さく咳払いをしたウーヴェの前、真剣な顔で見つめてくるリオンがいて、それだけで満足しそうになるのをグッと堪えて小さく笑みを浮かべる。

「ただ…」

「うん、なんだ?」

「お前の友達関係も職場の関係もある程度は知ってる。女友達が多い事もな」

「ああ」

「だからみんなと飲みに行くことも遊びに行く事も止めないし、口を挟むこともない」

「……ダンケ」

自分よりも遙かに広くて大きい世界を持つ恋人なのだ、夜毎の誘いや休日になれば方々からの誘いもあるだろう。それを総て断る事など出来ないだろうし、またそうさせたくはなかった。

そんな窮屈な思いをさせるために自分はリオンの傍にいる訳じゃないと、唐突すぎる程突然に思い浮かんだ本音に目を閉じ、ゆっくりと瞼を持ち上げると、蒼い眼にただ一つの思いだけを浮かべたリオンがじっと見下ろしていた。

「それが女友達だったとしても行ってくればいい。ただ…今回のように黙ったままというのは止めてくれないか?今朝みたいに…あんな醜態を見せたくはないからな」

「うん…約束する」

「ああ」

そうしてくれると嬉しいと笑みを湛えて背中を撫でれば、顔の左右に腕をついたリオンがウーヴェの顔を覗き込みながらコツンと額を重ね合わせてくる。

「もしその女友達と俺が寝たらオーヴェはどうする?」

「そのつもりはあるのか?」

イタズラを滲ませた声で問いかけられた為に同じ色を浮かべて問い返せば、もしもの話だと念を押されてしまい、あらぬ方を見て笑みを浮かべた後、間近にあった鼻を摘んで目を細める。

「ふがっ」

「俺が愛するリオン・フーベルトという男はそんな男じゃないと思っているからなぁ。もしそうなればどうするかな?なぁ、リーオ?」

お前はどうして欲しいとくすくす笑いながら問えば、喉の奥にものが詰まったような声が聞こえ、参りました降参しますとリオンがのし掛かってくる。

「こらっ!重いぞ!」

「─────参った。ホント…もうお手上げだ」

「そうか?」

「そう!」

そこまで信じてくれるお前を裏切ることなんて出来ないと、耳元で低く囁かれてじわりと歓喜が身体中を駆け巡る。

冗談めかしてはいたがそれでもしっかりと本心が伝わったことが嬉しくて、のし掛かられる重みに苦情を訴えつつも広い背中をそっと抱けば、今度は首筋に顔を埋めるように寄せられ、肌に触れる水気を含んだ髪の感触に首を竦めてしまう。

「ダンケ、オーヴェ」

「ああ」

消えるどころかより一層深くなった思いを感謝の言葉に載せて伝え合い互いの背中を抱き合った恋人達は、今朝呆れ返ったベルトランに言われたとおり雨降って地固まるを経験した事に気付いてどちらからともなく満足げな溜息を吐くと、帰宅後すぐにソファで抱き合っていた時に殆どキスをしなかったことを思いだし、リオンのくすんだ金髪をに手を差し入れて頭を固定する。

例え口論になったとしてもまたこうして互いに笑みを浮かべて背中を抱き合える、そんな関係に戻る事を許してくれる恋人が掛け替えのない存在だと言う事を改めて教えられてしまったと目を細め、有りっ丈の思いを短い一言に込めて囁く。

「リーオ………好きだ」

「俺も」

その言葉と表情から何を望んでいるのかを察しろと内心呟けば、間違えることなくリオンがそっと唇を重ねてくる。

「────ん」

「…っ、ん…」

互いに心ゆくまで貪った後、満足げに吐息を零した二人はそれぞれの枕に頭を預けて天井を見るが、それもほんの僅かの間だけで、あっという間にリオンがウーヴェの身体に腕を回して抱き寄せる。

「おやすみ、オーヴェ」

「ああ」

こうしてまた二人枕を並べて寝る事が出来るようになったことが嬉しくて、そんな気持ちのまま目を閉じたウーヴェは、良い夢をと言う優しい声にお前も良い夢をと返して僅かに身を寄せ、ほぼ同時に眠りに落ちるのだった。

Über das glückliche Leben.

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